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我が主よ、

心からあなたに感謝します。誰が想像できたでしょうか? 私がまだ一言も何も言わない先から、あなたは我が心のうちを正確にお伝え下さっていました。言葉では、到底、説明不可能と思われる事柄を、私の努力によらず、あなたがただ御光によって示して下さっていました…。

どんなにこの日を待ち望んだことでしょう。その時、私はもうこれ以上、伝えようとする骨折りをせずとも良くなり、また矢面に立つ必要もなくなり、主自らが私の先に立って、行く手を照らし、人々をも照らして下さることが分かったのです。

ああ、これは私にとって、どれほど大きな安心であったでしょう? 私は自分の努力の不要さを知っただけでなく、同時に、主が私の心の真実を決して軽んじられず、寄る辺ない私の言い分を弁護して下さる方であることをも知ったのです。

囲いの呪縛を離れる度に、まるで一人きりで置き忘れられたかのような状態になりました。けれども、たとえどれほど多くのものを失うとも、私が求めているものは、いかにも本当「らしく」見せかけられたものではなく、正真正銘、真実であって、偽りのないものなのです。それを得るためならば、私の生きて来た道が偽りであったことが何度、暴露されようとも構いませんし、何度、手ぶらで出発することになろうと構いません。

そして、それは間違った努力ではなかったと信じます。なぜなら、主よ、あなたこそ真実なるお方であって、あなたは御名に身を避ける者を決して拒まれず、神に真実を求めて扉を叩く人々を決して嘲笑なさならないからです。そして、多くの人々が今まで築き上げた功績を失うことを拒んで、へりくだることを拒み、自分の栄光を手放さないためについには真理をさえ拒む中、ふと見回すと、あなたは御名によって、同じように主の真実だけを求める人たちを、隠れたところに必ずご用意くださり、ふさわしい時に出会わせて下さるのです。

主は私の眼差しを追っておられます。私が何を見るか、あなたは常に見守っておられます。主はご自分のために召し出された民の一人ひとりを、妬むほどに愛しておられるからです。あなたは私たちの心を絶えず追っておられます。もしや私たちが愚かな思いを捨てて、目に見えるものに心奪われるのをやめて、自分を高く掲げるのをやめて、真剣にあなたをかえりみる気持ちになるのではないかと…。

主よ、あなたの忍耐はどれほどのものでしょう。あなたの慈しみとへりくだりはどれほどのものでしょう? なぜあなたは反逆の民にこれほどまでに憐れみをかけ、背信の私たちがあなたの懐へと立ち戻る日を待ち望んでおられるのでしょう? あなたが願っておられることはただ一つ、私たちが御前にへりくだること、あなたの恵みを受けるにふさわしくへりくだること、あなたと同じように砕けた心を持つことなのです。そして、恵みは川のように、低い方へ向かって流れ、もしも私たちが高みに目を向けず、自分を低くするなら、恵みは溢れる川のように私たちへ押し寄せて来るでしょう。

ある時、誰かから聞いた言葉を思い出します。羊というのは、とても臆病な動物で、しかも、倒れると自分では起き上がれないのだそうです。私たちはみんなこの羊のようです。主が備えて下さった二、三人は、あまりにも弱く、素朴であり、何の見栄えもせず、無力なのです。しかし、人手によって集められたのではないこの交わりは、主が霊の家に築き上げるために、まさに隣り合う礎として切り出され、他ならぬ私のためにも用意され、配置されたものでした(長い間、私にはそれが分からなかったのです)。

主よ、感謝します、何と素敵なことでしょう、主は私のために、激しい戦いで疲れた人でも、ゆったりとくつろげる安らぎに満ちた交わりを備えて下さいました。主は私の小さなつぶやきをも見過ごしにはされず、私が休みたいと言えば、特別にゆったりした二、三人分の豪華なソファを、隠れたところにこっそり用意して下さり、いつでもここに来て安らぎなさいと言って下さるのです。そこには私を両手を広げて待っていてくれる人々がいます。

主よ、これがあなたの恵みでなくて、何でしょう? 聖徒らの交わりは、あなたによらずして、一体、誰の憐れみによってできるというのでしょう? あなたの御業は、なぜこれほどまでに豊かで、愛に満ち、なぜ「神のなされることは皆その時にかなって美しい」(伝道の書3:11)のでしょう? 

我が主よ、我が主よ、あなたは我が心のすべてを知っておられます、私の心の憂いも、迷いも、ためらいも、あなたは全てをご存知で、なおかつ、私を憐れみ、捨てられないのです。主は悩みの日に私を助け出され、「わたしを緑の牧場に伏させ、いこいのみぎわに伴われる」(詩篇23:2)のです。 我が主よ、告白します、あなただけが我がまことの弁護者、あなたにまさるお方は天にも地にも誰もいません…。


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「わたしの愛の中にとどまりなさい。もし、あなたがたが私の戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。」(ヨハネ15:9-10)

「兄弟たちよ。あなたがたはイサクのように約束の子どもです。しかし、かつて肉によって生まれた者が、御霊によって生まれた者を迫害したように、今もそのとおりです。

しかし、聖書は何と言っていますか。「奴隷の女とその子どもを追い出せ。奴隷の女の子どもは決して自由の女の子どもとともに相続人になってはならない。」

こういうわけで、兄弟たちよ。 私たちは奴隷の女の子どもではなく、自由の女の子どもです。」
(ガラテヤ4:28-31)


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