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「私たちにではなく、主よ、私たちにではなく、あなたの恵みとまことのために、栄光を、ただあなたの御名にのみ帰してください。」(詩編151:1)

ここ数日間、悩みに悩んでいた問題があったが、突如、その重荷が肩から転げ落ちた。

やはり、解決は、自分を手放すことにあると分かった。自分自身の力で戦うことをやめ、主の解決を信じ、それにすべてを委ねることである。

改めて、最も困難な道を行こうと覚悟した。

その瞬間、心の羅針盤の針が再び目的地をはっきりと指し示した。筆者は道に迷っているのではなく、まさにいるべき場所、立つべき場所に立っていることが分かった。

私たちが心に抱えている問題の中には、本当は、私たちが引き受けるべきでない問題がたくさんある。どこかから押しつけられて、いつの間にか負わされることになった重荷がたくさんある。弱い者同士が、その重荷を互いに押しつけ合っては、互いに滅ぼし合っている。

そのような重荷を一つ一つ、手放すところから私たちの歩みは始まって行く。自分で解決しようとしていた問題を手放した度合いに応じて、心の自由も増える。

訴訟では、勝ちたいという思いや、賠償をきちんと払わせようとする思いも、どこかの時点で手放す必要がある。これは決して判決を放棄することではないし、白黒つけることを放棄するわけでもない。

主の御心にすべてを委ね、すべてが自然になるときが来ることを信じて待つのである。実際、それ以外に解決の手段は存在しない。どんなに自分で望む方向へ物事を引き寄せようと考えたとしても、成らないときには成らない。

当ブログを巡る訴訟では、前から書いている通り、和解はあり得ない。なぜなら、これは人間的な観点に基づく紛争ではなく、神の御言葉を巡る論争であり、白黒つけることを避けて通れない問題だからである。

だが、そうしてきちんと物事に決着をつけることと、自己のプライドを立てようと、物事を自分の望む方向に強引に引っ張って行こうとする態度は異なる。

自分のプライドと感情を満足させるよりも、もっともっと静かで深い意味を持つ解決を求めることは実際に可能なのだ。
 
筆者は、当ブログを巡る訴訟の一審判決に到達できると分かった時の大いなる喜びのことをよく覚えている。

一般に、訴訟においては、悪質な被告と、そうでない被告が存在する。もしもあなたが原告となって悪質でない被告を相手に戦うなら、いたずらに紛争をこじらせるような発言を受けたり、行き過ぎた侮辱を受けることもなく、早期に解決を見いだせ、あるいは和解も可能であろう。

しかし、悪質な被告は、いつまでも自分に不利な判決が下らないように、無益な論争を続けようとしたり、裁判官と原告との信頼関係を引き裂いて、協力が成り立たないようにしたり、反訴や控訴などを持ち出して、心理的な圧迫をかけようとする。

そして、原告であるあなたがそのような心理作戦に踊らされていたのでは、いつまで経っても、議論は終わらず、判決にたどり着くこともない。

当ブログを巡る訴訟の第一審で筆者が得た解決は、最終解決ではなかったとはいえ、筆者は、やはり、あの時と同じように、どんな時でも、重荷を自分の手から放し、自分で背負おうとしない態度が必要になるのだと感じさせられている。
 
訴訟というものは、格闘技にも似ており、これを続行するための多大なるエネルギーが必要になる。書面を書き上げるためには、膨大な労力が必要で、怒りのエネルギーも、その原動力になる。当事者感情も、すぐに克服できるものではない。人は嫌なことをされて、すぐにそれを忘れることもできず、怒りや敵意をすぐに手放すこともできない。何かの折に、心にため込んだ不満や悲しみが一気に噴出することもある。

だが、そういう感情はやがて冷めるものであり、すべて一時的なものでしかない。そして、神は、私たちが語り終えるときを静かに待っていて下さり、私たちがようやく自分の発言を終えて、自分を手放したとき、おっしゃられる。

「あなたの気持ちはよく分かりました。そう考えるのももっともでしょう。でも、今、目を上げて周りを見てご覧なさい。私があなたのためにすべてを成し遂げました。あなたの敵はもういません。私が一掃したからです。だから、あなたはこれ以上、怯える必要もなく、自分の力で戦って、懸命に何かを成し遂げる必要もありません。あとは私に任せなさい、私がやります・・・。」

どれほど困難に見える瞬間にも、事実は、ただ一つしかない。それは、神がどれほど私たちを愛しておられ、私たちのためにあらゆる瞬間、すべてを良きにはからって下さっているかということである。

人の心も、周りの状況も、何もかも私たちのために恵みとして与えられたものばかりである。

前回の記事で、散歩中にダンプカーが通り過ぎるかどうかは、私たちの心次第だということを書いた。そこから少し進んで、人の心も、私たち次第であると言いたい。

他人の心など、コントロール不可能なものでしかないように見えるだろう。まして敵対している人たちの心など、どうやってコントロールするというのか。

筆者は長い間、人々の離反や、裏切りや、誤解は、防ぎようのないものだと考えていたが、実はそうでないことが分かって来た。

主イエスはイスカリオテのユダの裏切りを予め知っておられた。ユダの裏切りも、イエスの許しなしには起きなかったのである。神はアブラハムのもとに御使いたちを送って、ソドムの滅亡を知らされた。神は今日も私たちの心に全く何も知らせずに突然、予期せぬ出来事を起こしたりはなさらない。

だから、キリスト者の人生に起きて来ることの一つ一つは、神とその人との共同の歩みの中で起きることであり、主は必ず、ご自分に聞き従っている人に必要な事柄を知らせて下さる。

そこで、私たちは人々の離反や、裏切りを防げるだけでなく、場合によっては、紛争の激化を防ぎ、敵対的な陣営にいる人たちの心でさえ、取り返すことができるのである。

真の敵はサタンであり、私たちは敵に渡したくない人々、手放してはならないもの、最後まで守り抜かねばならないものを、はっきりと境界線を定めて、自分の心の中で、これは自分たちの陣営にあるものだと宣言せねばならない。

他人がどう行動するかを考えては悪い想像を心に巡らすよりも前に、まずは自分の心の中で、しっかりと、どこまでが自分たちの陣営に属する領域であるのか、どこまでが決して敵に触れさせてはならないものであるのか、境界線を引いてしまわなければならない。

そうするとき、人々と敵対関係に陥ることを防げるだけでなく、そのような状態になりかかっていた人たちでさえ、取り戻せる場合がありうる。
 
前回、書いた通り、敵の攻撃をどこまで許すかは、私たち自身にかかっているのである。そして、私たちは攻撃を未然に防ぎ、これを撃退することが可能なのである。その原則は、人の心にも当てはまる。

私たちが愛しているものを、絶対に敵に渡してはいけない。私たちが必要としている人々を、決して離反させてはいけない。私たちは、自分を見失って、終わりなき無益な戦いに引き入れられることなく、自分自身も、自分に関わる全ての人たちをも守り抜かねばならない。

そのためには、事実に先だって、まずは自分の心の中で起きる戦いに勝利し、恐れを征服して、人々をも、物事をも、自分たちの陣営に取り返し、しっかりと所有権を宣言しなければならないのである。

紛争の行く末も、当事者の思いも、時も、環境も、状況も、すべてはキリスト者の心の支配にかかっている。

そういう意味で、筆者は自己のプライドや感情を満たすために戦うつもりはないが、この地に正義と平和がなるために必要なことをせねばならないと考えている。
 
そのために、必要な知恵を神に希う。そして、すべての戦いはすでにカルバリで決着がつけられて終わっていることを宣言し、それゆえ、すべてのものが御名の支配に服すべきことを宣言し、それを立脚点として、現実に必要なあらゆる物事を采配する。

私たちの栄光のための勝利ではなく、主の栄光のためにこそ勝利に至り着くことができるように。

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(ガラテヤ4:28-31)


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