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13.聖書の神に逆らい、御言葉に逆らうカルト被害者救済活動からのエクソダス(Ⅱ)

人々はあなたがたを会堂から追放するだろう。しかも、あなたがたを殺す者が皆、自分は神に奉仕していると考える時が来る。彼らがこういうことをするのは、父をもわたしをも知らないからである。しかし、これらのことを話したのは、その時が来たときに、わたしが語ったということをあなたがたに思い出させるためである。」(ヨハネ16:2-4)

「しかし、その方、すなわち、真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。その方は、自分から語るのではなく、聞いたことを語り、また、これから起こることをあなたがたに告げるからである。その方はわたしに栄光を与える。わたしのものを受けて、あなたがたに告げるからである。」(ヨハネ16:13-14)

さて、警察との会話で非常に印象的なことがあった。筆者がこの事件の全容について話し、筆者はもはや犯人が許されることを望んでおらず、厳しい処罰を望んでいる、と述べた時のことであった。

筆者は、それは筆者だけのためではないのであって、神の福音を退け、教会を冒涜し、聖徒らを迫害し、神の教会に手をかけたその罪に対しては、厳しい報いがなければならない、という考えを述べた。

その時、驚くべき相槌が返って来た。

「あなたは彼らは神の赦しを超えてしまった、と思われるわけですね・・・」

筆者は驚いて問い返した。

「まさしくそうです。でも、まだ私が何も言っていないのに、よくお分かりになりましたね?」

筆者は非常に驚いたので、あなたも信仰者なんですか、と問うたが、返事はそうではない、というものであった。だが、筆者は信仰を持たない人間が、この話を聞いて、以上のような発言をしたことに、心から驚き、その言葉を心に留めた。

彼らが神の赦しを超えた、という言葉は、2009年に杉本が初めて筆者と当ブログを1千件のコメントと共にバッシングした時から、幾人もの信者が表明して来たことである。そのバッシング記事には、不法行為と呼べる構成要件はまだ整っていなかったにも関わらず、霊的文脈においては、おそらくこれが他のどんな不法行為に比べても、最も著しい(神とエクレシアと聖徒に対する)冒涜行為であったろうことを筆者も疑わない。

その時から、杉本の命運は決まっていた。筆者はそう考えている。

すでに幾度も書いた通り、筆者は2010年に杉本徳久に向かって、ラスコーリニコフにならって、己が罪を認めるようにとの勧告を書いたが、その時から、この事件の結末を、すでに心の内側で予感していたと言えよう。

霊的な直観は、現実に先立つ。真理の御霊は、やがて来るべき事柄を知らせると聖書にある通り、私たちにはこの先、起きることについても、分かっていることが多くある。だから、筆者は自分の出した訴えがどうなるのか、どんなに事件の進展が遅いように思われる時でも、結果を予め知っているのである。

そして、そのことを、実に不思議なことに、筆者のみならず、筆者の話を聞いていた警察官も、理解して、これを筆者に先んじて口にしたのである。

もう一つ、警察官が予見的なことを語ったことがある。

それは昨年、筆者が杉本に対する第一の告訴状を出して間もなく、若い担当刑事が杉本に電話で連絡を取った時のことであった。

担当刑事は、杉本に対して電話で「ブログを削除して下さい」と要求したのである。

繰り返すが、「ブログ記事を削除」ではなく「ブログを削除」するよう求めたのである。

これは非常に奇妙なことであった。本来、表現の自由が尊重されて、権利侵害が行われている該当記事だけの削除が求められるのが通常である。ところが、警察はそのようには言わなかった。「神々の風景」についても、プロバイダの措置として全体が非開示にされた。いずれは全体が削除されるであろう。これと同じことを、もう一つのブログに対しても警察は求めたのである。

これらのことは、非常に印象的かつ予表的であった。

さて、筆者は今でも一審判決の言い渡しの時のことを度々思い出す。

その日は、待ち望んだ解放の判決のはずであった。何日も前から、ようやくこれで事件が終わるのだと考え、筆者は喜んでいた。

それにも関わらず、前日から、どういうわけか緊張が解けなかった。その日、法廷には、見知らぬ傍聴人が一人来ており、掲示板の関係者かも知れないと思われたことも要因の一つだったろう。

裁判官は法廷に姿を現し、法壇に着座すると、掲示板で起きている騒ぎのことを、知ってか知らずか、「困った事態が起きてしまいましたね」といった具合に、筆者に笑いかけた。そして、筆者のことをおもんばかってであろう、傍聴人に対し、携帯電話のスイッチを切り、録音や撮影を行わないよう注意した。

時刻が来るまで重い沈黙の時が流れた。筆者は何かしらただならぬ緊張感に包まれていた。判決に異議申立てはしないと予め決めており、これで争いは終結する、書類作成の仕事からも解放される、そう思って喜んでいたはずが、前日から引いた風邪のせいで、頭ははっきりせず、いよいよ裁判官が判決を読み上げ始めた途端、筆者は裁判官と目を合わせることもできなくなった。

主文の冒頭部分を聞いただけで、筆者には、これが事件の完成ではあり得ないことを理解したのである。

裁判官は、筆者が心ここにあらずの状態になったことを察知したのか、最後に少し苛立たし気な表情で、「あなた、本当に聞いているんですか?」とでも言うかのような調子で、筆者に判決への同意を求めた。

だが、同意を求められるなど予想もしていなかった筆者は、自分が質問を受けていると理解して返答するまでに少し時間がかかった。

このように、一審判決の言い渡しは、どこかしらちぐはぐな雰囲気で終わった。口頭弁論の終結時の時に生まれた一体感とは全く異なる緊張がそこにあり、裁判官はいささか憮然としたような、よそよそしい表情で退廷して行き、見知らぬ傍聴人も、杉本が負けると考えていなかったのか、すさまじいショックを受けたようにダッと走り去って行った。

筆者は判決言い渡し後、前よりもさらなる緊張状態に陥った。おそらく、裁判官も書記官も、それは筆者が判決に不服があって、異議申し立てをしようとしているためではないかと考えたのではないかと思う。
 
なぜそのようなことになったのか、筆者は今ならばよく分かる。筆者はこの判決を歓迎するつもりで、無条件に受け入れると決意していたが、心の深い所では、もしも筆者が、これを最終的な宣告として受け入れれば、次の瞬間、筆者に待っているものは死だけであると、確実に予見していたのである。

筆者は判決言い渡しの後、しばらくの間、そのことに全く気づかないふりをしていた。裁判官と書記官にお礼状を書き、早々と後処理に取りかかった。人間的に見れば、まずまずの結果である。争いから早期に解放されたことを喜ぶべきであろう・・・。

しかし、それはあくまで人間的な観点から見た場合の話でしかなかった。筆者の内なる直観は、事態はまるで逆であることを、はっきりと理解していた。この中途半端な終わりに身を委ねることに、筆者の内なる人は激しい拒否反応を示した。風邪は日に日に悪くなって行くばかりであった。
 
村上は初めから、筆者に勝訴すれば、筆者にとどめを刺すつもりであったのだと思われる。それが証拠に、一審判決が確定もしていないうちから、村上は筆者に対する勝利宣言をブログに発表し、さらに筆者に対する人格権侵害の記事を発表した。

これはおそらく村上の当初からの予定だったのではないかと推察される。村上はおそらく筆者が「完敗」を認め、今後、全く抵抗しない立場に身を置くのが当然と考え、公然かつ堂々と権利侵害を始めたのであろうと。

「往生際の悪い」筆者に、とどめを刺すために、民事で「完全勝訴」を宣言した上、さらに息の根を止めるべく、刑事告訴に及ぶことは、予定の行動だったのではないかと。
 
村上が掲示板における筆者に対する嵐のような24時間体制の誹謗中傷を、どこ吹く風とばかりに黙認していたのも、その書き込みが、筆者の心を揺さぶって、何らかの失言につながるのを狙っての措置であったと見ることもできよう。

そして、杉本が賠償金を未だ支払わないことも、同じ文脈から出た行動である。彼らは諦めていない――筆者を「カルト信者」として社会的に抹殺に追い込み、公然と証の言葉を述べる完全に口を封じることを――。
 
強制脱会活動が、幾人もの他宗教の信者を社会的に殺して来たのと同様、この人々は、彼らの「説得」に応じない筆者を「人格障害」に追い込み、社会的に抹殺しようとの考えを、依然、捨ててはいない、だからこそ、控訴という正当な方法によって、この判決を覆そうと努力するのではなく、判決の実行を先延ばしし、賠償金を支払わないことで、筆者がさらに追い込まれるよう、策を講じているのではないかと見られるのだ。

筆者はこのことについても、警察に伝えた。掲示板の投稿のほぼすべてが村上の支持者と見られる人物たちで固められていること、こうした権利侵害も、信者たちの単独犯であるとは思えず、杉本の行為も、単独であるとは到底、考えられないこと。
 
不思議なことに、こうした話を、警察は決して空想としては聞かなかった。そうなったのも、理由がある。何しろ、昨年の時点では、村上は告訴対象にも含まれていなかったが、事件は進展しており、村上による権利侵害の証拠が手に入った今では、筆者の言うことをあながち作り話として退けるわけにもいかない状況が整いつつあるからだ。少しずつ事件は核心に近づいて来ている。

話を戻せば、村上は完全勝訴の上にも、さらに念には念を入れて、筆者を「抹殺」するために、刑事告訴に及ぼうとしたのであり――それは初めから既定路線だったと見られる。

そこで、もしもあの時、筆者が一審での部分的勝訴に甘んじて、戦いをやめていれば――このような恐るべき霊的攻撃に対して、筆者には抗う術が残らなかったであろう。そうなれば、向こうの思う壺の状況が作り上げられたはずだ。

だが、筆者の内なる人はそのことをよく知っていればこそ、村上による権利侵害の証拠が手に入った瞬間、待ち望んだ判決を振り切って、ただちに控訴に及んだのである。

むろん、一審判決を超えるためには、さらなる証拠の積み上げが必要であり、最終的な判決を手にするまでの間に、事の真相にどこまで迫れるかが、今回の争いの本髄である。
 
いずれにせよ、こうして、紛争が一審で終わらなかったことは、まさに奇跡的な天の助けであると言えた。

一審を担当してくれた裁判官はすでに異動で去ったが、初めて法廷に姿を現した時、「私はこの事件から逃げるつもりはありません」と述べたことが思い出される。そして、筆者が先日、長い時間をかけて、犯人の処罰を願う、と述べたときにも、警察の上部は、これと似たような言葉を繰り返し言った、必ずこの事件をふさわしい方法で解決すると。

民事訴訟が始まったばかりの頃、筆者は裁判官が公平に客観的に事件を裁いてくれるだろうと考え、電話会議でも、裁判官と書記官の二人にがっちりと脇を固められて、守られているような安心感を覚えていた。

その頃、筆者には、自分自身が、力強く立ち上がって、自らこの事件を率いて行くのだという自覚はそれほどなかった。訴えを出した後も、最後まで、主導権を握るのは自分でなければならず、筆者こそ、周囲の全ての人々の心を動かす鍵を握っているのだということが、分かり始めたのは、少し後のことである。

筆者はしばしば、裁判官とさえ、胸襟を開いて――いや、まるで激しく衝突するがごとく、議論を戦わせたことがあった。ここには書かないが、実に様々なドラマがあり、その中で、筆者は、初めは冷静で頼りがいがあるように見えた裁判官さえ、筆者の心の動揺にどれほど大きな影響を受けているかを理解し、この事件を正しく進めるためには、あくまで筆者が自分をしっかりと持って、目的となる地点から目を離さず、全員をまとめてその目的へ向かって牽引していく姿勢が必要なのだと知った。

そうして、関係者のすべてをまとめて、皆が心を一つに合わせて同じ目的へ向かって行くことができるように整えることは、必要不可欠なだけでなく、実際に可能であることを知ったのである。
 
それが分かったおかげで、一審の終わりは、見事に息の合うものとなった。この頃から、筆者は、キリスト者はどんな事件に見舞われようとも、カルバリの十字架の勝利のゆえに、すでにすべてを足の下に従えているのであって、私たちはその事実を実際とするために、この地に置かれており、御名のゆえに、万物を足の下に従えることが、現実にできるのだという秘訣が分かり始めた。

裁判官は、事件から逃げないと約束してくれた分だけ、何としてもこの争いから筆者を救い出して去って行かねばならないと考えたのであろう、考えられる限りの手を尽くしてくれた。だから、一審判決が本当の終わりではなくなったとはいえ、筆者は一審で与えられた命に、より完全性を持たせるために、これに控訴状という服を着せて、世に送り出した。

それから、警察署に出した告訴状についても、筆者は事件を前に進めるために、まるで未熟児に対するように世話をしている。そして、可能な限りの労力を割いて、この事件を理解して進めてもらうための働きかけを続けている。
 
こうして当事者が事件を牽引する作業は、まさに途轍もない作業である。訴状に関しても、告訴状に関しても、同じことが言えるが、訴えを出すというのは、初めの第一歩に過ぎず、そこから何百キロもの道のりを徒歩で歩き通すような行程が必要となる。

怠惰で、人とぶつかることの嫌いな人間には、こうした気の遠くなるような作業を貫き通すことはできまい。

筆者自身、これまでコンクリート製の分厚い壁を5つくらいは粉砕したような気がするが、あらゆる障害を打破することが必要なだけでなく、人の心を動かし、皆を一つの目的へ向かって団結させて、立ち上がらせて行く力が必要となる。その働きかけのために、膨大な労力が必要となる。なぜなら、訴えは書面で出しはするものの、最後には人がこれを処理するからである。
 
それは見えないオーケストラの見えない指揮者になるのにも似ているかも知れない。関係者の全てが、息を合わせて一つの調べを奏で、一つの目的へ向かって行くことができるようになるまで、筆者は調整を繰り返す。

そうして、努力に努力を重ねているうちに、ある瞬間に、望んでいる答え、望んでいる回答がようやく実現する。

それはその時々で、束の間の現れに過ぎないものではあるが、神の御心にかなう御国の秩序が到来し、調和の取れた調べが流れだす時が来る。その瞬間には、まるで生ける水の川々が溢れ、流れ出すように、すべてのものがキリストの愛の中に飲み込まれる。筆者の周囲の人々も、それによって潤され、浸され、すべてが感動的なまでに美しい終わりを迎える。

その日が来ることを待ち望みつつ、筆者は自分の訴えをより洗練させて、より完成へと向かわせている。神の正しい義なる裁き、まことの裁き主であられる主の真実かつ公平な判決が得られるように、目的へ向かって進んでいる。それは救われる者にとっては自由と解放の響きであり、滅びるものには死の宣告である。

その戦いの中で、筆者は孤軍奮闘しているわけではなく、雲のような証人たちに囲まれている。敵陣に包囲されて逃げ場がなくなるように見えるときにも、援軍は常に用意されており、霊の目を開いて、周りを見渡せば、エリシャが見たあの火の馬と火の戦車は、今日も神を信じる者と共にある。主は筆者に言われるだろう、

「恐れるな。私たちとともにいる者は、彼らとともにいる者よりも多いのだから。」(列王記下6:16)

* * *
 
さて、村上密がまたもや見当外れなことを書いている。

「人はいつも危険と背中合わせで過ごしていると私は思う。その感覚を失うともっと危険に接近することになる。身近な人の忠告は危険を回避する忠告が含まれている。そのような親身になってくれる人がいない人はその人自身が危険になる。暴走とはそういうことを言うのではないか。」(4月27日の記事「暴走」)

村上の記事にはいつも同じ特徴が見られる。それは孤独を否定し、一人になることを否定し、常に集団の中に隠れようとする特徴だ。杉本の記事にも全く同じ特徴がみられた。

村上は最新記事でも同じことを述べている、「連休はカルト研修の時期 」では、カルトに入らないためには、家族の連絡こそ必要と訴えている。

「5月は研修の期間である。子供の行き先がはっきりわからない場合、カルトの研修を受けてる可能性がある。子供の行動が明確でないことを放っておくと対応が後手になる。親子間の連絡が疎遠にならないように気を付けよう。」

これは子供を一人にさせておくと危ない、何をしているか分からないまま、放っておいたらいけない、というだけにとどまらず、まるで親に子供を監視せよと言っているように聞こえる。常に子供を一人にさせず、集団の群れの中にいさせて、何をしているのかが、周囲に見えるようにしておかねば、カルトのような重大な危険に取り込まれてしまいかねないと、半ば脅しのような言葉で、親が子供を監視する必要性を訴えている。

村上はこうして記事の中で、常に目に見える人間関係の必要性を訴え、悩める人間には話を聞いてくれる誰かが必要だと訴え、互いに互いの行動を把握して、人間の相互扶助ネットワークを作り上げることが、あたかも救済であるかのように強調する。人間関係の只中にいさえすれば、集団の只中にいさえすれば、危険を免れられるかのように説くのだ。

それは逆に言えば、一人になれば死ぬという脅し文句と同じだ。牧師のいる教会では、指導者は神の代理権威であると教えられ、牧師の指導の圏内から信徒が逃げれば、信徒は救いを失うかのように解かれることが少なくない。「あなたは一人では聖書を学べない、助けてくれる人や、教えてくれる人が必要だ。だからこの教会にいなさい、私たちと一緒に学びなさい。一人になったらいけない」というわけである。だが、その本当の目的は、信者を目に見える教会に束縛し、牧師に献金を捧げさせ、いついつまでも牧師の説教がなければ、聖書を理解もできない霊的赤子の状態に押しとどめ、信徒から栄光を搾取することにある。

いわば、天皇の赤子だった時代の臣民と同じである。カルト宗教の「霊の父母」と同じで、村上は今も「生み生まれる親子の立体関係」の必要を説き、そこから離れての個人はあり得ないと説いているだけなのであって、なぜそのようなことをするかと言えば、その集団が、偽りのイデオロギーに従って作り上げられたものであり、集団に帰依し、その関係性の中に束縛されている限り、その誤った理念から、人は抜け出せないからだ。個人を集団に留め置くために、(疑似的なものも含め)親子関係が最大限美化され、利用されるのである。

カルト被害者救済活動は、悪しき反聖書的な理念に基づいて作り上げられた一大要塞であり、そこから人を逃がさないでいるためにこそ、相互監視が必要なのである。その監視社会を美化し、正当化するために用いられるのが、親子関係やら、師弟関係やらといった美名である。

だが、聖書の奥義とは、「こういうわけで、男は父母を離れて女と結ばれ、二人は一体となる。」(創世記2:18)というものであって、まず「父母からの自立」が前提となり、キリストとエクレシアの結婚も成し遂げられる。

聖書における正しい関係は、「生み生まれる親子の立体関係」ではない。信者が神に出会うためには、自分の生まれ落ちた家の民を忘れ、「父の家を忘れる」ことがどうしても必要である。これは人が生まれながらの自己に死んで、この世に対して死に、キリストに対して生きるようになることを意味する。

娘よ、聞け。
耳を傾けて聞き、そしてよく見よ。
あなたの民とあなたの父の家を忘れよ。
王はあなたの美しさを慕う。
王はあなたの主。彼の前にひれ伏すがよい。
ティルスの娘よ。民の豪族は贈り物を携え
あなたが顔を向けるのを待っている。」(詩編45:11-12)

筆者の目から見た限り、牧師たちは、大勢の信者や家族に囲まれているように見えても、内心は孤独である。特に、高慢ゆえに他人の助言を聞かない牧師の周りでは、真摯に忠告してくれる人もいなくなっていくため、いざという時、必要な助言を誰からも受けることができない。

大勢の人たちに囲まれていても、みなイエスマンばかりなので、牧師が暴走しても、止める者もない。もしも村上に、身近に親身になって危険を忠告してくれる人間が一人でもいたならば、筆者に対する人格権侵害の記事を投稿してこれをすぐに削除したり、筆者を刑事告訴したなどという記事を発表してこれを削除したり、杉本徳久と共に筆者を馬鹿にする文通を書証として裁判に提出したりと言った愚行には決して及ばなかったであろう。
 
筆者に対する弾劾記事をブログに次々投稿し、掲示板での誹謗中傷を黙認・容認したりすることもなく、何よりも、カルト被害者救済活動に手を染めなかっただろう。

こうした行為に村上が及んだのは、村上には、誰も親身になって忠告する人間がおらず、むしろ、悪い助言者ばかりが取り巻いていたことの証拠である。

こうして、村上の記事では、親子の絆、年長者と年少者の絆、社会の助け合い、相互扶助のネットワークの必要性ばかりが語られるが、そこでは、最も重大な争点が抜け落ちている。

それは、私たちにとって、最も身近かつ忠実な助言者は誰なのか、という問題だ。

もちろんのこと、私たちの最も信頼できる助言者は、見えないイエス・キリストである。船頭多くして船山に登る式に、多すぎる助言者は道を誤らせ、年長者の忠告をどんなに聞こうと、イエス・キリストの忠告を退ける人間の人生は呪われる。

そこで、村上の記事は、筆者には常にバビロンの次のつぶやきを想起させる。

「わたしは、女王の座に着いており、やもめなどではない。決して悲しい目に遭いはしない。」(黙示18:7)

「やもめなどではない」――というバビロンの言葉は、言い換えれば、「私は一人ではない」という意味である。村上は言う、自分には身近に「親身になってくれる人がいる」から暴走することはないと。「親子関係」も万全だから、危険はない、自分は「大人たちの忠告」を聞いているから大丈夫だ、道を誤ることなどないと。

しかし、 「主はこう言われる、

 「おおよそ人を頼みとし肉なる者を自分の腕とし、
  その心が主を離れている人は、のろわれる。
  彼は荒野に育つ小さい木のように、
  何も良いことの来るのを見ない。
  荒野の、干上がった所に住み、人の住まない塩地にいる。
 
  おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。
  彼は水のほとりに植えた木のようで、
  その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。
  その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ」。
 
  心はよろずの物よりも偽るもので、はなはだしく悪に染まっている。
  だれがこれを、よく知ることができようか。
  「主であるわたしは心を探り、思いを試みる。
  おのおのに、その道にしたがい、その行いの実によって報いをするためである」。
 
  しゃこが自分が産んだのではない卵を抱くように、
  不正な財産を得る者がある。
  その人は一生の半ばにそれから離れて、その終りには愚かな者となる。

  初めから高くあげられた栄えあるみ座は、われわれの聖所のある所である。
 
  またイスラエルの望みである主よ、あなたを捨てる者はみな恥をかき、
  あなたを離れる者は土に名をしるされます。
  それは生ける水の源である主を捨てたからです。」(エレミヤ17:5-13)

筆者から見れば、「暴走」とは、目に見える助言者を失った結果として起きることではない。むしろ、「暴走」とは、ただ一人のまことの助言者を当てにせず、目に見える偶像にすがり、頼った結果として起きるものである。

周りのイエスマンたちにおだてられ、自分の欠点が見えなくなった宗教指導者が、分不相応な自画自賛に明け暮れながら、利己的な道を貪欲に突き進み、当然の破滅に落ち込んで滅び去って行くことなどは、まさにその典型である。

筆者は、村上を担ぎ上げた信者たちにも、重い責任があると考えている。村上を間近で知らない人間が、村上に対して疑問を抱かないのは仕方がないが、村上を間近で知っており、疑問を感じながらも、声をあげなかった信者たちの責任は重いと考えている。特に、カルト被害者たちの責任は重い。

統一教会側の「全国 拉致監禁・強制改宗被害者の会」が記している「2 拉致監禁による強制棄教事件の歴史」によると、脱カルト強制脱会運動の歴史には、大きく分けて4つの段階があり、拉致・監禁による強制脱会を最初に始めた者は、村上ではなかったようであるが、村上がこの運動に入った頃に、この運動は最盛期を迎える。拉致・監禁による強制脱会の手法が確立したのはその頃で、別な情報によれば、村上自身も数百件以上の強制脱会を手伝ったと言われている。

その後、強制脱会運動に関わった牧師たちの一部が民事・刑事で訴えられ、敗北に追い込まれたりする中でも、村上には追及の手が及ばなかったのは、ただ村上が非常に巧妙に立ち回り、人権侵害に加担した証拠を残さないようにしていたというだけではなく、村上を取り巻いている無数のカルト被害者らが、村上に対する徹底的な援護射撃・サポートに回ったことが大きく影響していただろう。

京都七條基督教会の役員も、ある時期までは、大半が村上自身が脱会させた元統一教会の信者で固められていたと指摘されている。彼らは村上の意向には決して逆らうことのない忠実な信徒たちであった。そして、今、当ブログに起きていることを見てみれば分かるように、村上が脱会させた信者たちは、村上の忠実な僕のように村上を取り巻いて、村上への批判的な言動を抑制し、これを即座に潰す役割を担ったのである。

このように、自らが脱会させた信者たちを防御の盾のごとく周りにはりめぐらし、彼らからの支持や賞賛を受けて活動したことが、村上の栄光を確固たるものとし、彼の率いる運動の偽りの悪しき本質を覆い隠し、村上の反カルト運動の成功者としてのイメージを作り上げ、この運動を存続させる原動力となったことは見逃せない事実である。

村上の周囲には、今もかつてカルトに入信し、強制脱会させられた際に、自己の意思を打ち砕かれたために、それ以後、村上に対して全く頭が上がらなくなり、異議申し立てができなくなった信者たちが大勢いるものと見られる。(筆者が2008年にこの教会を訪れた時にも、かなりの数、そういう信者たちがいた。)

彼らは、自分たちが村上のおかげで恐ろしいカルトから「救出」されたと額面通りに信じ込んでいるので、一生、村上を救世主のように慕い続け、忠実にその命に従う、マインドコントロールされた信者たちである。

だが、村上の脱会活動は、初めから信者の「救出」のためではなかった、と筆者はみなしている。筆者は以前に書いた記事の中で、村上がどのような形で統一教会から脱会したかという経緯について触れた。

そこでも書いた通り、村上は青年時代に、自ら親族からの拉致・監禁を伴う激しい暴力行為によって、統一教会から無理やり引きずり出され、強制的な脱会を遂げた。家に連れ戻されて後は、手足をロープで縛られ、身動き取れないようにさせられて、座敷牢に閉じ込められていたと自ら書いている。

脱会以後、牧師となってから、村上が繰り広げた脱会活動は、まさに村上自身が、青年時代に自己の意志を打ち砕かれ、身体の自由を奪われ、屈辱のうちに棄教せせられた悲劇的な脱会体験を、他の信者たちの身の上に再現しようとするものであったと言えよう。
 
つまり、村上の率いる反カルト強制脱会運動は、まさに村上自身が青年時代に負った深い心の痛手を、無意識のうちに、他の信者たちとの間で、共有・再現しようとするものだったのである(=反復強迫)。

また、村上は、この他にも、子供時代から親による恒常的に暴力(虐待)を受けて成長してきた様子が分かる記事もいくつも綴っている。

このようなことから、当然のごとく導き出される結論は、村上は統一教会に入信して初めてカルトに出会ったわけではなく、それ以前から、カルト的な歪んだ世界観を心の中に持ち続けて生きて来たことである。

その歪んだ世界観の土台となったのは、彼の家庭である。

筆者は幾度も書いて来た、カルトに接近する人々には、大抵、幼少期から家庭で受けた何かしらの心の傷があると。それが最大の原因となって、彼らはその傷から逃避するために、カルトへ接近するのだと。従って、たとえカルトから信者を引き戻したとしても、この家庭における傷という問題が解決されない限り、彼らがカルトに入った本当の動機は見出されることも、解決されることもない。ゆえに、この問題を放置していれば、その信者は、一つのカルトを脱しても、またそれに類似する何かの団体を見つけ出し、それを逃避の手段とし、そうして同じ種類の現実逃避を、人生で幾度となく繰り返して行くことになるだけであると。

家庭こそ、カルトとの最初の出会いであり、出発点であった――その事実を、村上は依然として見ることができないからこそ、彼はカルトを批判しても、家庭を批判することができないのである。親子関係を密にし、連絡を取り合い、大人たちの言うことを聞いてさえいれば、危険を免れるかのように説き続けているのは、他の信者たちに対してだけでなく、村上が自分自身に言い聞かせているのであって、統一教会のカルト性には気づけても、自分の育った家庭のカルト性には未だに気づかないように、自分で自分をマインドコントロールしているのである。

それだけでなく、村上はこの誤った理念を、幾度となく繰り返される「救出劇」の中で、座敷牢に閉じ込められた他の信者たちにまで、植えつけて来た。身体の自由を奪われ、惨めさと屈辱の中でうなだれる信者に、親たちの行った暴力には目をつぶって、親の言うことに従えと教えるのは、筆者から見れば、文鮮明を「霊の父」とみなし、再臨のキリストとして無条件に従えと教えているのとさほど変わらない。

つまり、村上の反カルト運動は、うわべだけは聖書を利用しているが、断じて、聖書に基づくものではなく、それは断じて、「救出活動」などではなく、村上自身が、強制脱会の対象とされた時に(またはそれ以前から)心に生じた犠牲者としての像(被害者意識、トラウマ)を、他の信者たちにも植えつけるためのはけ口でしかなかったのである。

そうして「救出者」を演じることで、村上は現実を巧みにごまかし、犠牲とされた自分自身の心の痛みから目を背け、自分が心に抱える本当の問題を覆い隠しながら、鬱憤のはけ口を得て来たのである。

そういう文脈で見ると、村上が盛んに「一人」になることに強い抵抗感を示し、人には身近な助言者が必要だ、とか、話を親身になって聞いてくれる人が必要だ、と切々と訴えていることが、誰よりも、村上が未だ自分の生まれ育った家庭によるマインドコントロールの事実と向き合いたくないがために、それを今も「お経」のごとく自分自身に言い聞かせているだけであることが分かる。

親子の関係から出て、一人の個人になった時、あまりにも恐ろしい現実に直面し、世界観が崩壊してしまわないよう、自分は「救出」されたのだ、ありがたい「助言」を受けたのだ、まさか暴力を振るわれたのでも、拉致・監禁されたのでもなく、人権侵害などなかった、と念仏のごとく、繰り返し独り言を唱えているのである。

村上の周りにいる信者たち(カルト被害者)たちも同様で、彼らは「監視はなかった」、「マインドコントロールはなかった」、「人権侵害などなかった」と、同じ念仏を唱え続けているのである。

自らに対して行われた権利侵害を認めないからこそ、彼らは筆者や当ブログに対して行っていることが、恐ろしい権利侵害である事実も認められない。自分を生きた人間として扱うことができず、自分の感情を殺し、自分の心の痛みから目を背け続けている人間が、他者の痛みだけを真剣に取り上げ、これを理解し、他者を解放することなど、できるはずもないことは明白である。

従って、彼らに出来ることは、ただ一つ、自分を犠牲として来たように、他者をも犠牲にすることだけである。それを「救出」や「解放」と呼び変え、神の福音から人々の目を逸らさせて、彼らの手にかかった人々が、キリストが用意して下さった解放に永遠に至りつけないように、御国への門の前に立ち塞がり、自分だけでなく、周りの人々まで滅びに巻き込んでいることが、この運動の最大の罪である。

<続く>

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10.村上密ら牧師による強制脱会活動の手口と、当ブログに対して行われた権利侵害の類似性

義のために迫害されている者は幸いです。天の御国はその人のものだからです。わたしのために、ののしられたり、迫害されたり、また、ありもしないことで悪口雑言を言われたりするとき、あなたがたは幸いです。 喜びなさい。喜びおどりなさい。天においてあなたがたの報いは大きいのだから。あなたがたより前に来た預言者たちも、そのように迫害されました。」(マタイ5:10-12)

さて、一つ前の記事では、村上密その他の牧師が率いたカルト宗教からの拉致・監禁という暴力を伴う脱会運動の犠牲者になった統一教会の信者の手記を紹介した。

これを読めば、この暴力を伴う脱会運動で使われた手口が、筆者に対して、村上密・杉本徳久および掲示板の投稿者らによって行われて来た集団的な権利侵害の手法に非常に酷似しているという印象を持たれた読者も多いのではないかと思う。

ただし、前の記事で引用した統一教会の信者の手記の内容を見ても分かるように、こうした一連の人権侵害を伴う強制脱会活動の中で、村上は、自分は提訴されることがないよう、人権侵害に直接関与した証拠を残さないよう巧妙に立ち回って来た。従って、村上自身はこうした強制脱会活動のために提訴されたことはないはずである。

しかし、信者を奪われた統一教会側からは、村上以外の牧師たちに対し、反撃のための提訴が行われた。しかも、当初は、拉致・監禁による信者の脱会活動の暴力性を訴えた裁判は、反カルト運動を率いる牧師や信者の親族らによって、「親子関係の問題」にすり替えられ、敗訴に終わるケースが多かったようであるが、近年、拉致・監禁による脱会活動に対する世間の目は、より厳しくなり、「親子関係」や、「カルト宗教によってマインドコントロールされた信者の救出のため」などという名目では、もはやごまかせず、そんな理由で人権侵害は容認されないという方向へ転じた様子が伺える。

実際に、村上以外の強制脱会活動に関わったキリスト教の牧師や、これを手伝った「職業的改宗活動家」に対しては、拉致・監禁によって信者にPTSDを発生させ、社会復帰を不可能にしたとして、2千万円を超える賠償命令が出された例もある。

統一教会の公式ホームページに以下の記事が掲載されている。筆者はキリスト教徒として、統一教会の理念に賛同することはできないが、それでも、筆者もまた信教の自由を擁護する者の一人として、キリスト教の牧師を名乗る者たちが、「カルト宗教からの信者の救出」という美名の下に、こうした人権侵害を容認して来たことは、あるまじき所業であり、全キリスト教徒は他宗教の信者に対して、牧師らが行ったこの忌まわしい暴力行為から目を背けるべきではないと考えている。
 

後藤徹氏の控訴審で勝訴判決! 被告らに2200万円の賠償命令
2014年11月14日

11月13日(木)午後2時半から、東京・霞が関の東京高等裁判所で、「全国拉致監禁・強制改宗被害者の会」の後藤徹代表が、自身に対する拉致監禁・棄教強要に関与した親族や新津福音キリスト教会の松永堡智(やすとも)牧師、職業的改宗活動家の宮村峻(たかし)氏などを相手取って起こした民事裁判の控訴審判決が言い渡されました。

裁判長は、拉致監禁の事実認定について後藤代表の主張をほぼ全面的に受け入れ、一審被告である兄夫婦と妹の3人に対して総額2200万円の支払いを命じるとともに、同じく一審被告である宮村氏に対しては、上記損害のうち1100万円を、また松永牧師に対しては同440万円を連帯して支払うよう命じました。

 東京高裁は判決で、後藤代表が1995年9月、都内の実家からワゴン車に乗せられて新潟市内のマンションに拉致されて以降、2008年2月に東京・荻窪のマンションから解放されるまでの約12年5か月にわたり、「監禁」ないし「行動の自由の違法な制約」がなされていたと認定。

 その上で、松永牧師については、後藤代表の家族の違法行為を「黙認」「鼓舞」したばかりか、「(後藤代表の)自由を制約して脱会の説得をすることを幇助していた」と判断しました。

 また、宮村氏についても「(後藤代表の)拘束について、これを理解した上で幇助していた」とし、さらに松永、宮村両氏は後藤代表に対して、統一教会の信仰を棄てることを強要していたとして、「共同不法行為責任を負うべきである」と言明しました。

 今回の控訴審判決は、賠償金額以外の点では極めて公正妥当な認定判断を行い、拉致監禁、脱会強要活動を断罪したもので、信教の自由の観点から高く評価できるでしょう。これまで、統一教会信者に対する拉致監禁、脱会強要活動に対して、「親子の話し合い」なる弁明を採用してその違法性を減殺しようとする判決もありましたが、今回の判決によって、今後は、こうした弁明は一切通用しなくなることでしょう。

 後藤徹代表のコメント

 「31歳から44歳までの12年5か月にわたり、同じ天井と壁を見るだけの毎日でした。最後の約10年間監禁されていたのは、表の通りをたくさんの人が行き来する東京・荻窪のマンションでした。現在の日本においてこのような事件が実際に起こるとは最初の頃は信じてもらえませんでしたが、一審判決を経て、今回、より一層踏み込んだ判決を得ることができました。松永、宮村両氏から徹底的に教育され、焚きつけられた結果、家族は長期間の監禁事件を引き起こしたと考えています。こうした犯罪が過去50年近くにわたって行われ、約4300人が被害を受けてきました。中には、自殺に追い込まれた女性や、マンション6階から逃げようとして地面に落下し瀕死の重傷を負った男性もいます。私の裁判を通して、そのような現実を一人でも多くの方々に知って欲しいと思います
<後略>


カルト宗教の信者であろうと、いかなる宗教の信者であろうと、他宗教の信者であることを口実にして、キリスト教の牧師らが人権侵害を正当化するなど、もっての他であることは言うまでもない。もちろん、そんな教えが聖書によって容認されるはずがないのは明らかなので、そうした所業に手を染める牧師が、正統なキリスト教の教えに立っていないことも言うまでもない。

だが、筆者こうした事例を引き合いに出すのは、筆者自身が、村上の支持者によって「カルト宗教の洗脳を受けた信者」「マインドコントロールされた信者」「異端者」などに仕立て上げられ、インターネット上で激しいリンチのような攻撃を受けて来た事実があるためである。

むろん、拉致・監禁による他宗教の信者の強制脱会活動と、当ブログを巡って起きた権利侵害を、すぐさま同一視することはできない。筆者自身は直接的な暴力を振るわれたことはなく、監禁されたわけでもなく、インターネット上で寄り集まって当ブログに対して日夜権利侵害に及んでいる人々の間に、どのような共謀関係が成立しているのか、という点も、未だ明らかにされてはいないからだ。

とはいえ、その点を措くとしても、当ブログを巡って、村上密自身と、村上を支持する人々の側から、インターネット上で、日夜、激しい権利侵害が集団的に行われて来たことは、紛れもない事実であり、その有様は全体として見ると、不思議なほど、反カルト運動の強制脱会の手口に酷似していることに驚かざるを得ない。
 
いわば、反カルト強制脱会運動をインターネット上で実施したものが、当ブログに対して行われた権利侵害だと考えると非常に理解しやすいのだ。
 
当ブログに対するインターネット上のバッシングの発端は、2009年夏に村上密が筆者を非難するために発表した記事にある。

筆者は村上と同じ教団で幼少期から信仰を持ったが、2008年に他教会で起きたトラブルの相談のために、村上の教会を訪れ、解決を得られなかったことをきっかけに、村上の活動それ自体に疑問を持つようになり、2008~9年にかけて、村上の唱えた「カルト監視機構」の構想を検証して批判し、かつ、甲師の物語を発表して、村上ら牧師が行って来た強制脱会運動の問題点を明るみに出した。
 
ると、2009年7月に早速、村上自身がブログ上で、筆者に対する2つのバッシング記事を発表し、これがその後、長年に渡って続くネット上の当ブログへのバッシングの引き金になったのである。

これらの記事で、村上は筆者の指摘した「カルト監視機構」の反聖書性という問題にはほとんど言及することなく、むしろ、カルト監視機構は設立されていないため、筆者の記事は「誤報」であると非難し、さらに、筆者は「交流の少ない所で生活」しており「情報はインターネットが頼り」であると決めつけ、筆者は「話題作り」のための「創作」として「甘っちょろい空想」を述べ、「あなたの世界を形成」しているだけであって、なおかつ、「藪の中から石を投げて顔を出さない無責任な生き方」をしているだけであると決めつけ、筆者が実名を公表せずにブログを執筆している行為を暗に非難していた。

こうした村上の記述は、当初から、あたかも筆者が精神不安定な状態で、引きこもり生活を送り、非現実的な独自の世界観に基づく根拠のない空想を述べているだけであるかのような、事実に反するイメージを読者に抱かせる狙いがあったと言えよう。

要するに、村上は筆者の論に真正面から反論する代わりに、筆者が精神的に不安定な状態にあるかのように示唆する、筆者に対する人身攻撃とも受け取れる印象操作を行うことによって、村上は自分の活動を批判した筆者の論の信憑性を読者に疑わせようとしたのである。

だが、こうした記述は、単なる印象操作にとどまらず、村上自身の願望を反映したものであったように感じざるを得ない。

つまり、おそらくはこの時点から、村上は自分の活動に反対する筆者を、あたかもカルト宗教に入信した信者と同じように、「危険思想の持主」であるとみなし、それゆえ、筆者に考えを改めさせる必要がある、と認識していたのではないかと思われる。
 
そこで、村上はできるならば、筆者が「誤った考え」をことごとく捨てるまで、実際に筆者を自由の制限された、「交流の少ない所で生活」させて、偏った一方的な情報しか受けられない状況に置き、再教育を施さねばならない、という危機感を持ち、これを願望として、以上の非難の中に込めたのではないかと疑われるのである。

その疑惑は、村上の批判がその後、杉本徳久にバトンタッチされて、どのように受け継がれ、発展させられて行くかを見れば、より深まって行く。
 
村上がこうした記事を発表した直後から、杉本徳久からの筆者に対するバッシングが始まった。(杉本は以前には村上を偽預言者と同列に置いて非難していたが、その後、立場を翻し、カルト被害者を助ける牧師が他にいないという理由で、村上の活動を支持するようになった。)
 
次の記事にも杉本のメールを示す通り、2009年11月、村上の活動に疑問を抱いたことをきっかけに、筆者はカルト被害者救済活動そのものと訣別したいと考え、その意思表示を行って、杉本のブログにかつて投稿した1件のコメントを削除してもらえるよう依頼すべく、杉本に宛ててメールを送った。

しかし、杉本は筆者の依頼に激怒して、これを拒否したにとどまらず、筆者が「匿名に隠れている」と非難して、筆者に個人情報を明かすよう執拗に要求し、筆者がそれに応じないことにさらに激怒し、また、筆者が「エクレシアの兄弟姉妹との交わり」の中にいるとメールに記していたことに、とりわけ強い不快感を示し、「あなたからは、一切、謙虚な心が感じられません。そのままであれば、私に限らず、これからも多くの人から拒絶されるであろうと思われます。」などと書き送って来たのである。

杉本のメールの文面は次の記事に掲載する通りであるが、このメールをやり取りした直後に、杉本が筆者をバッシングするために発表した一連の記事で使われた非難の言葉を見ると、杉本の筆者に対する非難は、村上の主張を土台とし、これをさらに発展させて、筆者を中傷するものであった様子が伺える。

一例を挙げれば、

村上「創作」、「誤報」、「甘っちょろい空想」
⇒杉本「妄想」、「思い込み」、「作り話」、「市井の良識から外れた文面」

村上「藪の中から石を投げて顔を出さない無責任な生き方」
⇒杉本「匿名に隠れている」

村上「交流の少ない所で生活」、「情報はインターネットが頼り」
⇒杉本「まともな職に就けず」、「社会的受容を受けられず」

村上「あなたの世界を形成」
⇒杉本「「現実と妄想の区別がつかない」、「精神疾患」、「人格障害」、「宗教洗脳」
 
杉本による当ブログへの非難は、約10年間ほど続けられ、その間、杉本は幾度となく、筆者が杉本にとって不都合な言動をやめなければ、筆者の個人情報を公開すると脅しつける内容のメールを送って来た上、2016年頃からは、筆者を刑事告訴すると予告、さらにその非難の内容は時を追うごとにますますエスカレートして行き、ついに2017年頃には、次のような記述により、筆者の信念をあからさまにキリスト教の異端であると決めつけては、筆者はカルト宗教による重症の宗教洗脳(マインドコントロール)を受けて、現実と妄想の区別がつかなくなり、社会生活を送れない重症の精神障害に陥っているかのように、事実に反して決めつけて誹謗中傷するようになった。

「まともな職にも就けず、強い孤独感、孤立感に苛まれ、社会的受容を受けられず、職業的自尊心も持てない現状に、ヴィオロンが苛立っていることに起因している。キリスト教的な異端新興宗教を次々に吸い込み、極限的に妄想を募らせた結果のことであった。」

むろん、こうした記述が、一審で名誉毀損と認められ、賠償命令が下される対象となったことは言うまでもないが、筆者はこうした杉本の記述のすべては、杉本一人の思いつきというよりも、それ以前から、強制脱会活動に携わって来た村上の願望を杉本が代理で言い表したものであるように感じられてならない。

2009年に村上は筆者に対する非難記事を掲載したが、その記事の反響を見て、牧師としての自分が直接、信徒を非難することは自分にとってマイナスイメージになると考えたのではないか。そして、本当は自分自身がバッシング記事を掲載したかったが、同じ頃、杉本が折よく筆者と対立し、次々と筆者を非難する記事を投稿するようになったので、村上はこれ幸いとばかりに沈黙を決め込んでいただけではないかと見られる。
 
筆者から見ると、杉本が表明した当ブログへの非難は、あらゆる点から見て、村上の願望を代理として言い表したものでしかなく、杉本は村上の願望を忖度してこれをかなえるためにこそ、当ブログや筆者に対して敵対的に行動し、一連の人権侵害に及んで来たとしか思えないのである。

もしも杉本と村上との間に何の協力関係もなく、杉本による権利侵害が、杉本が単独で行ったものであるならば、村上が未だに自らのブログで、一度も杉本に対する判決を明らかにせず、杉本の不法行為を非難していないことはおかしい。

もっと解せないのは、杉本が一審判決により口を封じられたことを機に、その後、2009年以来、当ブログに対して沈黙を守って来た村上が、いきなり10年来の沈黙を破って、直接、筆者に対する権利侵害に及び、筆者を糾弾し始めたことである。

この他にも、たとえば、杉本は筆者を刑事告訴すると言いながら、結局、告訴状の提出にも至らなかったが、その後、村上は、筆者を刑事告訴したなどと記事で発表している。この点においても、実は、筆者を誰よりも刑事告訴したかったのは、杉本ではなく、村上本人だったのではないかと考えられずにいられない。つまり、筆者から見れば、杉本は村上の願望を忖度して行動していただけなのである。

そう考えると、杉本が筆者に「異端宗教にマインドコントロールされて現実と妄想の区別がつかなくなった信者」であるかのような濡れ衣を着せ、筆者が社会生活が送れない状態にあるかのように触れ回り、筆者を精神的に追い詰め、まるで自殺させることが目的であるかのように、ひたすら名誉毀損行為を続けたのは、先の記事で見たように、村上ら強制脱会活動家の牧師たちが、カルトに入信した信者らを「救出(脱会)」させるという名目で、アパートの密室に拉致・監禁し、カルト宗教における集団生活から引き離しただけでなく、社会生活からも引き離し、自分たちに都合の良い一方的な情報だけを与え、自由を奪って棄教を迫りながら、延々と叱責や説得を続けた行為を彷彿とさせる。

ちなみに、筆者は過去に異端の宗教に入信したことは一度もなく、筆者がかつてカルト被害者という言葉を口にしていたのも、ただ単に牧師による行き過ぎたワンマン運営が行われるプロテスタントのカルト化教会でトラブルに遭遇した事実を指すために使っていたに過ぎない。

筆者は幼い頃から一度もキリスト教以外の宗教を信じたことはなく、カルトに入信していた過去もないため、誰かから「異端者」と決めつけられねばならない理由もなければ、説得工作の対象とされる理由もない。そして、筆者は生粋かつ本物のキリスト者であるから、どのような試練を受けとしても、聖書への信仰を捨てるつもりはない。

しかしながら、その生粋かつ正真正銘のキリスト教徒を自認する筆者でさえも、村上ら強制脱会活動家の牧師らによる人権侵害を伴う脱会工作には、絶対に賛同することはできず、かえって統一教会などの他宗教の信者の人権を擁護せざるを得ない。そして、ついに統一教会に入信していたわけでもない筆者までも、村上の支持者によって、統一教会の信者らと同じように「キリスト教の異端新興宗教」に次々と入信しては誤った道を歩いて来たカルト信者であるかのように仕立て上げられたのであるから、こうなってはもはや筆者が強制脱会活動家を擁護する理由は何もない。

マインドコントロールの第一段階は、信者が入手できる情報を、一方的で限られた内容に絞り、それ以外の情報から遮断して、信者自身が情報を取捨選択したり、様々な情報を比較しながら、何が真実であるかを検討することができないように仕向けることにある。

信者を長期に渡り、密室に監禁し、脱会活動に関わる牧師たちや、その影響を受けた親族の言い分以外に情報が入って来ない環境に置くことは、信者が自分自身で物事を客観的かつ公平に判断するための前提条件を奪い去って、マインドコントロールを成し遂げるための第一歩である。

強制脱会活動家の牧師たちは、カルト宗教のマインドコントロールを解くとい名目で、信者を不自由な環境に束縛しておいて、その環境を利用して、今度は、自分たちが彼らにマインドコントロールをしかける側に回った。

以上の記事では、脱会活動家の牧師たちが、信者に「誤った信念」を捨てさせるために、10年以上もの間、密室に監禁し、限られた情報しか与えず、仕事にも就かせず、社会から隔離し、ついには精神を病んで社会復帰も不可能になるほどまでに追い詰めていた事実が確認できる。

まさに形態は違えど、村上とその支持者から、当ブログに対して約10年間にも渡り、しかけられた誹謗中傷を彷彿とさせるような話ではないか? 

つまり、筆者から見れば、杉本は村上を支持し、村上の意向を忖度して動いていたとしか思えないのだが、その杉本が、筆者があたかも「カルト宗教の重症のマインドコントロール」に陥っている信者であるかのように見立てて、ネット上で激しくバッシングしていたのは、彼らの側が、筆者の信念を「誤った考え」とみなし、筆者がこれを捨てるか、もしくは筆者が「棄教」に応じない場合には、その懲罰として、筆者から社会生活を奪い去る目的で、激しい誹謗中傷という「説得工作」を行っていたと見られてならないのである。
 
幾度も述べた通り、筆者にはとてもではないが、以上のような虚偽に満ちたストーリーを杉本が単独で思いついたとは思えないのである。また、当時、杉本ブログには、筆者に向かって「聖書を捨てよ」と呼びかけるコメントも多数、投稿されていたことを見ても、彼らの投稿は、単なる中傷を目的としたものではなく、筆者に聖書に基づく自己の信念を捨てさせることが目的であった様子が伺えるのである。

こうしたネット上のバッシングは、筆者から見て、まさに強制脱会活動家らが、互いに権利侵害に加担している証拠が残らないよう巧みに立ち回りながら、その裏で情報交換を行い、計画的に話し合いながら、「異端者」とみなした信者を社会生活から引き離し、密室で「誤った信念」を放棄するよう、長期間、懺悔や「棄教」を迫るための人権侵害を伴う説得を繰り返していた様子を思い起こさせるものである。
 
彼らの当ブログと筆者に対する「脱会工作」(とあえて呼ぶ)は、今年に入ってからは、特に苛烈を極めた。杉本ブログが一審判決によってとどめを刺されてからは、今度は、誹謗中傷の舞台は村上ブログと掲示板に移り、掲示板では、見も知らない投稿者が、朝から晩まで絶え間なく寄ってたかって集団で、筆者に対する誹謗中傷のコメントを書き連ね、筆者に「誤った信念」を放棄し、村上・杉本陣営に降伏して「棄教」するよう求めた。

そうした投稿はすでに数千件に達しているが、その中には、筆者がジャンヌ・ダルクをきどっているとか、王妃エステルを自称しているだとか、ありとあらゆる方法で、筆者の信念を嘲笑・誹謗することで、杉本・村上の行為を悪事として訴えている筆者が、自らの考えを放棄して、訴えを投げ捨てるよう要求する容が記されていた。

こうした出来事は、筆者から見ると、まさに強制脱会活動家らが、信者を24時間密室に監禁して監視し、そこで絶え間なく信者の考えを誤りであると決めつけては論破しながら説得工作を行っていた様子に酷似するものである。

24時間、まるでラウドスピーカーでがなりたてるがごとくに、一人の信者に対して、「誤った信念」を捨てるよう、罵倒や叱責や嘲笑や非難の言葉をひたすら浴びせ続けるのである。とてもではないが、こうした出来事が偶然に起きうるものだと考えることはできないし、そう考える人もおそらくないのではないか。必ず、仕掛け人がおり、計画的に行われたことであるとみなさざるを得ない。
   
彼らが集団で信者を追い詰めたやり口は、以上に挙げた以外の観点から見ても、強制脱会活動の手法に非常に酷使している。

2017年以後、杉本は筆者のみならず、筆者の親族まで、ブログにおいて揶揄や中傷の対象とし始めたが、掲示板でも同様に、盛んに親族関係を利用した誹謗中傷が起きた。強制脱会活動においては、家族を巻き込んで大々的な人権侵害を行い、信者に心理的プレッシャーを与えて棄教を促すことが定石となっていたことはすでに確認した。

その他、先の記事にも書いたように、筆者の裁判を支援してくれているように見えたカルト被害者たちも、判決と同時に態度を翻したことを考えると、彼らも表向きには村上を批判しているように見えたが、実際には、そうでなかった可能性も考えられる。

先の記事で挙げた手記でも、強制脱会を行う牧師らは、元脱会者や元信者の家族を手先として利用しながら、新たにターゲットとする信者の情報を引き出し、信者を追い詰めていた事実が確認できるのである。
 
また、この他にも注目される点は、2010年頃から筆者は杉本の行為を嫌がらせとして警察に相談を行っていたが、杉本は筆者が警察に助けを求めたことにとりわけ強く反発し、筆者の被害相談を「狂言」だと決めつけて嘲笑していたことである。

2017年以降、杉本は次のような内容を次々と記事に書いた、「(ヴィオロンは)神奈川県警に「被害相談」をしたが、全く担当刑事に相手にされず事件として調べてもらうことさえ叶わずすぐに門前払いになっている。」「神奈川県警に「被害相談」をしたものの、頭がおかしい狂言と扱われ門前払いを受けた」「「迷惑行為」の張本人こそ彼女であって、彼女にはその自覚と認識が皆無である。」 

杉本のこのような記述は、強制脱会活動家の牧師たちや、その手先となった家族らが、拉致・監禁した信者が警察に助けを求めても、かえって信者自身が「精神異常者」ではないかと疑われ、「頭がおかしい狂言」とみなされて相手にされないよう、計画的に振る舞っていた様子を思い起こさせる。

実際に、杉本はこうした記事の発表により、筆者が精神異常に陥っているかのような虚偽のプロパガンダを流布するのみならず、筆者に先んじて、警察官らを自分たちの側に取り込むべく、筆者を中傷する準備書面などの裁判資料を、神奈川警察署に大量に送りつけていたことも判明している。

むろん、杉本は、筆者が司法の場を利用して、紛争解決を試みた際にも、筆者の訴えが虚偽であるかのように見せかけるために、筆者をしきりに精神異常者であるかのように吹聴する記事を大量投稿した。

それらの記事において、杉本は筆者が「司法制度を理解していない」と決めつけ、「ヴィオロンの調停申立書の内容は初めから最後まで意味不明の宗教論、神学論で溢れかえっており、法的な意味は全くない」とか「事実と妄想との区別がつかない彼女の文章」、「一読しただけではったりの虚偽がいくつも混じっていることはわかる」などと決めつけ、筆者の訴えが決して世間の人々に真面目に受け止められることがないよう、あらん限りの言葉で罵倒・嘲笑した。

さらに杉本は、「もちろん、警察官も裁判所書記官も公務員であるが、いざとなればこうして罵り続けてきた「公務員」に助けを求める。」などと、そもそも筆者が警察や裁判所に助けを求める行為自体が、あるまじきものであるかのように非難し、筆者が自分の人権を守ろうと手立てを講じる行為を徹底的に罵倒、否定したのである。

また、杉本は筆者の人権意識そのものが誤りであると決めつけ、「彼女にとっての人権感覚や規範意識は、21世紀の現代国家に相応しいそれではなく、ヴィオロンの脳内のみに通用する空想ユートピアの規範に準拠しており、市民社会の秩序に沿っていない。」とか、「そのような空転した脳内の事実を妄想ではなく現実だと本気で信じ込んでいる点がヴィオロンの洗脳状態を如実に物語っている。」などとして、筆者は「カルト宗教の洗脳」のために、物事の正常な判断がつかなくなって、無意味な騒ぎを起こしているだけであると徹底して中傷した。

こうした記述は、むろん、名誉毀損に相当するのだが、そのことをさて措いても、これはまさにカルト宗教から信者を拉致・監禁によって奪い去った強制脱会活動家が、自らの人権侵害を覆い隠すために、信者を「精神異常者」に仕立て上げた手口とそっくりではないか?

気の毒なことに、何カ月、何年間、もしくは10年以上もの長期に渡る監禁生活の中に置かれた信者たちの中には、その後遺症のために、当初は健康かつ正常であったのに、重症のPTSDを発症したりして、まさに強制脱会活動家の牧師らの望む通りに、社会生活が送れなくなった人々も存在する。もちろん、脱走に失敗して後遺症を負ったり、自殺した人々もいることは、以上の記事に記されている。

筆者も、もしも筆者以外の人間が、筆者と同じ状況に置かれ、これほど激しい人権侵害を伴う「説得工作」を毎日のように受ければ、おそらく2日程度で命を絶つだろうことを疑わない。だからこそ、筆者は実名で裁判に及んだ経験のあるカルト被害者に対しては、無責任に陰口を叩くだけで終わらず、自ら村上ら牧師を告発すればどうかと提案しはするものの、それ以外の無関係の人々に対しては、筆者と同じように告発に及ぶことは、決して勧めないのである。

このような試練は、よほど強力な信仰があって、覚悟のできた人間でなければ、立ち向かうことのできないものである。そして、筆者は信仰によって準備が出来たので、これに立ち向かうと決めたが、それに際して、誰もこの嵐のような中傷に巻き込まれたり、精神的に人質にされたりすることがないよう、あえて戦略として一人でこれに対峙することとしたのである。

(*むろん、この試練を通過すれば、神は筆者の人生に多くの仲間や兄弟姉妹など神の家族を返して下さるであろうが、今のところ、筆者は誰もこうした中傷に巻き込まれることがないよう、周囲の人々に対して相当な配慮を払っている。)

もう一度言うが、筆者は自分を敬虔かつ筋金入りのキリスト教徒とみなしているが、以上のような人権侵害に及ぶ強制脱会活動家の牧師たちが、本物のキリスト教徒であるとは断じて考えていない。

彼らがキリスト教徒を名乗っているのは、うわべだけの偽装に過ぎず、彼らの活動の真の目的は、あらゆる宗教に対する迫害、とりわけ、キリスト教に対する迫害を行って、教会と信者に打撃をもたらすことであり、彼らの活動の本質は、聖書の神に逆らう悪魔的運動であると、筆者はかねてより主張している。

彼らは自分たちの信念があたかも正しいキリスト教信仰であって、カルト宗教にまさるものであるかのように考えているようだが、実際には、カルト的信仰を振りかざし、信者にマインドコントロールを施しているのは、まさにこれらの強制脱会活動家の牧師たちの側なのである。

そして、彼らは巧妙に人権侵害の証拠や共謀関係の証拠が残らないように、手先となる信者を矢面に立たせ、自分たちは多くの場合、陰に引っ込んでいるが、筆者はネット上で行われた集団リンチのような中傷も、強制脱会活動家の強い影響の下で行われたものであることを疑わない。
 
いわば、神の教会と信者に打撃を与え続けて来た本物の「異端者」とは、これら強制脱会活動家たちの方なのである。「カルトを防止する」、「異端を駆逐する」などの理由で、キリスト教界に自前の異端審問所を設け、信者を刑事告訴したり、魔女狩り裁判を行おうと意欲を燃やしつつ、大審問官のように君臨しているこの連中こそ、まさに異端者と呼ばれるにふさわしい人々であって、彼らの率いて来た反カルト運動・強制脱会活動は、筆者のような真実なキリスト教徒にとっては、信仰に対する迫害であるばかりか、キリスト教の恥であり、汚点でしかない。 

この人々は、自らの正体を暴かれないよう、自分たちの活動の危険にいち早く気づいたキリスト教徒を率先して駆逐しようと、異端者の濡れ衣を着せて来ただけのことである。

つまり、反カルト運動すなわち強制脱会活動は、うわべだけキリスト教に偽装しているものの、その本質は、あらゆる宗教に対するのべつまくなしの迫害運動であり、何よりもキリスト教に対する迫害運動なのだと言える。

筆者は2008~9年にそのことを見抜いて指摘したからこそ、それ以後、現在に至るまで、異端者と呼ばれ、カルト宗教の信者と同列に並べられて、彼らの迫害の対象とされ、誹謗中傷による説得工作と、魔女狩り裁判(告訴)の対象にまでされているのである。

だが、筆者にとって異端者のレッテルなどどうでも良いことである。キリストは常に罪人の仲間とみなされてパリサイ人や律法学者から悪口雑言を言われたのであり、強制脱会活動家が他宗教の信者に対して行って来た拷問のような責め苦のことを思えば、筆者はこのような恐るべき人権侵害に加担するくらいならば、むしろ、異端者と決めつけられ、苦しめられる側に立たされることを幸いに思う。

そこで、今、反カルト運動という悪しき異端審問の犠牲とされて来たすべての人々のために、筆者は立ち上がってこれを悪行として世に訴え、教会をこれらの偽りのキリスト教徒の魔の手から奪還したいと考えている。筆者の起こした紛争は、そのための口実に過ぎず、本当の目的は、心の割礼を受けていない無法者どもの手から、教会を解放することにある。

筆者自身も、彼らの魔の手から完全に解放されねばならないが、その他にも大勢、解放されねばならない脅しつけられた人々が存在する。キリスト教徒であるかのように偽って、こうした悪行に手を染めた者たちは、したたかに裁かれ、神の教会から手を引いて、恥をこうむり、退却せねばならない。

* * *

<続く>



8.冷静沈着を装うことで、人権侵害を覆い隠し、自分が害を加えた信者を「精神異常」に仕立て上げようとする村上密の反カルト脱会運動の異常な手法

わたしたちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです。なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。

 わたしはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」(Ⅱコリント5:13-15)

さて、筆者や当ブログをあたかも精神異常の産物であるかのように言いふらし、絶え間なく中傷している牧師たちがいるが、以上の御言葉に照らし合わせても、神のために悪評をこうむることは、かえって名誉なことである。

そして、彼ら牧師たちが、自分たちにとって不都合な言論を行う反対者には、常に「精神異常」のレッテルを貼って、批判を封じ込めようとして来た古典的手法は、今や当ブログ以外の場所でも指摘されるようになっている。非常に良いことである
  
さて、村上密は当ブログの記事が「感情論」であるかのように触れ回るが、それが事実でないことはすでに述べた通りである。

村上密の記事には、巧妙に隠された多くの事実がある。結論から言えば、村上のブログには、村上に都合の良い事実しか書かれておらず、それは偏った情報に基づき、自己宣伝のために作られた、読者をマインドコントロールするための虚構と言っても差し支えないような内容なのだ。

村上の記事には、そこに記されていないコインの裏面のような「もう一つの半面」が存在していることを、読者は行間を読み解くようにして理解する必要がある。それは記事の表向きの文面だけを読んでいては決して分からないため、他者の証言や、他で発表されている情報によって、詳しい事実関係を補っていく必要がある。

このような綿密な裏づけ作業を行わず、ただ書かれている表向きの文面を鵜呑みにして、村上の自画自賛の文章を額面通りに受け取り、彼を賞賛することは、マインドコントロールにかかるのに等しく、大変危険な行為である。

たとえば、村上が今年3月7日に「障がいの解消 」という記事を発表している。この記事の中で、村上は自分の教会を他の教会に先駆ける形で、車椅子の通行の妨げにならないバリアフリーの教会設計にしようと、どのように苦労したかという話を自慢話のごとく記している。そして、「献堂から25年を迎える。リフォームを2回行った。心のバリアフリーは毎日更新していかなければならない課題である。」などと、リフォームの成果をアピールしている。

しかしながら、この記事に書かれていない事実がたくさん存在する。その一つは、村上は以前にバリアフリーの教会を作るために、自ら会堂の設計をしたものの、村上の設計に従って作られた教会の礼拝堂のトイレには、なぜか車椅子が入らなかったことだ。そのせいで、またしても新たにリフォームが必要となったが、そのリフォームの仕事を、村上は強引に自分の身内であり建築関係の仕事を手がけていた義理の息子(娘婿)に回した。そして、義理の息子は実際に教会内のリフォームの仕事を手がけたが、その後、不明な理由で自殺を遂げていること。
 
このような暗い負の側面は、村上の記事には記されていない。だが、このことを知れば、村上は、未だ多くの教会がバリアフリー設計に対応していないと、自教会の先駆的なリフォームを誇るよりも前に、自分が心のバリアを解けなかったがゆえに、身内の心のケアが及ばず、手遅れになってしまった自分自身の冷淡さにまず筆を向けるべきと考えるのは当然ではないだろうか。

次に、今年4月22日の村上の記事「感情的な問いかけを避ける 」にも同様のことが言える。ここで村上は、子供がカルトに入信したから取り戻したいと、親に懇願されて協力する場合に、信者を取り戻すために、まずはカルトに入信している信者の親たちに向かって、子供に対して決して感情的に接しないように呼びかけるとしたものだ。

村上の反カルト脱会運動は、初期の頃は特に、統一教会などの宗教に入信した信者の親たちから脱会への協力を懇願された村上ら牧師たちが、信者を計画的に路上その他の場所で拉致し、車に押し込んでアパートの密室に連れて行き、そこで何カ月間にも渡り、監禁して説得工作を行うものであったことは、前の記事で述べた。

以上の記事は、そうした状況下で、親たちが信者を脱会させるために説得工作に当たる際、決して子供と真正面から喧嘩したり、子供の面目を潰すような議論をすることを避け、同情や共感の言葉を用いて、巧みに子供の内心を引き出すように教えたものである。

それが何を目的とする行為であったのかは、村上の以上の記事にも記されている。

「共感できなくても、共感できないと思わせるより、共感してくれていると思わせる方が、子供の行動や内心を知ることができる。それが、カルトから救出するときの手掛かりになる。動機を知っているかいないか、心理を知っているかいないかでは、カウンセラーの対応に大変役立つのである。対立的なアプローチは関係を悪化させる。何かしら同意できること、共感できることを口にして、関係をつなぎとめておかないと、カルトの思うつぼに家族の状態をしてしまうことになる。大切なのはどうしてと親の感情をぶっつけることではなく、できるだけ子供の気持ちを聞いて知っておくことである。そのことを親が上手に使えなくても、カウンセラーは対話に役立たせ、親子の関係を回復することに役立てることができる。 」

つまり、村上らは「救出カウンセラー」として信者に棄教を迫るに当たり、まずは家族との接触を通して、信者の心の内面・入信の動機などを巧みに探り出し、今後、どういった方向から信者に棄教を迫るのか、綿密な作戦を用意する必要があった。そうした作戦行動に有益となる情報を予め入手するために、村上は信者の家族に、まずは信者とぶつからないで情報を引き出すよう、「非対立的アプローチ」を勧めていたのである。

とはいえ、棄教を目的とした監禁状態における説得工作が長く続くと、束の間やって来るだけの牧師たちとは違い、家族は疲弊して、「非対立的なアプローチ」も壊れ、かえって激しい対立が表面化し、家族関係も破壊され、寸断されることは、前の記事でも確認した通りである。

また、村上の教える「非対立的なアプローチ」は、そもそも村上ら牧師が、カルトから信者を脱会させるという美名の下で、信者への拉致・監禁という人権侵害を手段として用いたことそのものの暴力性を覆い隠すカモフラージュであったことも確かである。

そのことは、統一教会側から、信者の拉致・監禁による脱会に対して抗議するために発表された以下の手記にも記されている。長いが、ここに引用しておく。
 

4 人権を無視した拉致監禁 許せない

静岡在住 M・S

1991年入教5年目、当時広島県福山市で歩んでいた時、他県に住んでいた両親が話す内容に反対牧師につながっているような言動がありました。それから間もなく1991年3月に両親が車で福山に遊びに来ることになり、教会の責任者から注意するよう助言を受けていましたが、拉致監禁に関する情報を詳細に知らなかった私は、「いざ監禁されたら飛び降りてでも逃げてきますから」と半ば軽い気持ちで出かけました。

父親が運転して後部座席に母と私が座りましたが、途中母が「実は今日はお見合いをしてほしいの」と私に話しかけました。私は統一教会での結婚を望んでいたので「お見合いで結婚するつもりは無いから」と断りましたが、母はそのことは分かっているけれど親戚の勧めでどうしても断れないので同席するだけで良いからと言うので仕方なく承諾しました。

連れて行かれたところは入り口がオートロックのワンルームマンションで部屋の中に入るとなぜか従姉が二人おり、布カバーが掛けられた衣装ケースが隅に置かれ、部屋の真ん中にテーブルが一つありました。それを見た途端?しまった、騙された!?とすぐに引き返そうとしましたが、時すでに遅しでドアノブには鎖がぐるぐるに巻かれて南京錠が掛けられ、ベランダ側の窓の鍵も鎖でぐるぐる巻きにしてあり、それを隠すためにリボンが飾られていました。悔しさと腹立たしさとショックとが入り混じった何とも言い難い複雑な心境に陥りました。

すぐさま「ここから出してよ! こんなところにいる場合ではない!」と大声を上げましたが、両親は私の態度に動じることもなく、「これからここで一緒に勉強しよう」と妙に落ち着いた表情で私に言ったのです。その両親のあまりにも落ち着いた態度が変に不気味でした。後から分かったことですが、監禁するノウハウ(向こう側に言わせると監禁ではなく保護)や監禁された人がどういう行動に出てその時どのように対応すべきかは、監禁前に反対牧師や拉致監禁によって離教してしまった元教会員から、徹底して教育されていました。両親はとにかく子供がどのような行動を取ろうと絶対に怒ってはいけないし、冷静な態度で振る舞い、一緒に勉強して行くという姿勢を見せるように言われているのです。そしてもう一つ、これも後に両親から聞いたことですが、私を監禁するために私が乗った車から万が一私が逃げ出した場合すぐに取り押さえられるよう、親戚の男性達が数人乗った後続車が付いてきていたそうです。マンションは飛び降りて逃げられないように3階以上にある部屋と決まっており、私の部屋はたしか4階か5階でした。

その日から私の監禁生活が始まりました。両親は二人とも働いていましたが、この監禁の為に長期休暇を取って臨んでいる様子でした。最初の3日間は牧師は来ませんでしたが、それは牧師に私の状況を密かに報告しながら私が聞く姿勢が整うのを待っていたのだと思います。狭いワンルームに24時間、両親に監視されながらいるのですから、それだけで精神的におかしくなりそうでした。夜中にふと目が覚めても、どちらかが起きていてじーっと私の方を見ていました。玄関の南京錠の鍵はひもを付けて、父がいつも首からぶら下げていました。私が何を言っても「自分たちも勉強したいからここで一緒に勉強しよう」とおうむ返しのように返事が返ってきました。

私は1日目から断食を始めましたが、体力に自信がなかったのでいざという時に逃げられないかもしれないと思い、とにかく心身ともに健康な状態で必ずここから出ようと決意しました。

4日目に入ってようやく牧師が来ました。当時、岡山市庭瀬にあるキリスト教会の高山正治牧師でした。年齢は40代ぐらいに見えました。感情的なタイプでなくとつとつと話す人でした。

聖書と原理講論を比較しながら原理の間違いを指摘、写真や資料を見せながら文先生や文先生のご家庭の批判、教会のスキャンダルなど、毎日毎日聞かされました。それ以外にはテレビや雑誌もなく何の情報も入らないのです。両親は一緒に話を聞いてはいますが、? 一緒に勉強する?というより?いかに私が統一教会が間違いだと理解するか?を伺っているような態度でした。ベランダ側のガラス窓を割って逃げることを考えましたが、両親はずーっと側にいて、何か起これば即対応する姿勢でいたので逃げ出すチャンスがなかなか見つかりません。

何日か経った時、仮病をつかって病院へ連れて行ってもらいそこから逃げることを計画しました。牧師は「仮病を使って逃げる教会員もいるから」と外出を渋りましたが、両親の方が折れ病院へ行くことになりました。私は個人病院ではなく、逃げ出しやすい大病院を指示しそこに両親と妹の三人に付き添われて行きました。

病院の待ち合い室で、三人の監視が手薄になるようにして父と二人だけになった時、私は?今だ!?と走り出して入り口のタクシー乗り場に行き、タクシーに乗りこみましたが、父が必死に追いかけて来たためタクシーの運転手は発車してくれずとうとう父に追いつかれました。しかし、とっさに運転手に?私は監禁されています。私の名前は○○です。連絡先は○○です?と予め準備していた教会の電話番号を書いたメモ紙を渡しました。

治療中も医者やそこら中の人達に聞こえるよう「私は監禁されています。助けて下さい!」と叫び続けましたが、病院ということもあり周囲から精神異常者のように見られ、誰も取り合ってくれませんでした。治療後、病院の事務局の人が「ただごとではなさそうなので警察を呼びました。こちらの部屋で話をして下さい」と地下の部屋に通されました。そこには背広姿の刑事が二人おり、両親とひそひそと立ち話をした後、私と話をしたのです。私は本当の刑事かどうかを確かめるため警察手帳を見せてもらいました。「とにかく私は監禁されています」と、警官に訴えましたが、「親が一緒にいて何が監禁だ! あんたが家を空けた数年分、今度は家にいろ!」と逆に刑事に怒鳴られたのです。警察は事情がすべて分かった上でこのような態度を取っていると分かると、私は唖然としました。

結局、再び監禁場所に戻されることになり本当にショックでした。ですが、両親のその時の対応は反対牧師からの教育を受けているため、冷静沈着で何事もなかったかのように次の日からも監禁生活が続いていきました。「黙って勉強しろ」とか、決して感情的に声を張り上げたり手を出したりすることがないようにと、徹底した教育をされていました。

それから約1か月、牧師と両親と私との勉強会が続きました。

他の誰ともコンタクトが取れない閉鎖された空間で毎日毎日、教会の批判を聞かされ、私は精神的に混沌としはじめ、教会に戻っても信仰を続けていけないという状況にまで陥りました。ある日「私は統一教会を脱会します」と牧師と両親の前で意思表示しました。「なぜそう思うのか。話の内容のどこでそう思ったのか」と尋ねられましたが詳細は話しませんでした。高山牧師は、「偽装脱会をする人もいますから」と半信半疑で「村上先生に会ってもらう」と京都から村上密牧師が呼ばれました。村上牧師は、私が本当に統一教会が間違いであることを理解して脱会しようとしているのかを見極めるために、二度訪ねて来ました。?もう大丈夫だろう?と監禁場所から解放される許可が出たので、私は福山教会に脱会の意志を書いた手紙を郵送し、それから荷物を福山教会に取りに行きたいと希望しましたが、「統一教会は本当に恐ろしいところで、いったん辞めると何をされるかわからないから、二度と行かない方がいいし誰とも会わないように」と説得されました。後日東京から和賀真也牧師も会いに来ました。

私が監禁された当時から、拉致監禁によりすでに離教した姉妹たちが監禁場所へ訪ねて来ていました。それは、私が脱会してからは私の脱会意志が本物であり統一教会への未練がないかどうかを探る目的もあって毎晩のようにやって来たのです。本当に統一教会に未練がないのかどうかという心の動きは、牧師ではなく離教したメンバーが一番良く分かるからです。統一教会は飲酒はしませんが、?脱会したからもう禁酒しなくてもいいのよ?という親しみの情なのか、私の脱会の意思を確かめるためなのかは分かりませんが、敢えて缶チューハイを持って来られたこともありました。

私はその後、聖書を学び直してみようという思いから、そのワンルームマンションに少しの期間だけ一人で滞在させてほしいと、両親に願い出ました。また、高山牧師の教会に通い聖書を勉強し、主日礼拝にも何度か足を運びました。しかし、統一教会で学んだ以上に私の心を動かすものはありませんでした。主日礼拝には「これから何を信じてどのように生きていけば良いのか分からない」と生きる指針を失い、とりあえずの身の置き所として来ているような離教した数名の人達も通っていました。

高山牧師の教会の看板には「統一教会、エホバなどの異端問題の相談を受け付けています」と書いてありました。礼拝後は別室に通されました。そこには統一教会から離れたメンバー数人の他に、統一教会に子供が通っていることが分かりどうしたらよいか、と相談に来ている親御さんたちが数名いました。その時、「統一教会との関係を断つ環境で、時間をかけて説得するしか子供さんは統一教会から離れることはないですよ」という話になり、親御さんの一人が「それにはどうしたらよいのでしょうか」と深刻に尋ねると、「それは私の口からは言えないので」と高山牧師は具体的な監禁の話には決して口を挟まず、元メンバー達に誘導させていました。そこからは具体的にどうしたら良いという話に進んでいき「統一教会は反社会的団体なので、絶対に子供さんを活動に加担させてはいけない」と父兄は吹き込まれ、徐々に、監禁までしなければ子供を取り戻せないという話しになっていきました。

ある時、高山牧師から「統一教会に今まで献金したり、物品を購入したりしたことがあれば弁護士を紹介するから、統一教会に経済的ダメージを与えて早くつぶすためにも全額を返済してもらったらいい」とも言われました。

私は約1か月の間、精神的に整理をしながら両親に気づかれないように統一教会へ戻る準備をしていました。この期間にも離教した姉妹の手記や和賀真也牧師の教会批判の本など沢山持って来られ、全て目を通しました。しかし、私の中にある統一教会への信仰の核心的な部分は何をもってしても覆されませんでした。そして両親に置き手紙を書いて統一教会へ戻りました。祈祷室には私の似顔絵が描かれた色紙が立て掛けられていて、兄弟姉妹達が私のために毎日どれほど祈ってくれていたかを実感しました。

それでもそれから1年間は、再び捕まるのではないかという恐怖心に苛まれ、精神的に地獄のような日々が続きました。

道を歩いていても、前方に測道沿いに停車している車があると、その車から人がバッと降りきて連れて行かれるのではないか、また道のどこからか人が出てきて車に乗せられるのではないかなど、いつも恐怖心が付きまとい、外に出るときはサングラスをかけて歩いていました。あの堪え難い環境に再び置かれるかもしれない、という恐怖と監禁によって受けた心の傷がなかなか拭えませんでした。

愛情が動機となり批判的な情報のみ聞かされ、監禁までせざるを得なかった両親に対しては恨む気持ちはありません。今は結婚して子供二人にも恵まれている私たちに、普通の家族同様に接してくれる両親には感謝しています。しかしながら、信仰を真っ向から否定し、人権を無視した拉致監禁という行動自体は絶対にあってはならないことだと思っています。



この手記を読むと、村上ら反カルト脱会活動を率いていた牧師たちは、表向きには拉致・監禁に直接、関わっていないように見せかけながらも、脱会者の信者らを通じて、巧みに信者の親たちに、拉致・監禁以外に方法はないのだと思い込ませる説得教育を行い、子供を棄教に至らせるまでに、どのように働きかけ、振る舞うべきかを徹底教育していた様子が分かる。

まず、拉致・監禁という形で身柄を拘束された信者は、当然ながら、取り乱し、感情的になり、尋常でない反応を示す。だが、親たちはそのような反応に対して、決して振り回されることがないよう、不気味なほど冷静沈着に対応するよう徹底教育が施されていた様子が記されている。

たとえば・・・
 
・拉致・監禁された信者が、密室に閉じ込められて、すぐさま「ここから出してよ! こんなところにいる場合ではない!」と大声をあげたが、両親は全く動じることなく、「これからここで一緒に勉強しよう」と、奇妙なほどに落ち着いた表情で言ったこと。

・信者は両親のあまりにも落ち着いた態度を不気味さを感じたが、後で、監禁後に信者がどういう反応を示すか、それに親はどう反応しなければならないか、事前に牧師たちや元信者から親に徹底教育が施されていたと分かったこと。

・そのノウハウとして、牧師たちは「
両親はとにかく子供がどのような行動を取ろうと絶対に怒ってはいけないし、冷静な態度で振る舞い、一緒に勉強して行くという姿勢を見せるように」
と親たちに指示していたこと。

これはまさに村上が記事に書いている「感情的な問いかけを避ける」というテクニックだ。

だが、その真の目的は、感情的な対立を避けることにはなかった。むしろ、村上ら牧師たちが、自分たちこそ人権侵害に当たる暴力を行使していながら、その事実が世間に知れることがないよう、かえって被害を受けている信者たちを悪者・精神異常者に仕立て上げるための巧妙な心理作戦だったのである。
 
このノウハウは、監禁の最中だけでなく、信者が脱走して、世間や警察に助けを求めた時にも発揮された。

・病院へ連れて行かれた信者は、ようやく外界と接触できたので、何とかして自分が監禁されていることを告げて人々に助けを求めようと、治療中も医者や周囲の人々に「私は監禁されています。助けて下さい!」と叫び、訴えたが、かえって「周囲から精神異常者のように見られ、誰も取り合ってくれませんでした。」と述べる。

つまり、人権侵害を受けている信者が取り乱せば取り乱すほど逆効果になって、彼らが精神異常者のように見られるよう、計算づくで、牧師や親たちが極めて冷静沈着に振る舞っていたのである。

そして、脱走事件があった後でも、親たちは全く何事もなかったかのように動揺を見せず、信者を叱りつけることもなく、監禁生活を続けたのである。

「冷静沈着で何事もなかったかのように次の日からも監禁生活が続いていきました。「黙って勉強しろ」とか、決して感情的に声を張り上げたり手を出したりすることがないようにと、徹底した教育をされていました。」

以上の手記では、信者に統一教会の信仰を棄教させることにほぼ成功したと思われる最後の段階になって村上密が登場した様子が分かる。

村上は、一連の人権侵害が行われている最中には現場に姿を見せず、信者が「転向」して、もはや牧師らを訴える側に回ることはないと信じられる最後の段階になって、まるですべてが自分の手柄であることを確認するためであるかのように、「救出カウンセラー」として姿を現したのである。

村上は別の記事で、自分は今まで告訴されたこともなければ、訴えられたこともない、と書いていた。だが、それは裏を返せば、いかに自分が人権侵害の矢面に立って訴えられることがないよう、慎重な配慮を払って来たかを意味する。

そこで、現に筆者が一審で村上を訴えた際にも、村上の確たる不法行為の証拠が、筆者の手元にあったわけではない(だからこそ、一審判決は村上に有利な結果となっている)。

だが、一審は少なくとも、村上の代理人か、もしくは手足のようになって動く人間を、村上から剥ぎ取るためには効果を発揮したと言えよう。

杉本徳久が口を封じられたことにより、その後、村上密が筆者に直接の批判を始め、人格権侵害や、名誉毀損に相当する記事を書き始め、ようやく村上自身が権利侵害を行った証拠が手に入ったのである。

こうした状況下で、村上が「感情的な問いかけを避ける 」という記事を発表していることには意味がある。

村上が筆者の記事を「感情論」であると決めつけていることから分かるのは、村上が、カルト信者に対してアプローチして来たのと同じ方法を使って、筆者にアプローチしていることである。

村上は筆者に対して様々な人権侵害に及び、筆者がそれに憤りを表明すると、筆者の怒りや混乱を、傲然と上から見下ろすように、不気味なほどの冷静沈着な態度を取る。

このように振る舞うことで、彼は人権侵害を行う自分自身があたかも「正常」であって、それに憤る信者(筆者)が「精神異常」であるかのように、読者に印象付けようとしているのである。むろん、現在、唐沢治や坂井能大のしていることも、同様である。

(また、筆者が「監視されているように感じる」と表明すると、彼らがこれを常に躍起になって否定しようとする反応にも注意が必要である。)

* * *

9.聖書の神に逆らい、御言葉に逆らうカルト被害者救済活動からのエクソダス


筆者は第一審の書面の準備をするに当たり、村上密の人物像やその活動の真相に迫るため、複数のカルト被害者に接触してインタビューを試みた。

筆者は2008年に村上の教会を離れ、以後、直接、彼を見たことがなく、村上の教会で起きている出来事も、詳しく知らなかったためである。
 
こうして接触した中には、実名は明かせないが、情報だけは提供して構わないという信者もいた。村上密に対しては、ここ10年ほどの間に、カルト被害者の中でも、相当な不信感が広がり、村上が自分に不都合な事実が表ざたにならないために、いかに信徒に箝口令を敷いており、批判者がバッシング対象とされているか、語ってくれた信者もいた。

要するに、誰か信徒が村上にとって不都合な事実を口にする度に、村上が「名誉毀損だ!」と語気を荒げるので、面倒な事態に巻き込まれることを恐れて、信者は誰も彼を批判しなくなり、それゆえ、村上に不都合な事実が表ざたにならないだけで、水面下では、相当に多くの批判があり、困った事態が進行していることを教えてくれたのである。

この証言は、当ブログの記述を巡って、村上がどのような反応を示したかを見ても、嘘ではないと理解できよう。

たとえば、2009年に、甲師の物語を発表した際、筆者はこの物語が、村上をモデルにしたものだとは、どこにも書かなかった。にも関わらず、村上はこれを筆者が村上を揶揄・嘲笑する目的で「創作」したものであるかのようにみなし、早速、ブログ記事で筆者を非難して来た。

だが、実際には、甲師とは、創作上の人物であるから、村上一人だけをモデルとして作られたわけではない。筆者は、この人物に、少なくとも二人以上の実際に出会った牧師から得られたイメージを投影している。

甲師の中には、庶民的で親しみやすく、信者の相談に乗るために全国各地を飛び回るフットワークの軽い反カルト運動の活動家としての牧師の像と、学者然と知識を積み上げ、上から尊大に構えて高圧的に信徒を指導し、教団内での立身出世を虎視眈々と狙う牧師の像と、2種類の人物像が混在している。

また、山小屋教会といった呼び名や、若い独身の牧師、寺の住職、般若心経、ユビキタス・ネットワークなどは、当時、筆者が暮らしていた環境からヒントを得て作り出されたイメージである。

筆者は当時、敬虔なキリスト教の信仰を持ち続け、神を追い求め、キリスト教徒である兄弟姉妹との交わりを熱心に探し求めていたが、同時に、東洋思想の書籍が山と積まれている書斎の只中で暮らし、この思想とは何なのかという疑問を持ち、禅の関係の書物などにも目を通していた。インターネットの歴史も浅かったので、これがどう発展して行くかについても、未知数の部分があった。

そこで、おそらく、現在、この物語をもう一度、作り直すとすれば、このようなプロットにはしないであろうと思う。まず、東洋思想とキリスト教を併存させることができるかのような結論は決して提示しない。この二つの思想は、合体不可能であることが分かっているためだ。次に、甲師を生かし、若者を殉教させるなどといった結末にもしなかったものと思う。

さらに、当時、筆者が甲師、乙教会、丙教会などと、呼び名に十干を用いたのは、裁判における書証の番号の付け方をもじったのであるが、ご存じの通り、甲号証は、原告が使用し、被告の書証は大抵、乙号証となるから、甲師を霊的文脈において被告としておくためには、甲師と呼ばず、乙師にしておくべきとしたかも知れない。

そんな風に、この物語は、創作としても、世界観としても、当時の筆者の限界、未熟さを多分に反映しているとはいえ、この作品は、もともと創作が目的ではなく、反カルト運動の中に込められた反聖書性、異端性、非人間性、人権侵害、そして、何よりもこの運動が、神を信じるすべての信者に対する抑圧を目指す、神に対する冒涜的で、反逆的な運動であるという本質を明らかにすることを目的としていたので、その目的は、少なくとも、この作品の発表と同時に果たされたと言えよう。

そういうわけで、この作品は、村上の人物像を描写するために作られたものではなく、反カルト運動の非聖書的な本質を明らかにするためにこそ、作られたものなのである。村上密という人物は、反カルト運動を率いる最も成功した著名な指導者として知られているだけのことであって、実際に、村上以外の幾人もの牧師たちが、この運動に携わった。

さて、このように、カルト被害者たちは筆者の裁判のために情報提供してくれたが、不思議なことに、判決言い渡しの直前、掲示板で当ブログに対するひどい権利侵害が繰り返されるようになった頃から、100%、当ブログ執筆者の裁判から距離を置いたのであった。

ついに判決言い渡しがなされると、応援したいと言ってくれていた信者からさえ、連絡は途絶えた。

筆者は当初、それは筆者が半分しか勝訴しなかったことの悪影響であると考えていた。信者らはそれほど村上を恐れ、きっと報復があるだろうと考えて沈黙せざるを得ない状況に陥ったのだろうと。掲示板で起きている集団リンチに巻き込まれることをよほど恐怖したのかも知れないと。

だとすれば、なおさらのこと、二審では勝利をおさめなければならない、そして、この恐怖から彼らを解放するきっかけを作らなければならない、と筆者は考えた。

ところが、実態はそんなことではなかったらしい様子が、次第に分かり始めたのである。むしろ、カルト被害者は、筆者が部分的であっても、勝利をおさめたからこそ、この裁判を応援する態度を捨てたのではないか、ということがうすうす分かって来た。

それが分かったとき、筆者はカルト被害者たちに対して持っていた甘い期待を捨てて、筆者はカルト被害者救済活動そのものを、真に憎むべきものとして、これを永遠に離れ去らねばならないという決意を新たにせざるを得なかった

次の記事では、筆者が2009年にこの運動から離れ去ることを目的に、杉本徳久に送ったメールを提示するが、筆者はこうしたメールを杉本に送って、被害者運動とは訣別したいという意思表示を行う前から、筆者とカルト被害者との間には、決して超えることのできない溝があることを知っていた。

その溝が初めて確認されたのは、2008年に筆者が村上の教会を訪れた際のことである。

この時、筆者は他教会で起きたトラブルについて相談するために、数ヶ月間、村上の教会を訪れていた。しかし、村上は当時から、訴訟(と効果のないカウンセリング)以外には、何ら問題解決の手段を提示せず、筆者の相談は訴訟になじまず、事件化できないという結論が出たので、筆者は何の解決も得られないまま、村上の教会を去るしかなかった。

その頃、村上の周囲では複数のカルト被害者の裁判が進行中であった。中には、マスコミに注目された大がかりな裁判もあれば、誰にも注目されず、弁護士事務所で最後の順番を待つだけであった小さな事件もある。

筆者は村上の教会にいる間に、実際に裁判を起こした被害者信者らから直接、話を聞いたが、そうして事情を聞いているときにも、自分の相談事が、事件にするための最初の入り口の門さえ通過しなかったことに、深い悲しみを覚えざるを得なかった。

マスコミに取り上げられ、集団で記者会見などしている被害者の裁判が、まるで脱カルト運動の最大の成功事例のように語られていただけに、余計に、彼らと筆者との間には、目に見えない壁があるように感じずにいられなかったのである。

むろん、現在ならば、筆者は自分の問題に、違った形で解決手段を見つけることができるであろう。本人訴訟を起こすことも可能であろうし、その他にも、別な解決手段を見つけられるかも知れない。

だが、その当時、筆者には自ら訴訟を起こせるだけの知識も力もなく、何より、すべての問題をただ神の御許に持って行き、主のみに解決を仰ぐという信仰の姿勢が出来上がっていなかった。そこで、専門家や弁護士を頼り、数々の助言を得ようと、識者や信者のもとを訪ね、方法論を模索しようとしていたが、そもそも神以外のものを頼ろうとするその当時の筆者の態度では、仮に訴訟を起こしたところで、いかなる勝利もおさめられないで終わったろうことは明白である。

そういうわけで、筆者は2008年にほとんど絶望感と言っても良い失望を覚えつつ、村上の教会を離れ、それからしばらくの間、カルト被害者救済活動とは何なのか、神はなぜ筆者が訴訟を起こすことをお許しにならなかったのか、そこにどんな深い意味が込められているのか、理由を思いめぐらした。

長い間、筆者は教会の問題を司法の場に持ち出し、訴訟によって解決するという手段自体が、望ましくないものであればこそ、神は筆者を裁判から遠ざけられたのだと考えていた。

だが、今考えてみると、おそらく、問題の本質はそのようなところにあるのではなかったものと思う。要するに、神が筆者について、問題とされていたのは、筆者が誰の被害を訴えるために、訴訟を提起しようとしているのか、という点であったと見られる。

すなわち、クリスチャンは誰のために生きているのか、という問題がそこに横たわっていたのである。私たちは、自己の被害を訴え、自分の権利を回復し、自分が慰めを得ることを目的として生きているのか、それとも、神の被害を訴え、教会の権利を回復し、主の御名に栄光を帰することを目的として生きているのか。

この問題について、態度がはっきりしないうちに、訴訟を世に提起することには、重大な危険が伴い、神はまずその問題を熟考するよう筆者に促されたのである。

その結果として、それから何年も経って、当時は全く思いがけなかったことに、筆者はその頃、トラブル相談をしていた関係者ではなく、何と反カルト運動を率いていた村上密本人に対して、訴訟を起こすことになった。

そこで、当時から10年ほども経って、幾人かのカルト被害者に連絡を取って見たところ、すでに述べた通り、村上に大いなる疑問を持っている人たちは、かなりの数、増えていることが分かった。

そこで、筆者が事情を話すと、情報提供を試みてくれた人たちがいたのだが、筆者が一審で杉本に勝訴したとき、その関係がぴたりとやんでしまった。

筆者が部分的にでも勝訴したことを、共に喜んでくれたカルト被害者は一人としておらず、協力的だった人までが、完全に態度を翻したのである。

かつては彼らの起こした訴訟が、筆者と彼らとの間を隔てたが、今度は筆者の訴訟が、彼らと筆者とを永久に分断する壁となったのであった。

ちなみに、なぜこのようなことが起きたのかを考える際、カルト被害者の中で、訴訟に勝って賠償金を受け取った者たちは、ごく一部でしかない、ということを考慮する必要があるだろう。

多くの相談事が、当時の筆者と同じように、事件にもならない、取るに足りないものとして、闇に葬られるか、もしくは、運よく訴訟に出来ても、勝訴にも至らず、何の見返りもないまま、むなしく終わって行ったのである。

村上が勧めていた裁判という手段を通して、自己の訴えをきちんと世に認めてもらい、さらに多額の賠償金を勝ち取った例など、村上のもとに相談を持ち込んだ被害者全体の、ほんのごく一部でしかない。マスコミの注目を浴びて集団記者会見などした事例は、村上の活動を派手に宣伝するのに役立ちはしたが、相談全体の1割にもならないことであろう。

それ以外の事件では、被害者は結局、勝利と言えるものを何一つ手にできないまま、時間と労力を無駄に費やし、判決においても敗北を噛みしめ、あるいは、判決にも至らない中途半端な和解に応じたために、訴えた宗教指導者に解決金も支払わないまま逃亡されたりして、やるせなさを噛みしめながら、それでも「裁判の結果と霊的現実は違う」などという言葉で、何とか自分をごまかし、悔しさを心に抱えて生き続けて来たのである。

そのようなわけで、カルト被害者の一部は、筆者を助けてくれようとはしたものの、それはあくまで同情に基づく行為であって、おそらくは、筆者が部分的であっても勝利するなど、誰も考えていなかったのではないかと見られる。

ただ、ヴィオロンさんは、自分たちと同じようにあまりに可哀想で、追い詰められているように見えるから、見捨てておくに忍びず、手を差し伸べずにいられなかった・・・というだけのことで、まさかその可哀想な人であるはずのヴィオロンが、本当に奴隷の縄目を断ち切って、自由になるなど思ってもみなかった、というのが本音ではないだろうか。

筆者は彼らの目から見て助けの手を差し伸べてあげたい「可哀想な人」に見えたのかも知れないが、第一審を最後まで戦い抜いて、たとえ完全でなくとも筆者が勝利をおさめた時に、筆者はもはや彼らの目に「可哀想な人」ではなくなり、それと同時に、彼らと筆者との間には、永久に取り払うことのできない壁が出来たのである。

この時、初めてカルト被害者たちの本心が、はっきりと露呈したのだとも言えよう。筆者が自分の事件は訴訟にならないと、遠くから被害者たちの姿を眺めていたときには分からなかった彼らの本心が、はっきりと確かめられたように思う。

その壁は極めて強固なものであった。中には、少しでも成果が出たことを喜ばないどころか、手のひらを返したように、冷たい言葉で筆者を責め始めた者さえいた。「ヴィオロンさん、あなたは学歴もあって、知識もあるから、私たちとは違う」というわけだ。そして、筆者が訴訟を起こした行為を責め、さらに、筆者に判決を自主的に放棄するようにまで求めた。

筆者は驚いて「あなたは判決を支持しないんですか?」と問い尋ねると、判決と事実は違う、裁判所の決定は、現実とは異なる、という返答が返って来た。

「でも、あなたたちも訴訟を起こしたんじゃありませんか? どうして私の裁判だけ否定するんです?」と尋ねても、敗訴に終わった自分たちの訴訟に誤りはなかったが、部分的勝訴に終わった筆者の訴訟は間違っている、という、筋の通らない言い分以外には、返って来る返答もない。

そして、ついに最後は声を荒げて、自分たちは何があっても、筆者に負けた人間を永遠に支持する、という発言があったので、筆者はこのような考えは、もはや彼ら自身がカルト牧師の悪行として告発しているマインドコントロール同然ではないかと感じた。

むろん、彼らは別に村上や杉本から何らの支援を受けたわけでもない。ただ一時、彼らの活動を通して心の慰めを受けたというだけだ。しかも、村上や杉本のおかげで、訴訟を有利に戦って、勝利をおさめたわけでもない。それなのに、ただ一時、心の慰めを受けたというだけのことで、これからも彼らを永遠に支持すると宣言し、筆者の手にした判決を全面否定するとは、一体、どこからそんな考えが生まれて来るのだろう?

やんわりそのおかしさを指摘すると、「あなたからのカウンセリングなど受けるつもりはない、放っておいてくれ」と言いたげな冷淡な言葉が返って来た。

やれやれ、という印象であった。一審判決が言い渡される前に接触したときとは、天と地ほどの変わりようである。以前には、間違っても、被害者の中には、そのような態度を取る者はなかった。しかも、彼らは相当に村上に対しても、懐疑的な態度を表明していたのである。なのに、判決が下されると、こんなにまで変わるとは・・・。

筆者は、このような反応を見つつも、カルト被害者という人々は、要するに「可哀想」に見える人間に対しては、いたく同情するものの、「可哀想」に見えない人間には、非常に残酷で、容赦なく、他人の勝利や解放を、決して心から共に喜ぶことができない人たちなのだ、と考えざるを得なかった。

筆者が見ていた彼らの優しさ、同情、善良さは、筆者が彼らと同じように「可哀想な人」であるうちにしか、決して提供を受けられることのないものだったのである。
 
そこで、筆者は、このような人たちに、裁判の成果を少しでも分かち合ってもらおうと考えたこと自体が、根本的な誤りだったのだと、ようやく気づいた。

彼らと筆者とが裁判を起こす目的は、根本的に異なっている。そうである以上、成果だけを共に分かち合うことなど、できるはずもないのだ。

この10年間の月日が、彼らと筆者との歩みを隔ててしまった。彼らは反カルト運動に接近し、いち早く裁判を起こし、カルト化している教会が、どんなに人を傷つける恐ろしい場所になっているかを世に訴えて、世に助けを求めようとした。

だが、筆者は、信仰によって、ただ生まれながらの人間の利益が傷つけられたというだけでは、それは神の目には何らの「被害」ともならず、私たちは、御名によって呼ばれる民である以上、まず神の権益をこそ、最重要の利益と考え、自分の被害ではなく、神の被害をこそ訴えるべきという考えに立ち、自分自身のための裁判をあきらめ、この訴訟を、教会を告発するためにではなく、むしろ、教会を告発する人々を告発して、教会を彼らの恐怖による支配から奪還するために、提起したのである。

 「わたしたちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです。なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。

 わたしはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。」(Ⅱコリント5:13-15)

もちろん、司法の争いは、信仰に関する事柄を争点とするものではないから、筆者が今述べていることは、訴訟の隠れたプロットでしかない。訴訟として取り上げられるためには、権利侵害という名目がなければならない。だが、筆者に対する人権侵害は、神の教会の権益が侵害されていることを訴えるための口実でしかない。筆者にとって、この訴訟は、筆者個人の権利の回復のための戦いではないのだ。

だが、カルト被害者にとっての訴訟とは、そういうものではない。彼らにとって大事なのは、自分自身が教会によって傷つけられた「可哀想な人」の立場にあることを公に認めてもらい、被害の認定を得て、何よりも、教会のカルト化という問題を、生きている限り、世に訴え続けることにある。

筆者はこの点こそ、反カルト運動の最も悪質な本質を表すものだと考えている。彼らは断じて、受けた被害から脱出するために、裁判を起こしているのではない。生きている限り、自分の受けた被害を永遠のものとして世に訴え、それによって教会を告発するために、裁判を起こしているのである。

だから、彼らは勝とうが負けようが、ほとんど変わりない結論にたどり着く。勝てば「自分たちの主張する被害が認定されて、教会による加害行為が認められた」と言って、その後も、いついつまでも受けた被害を記念する会合を持ち続け、勝訴によって与えられるはずの自由と解放を退け、神の約束して下さった完全を退ける。負ければ、「裁判と現実は違う」などの言葉で自分をごまかし、受けた判決から目を背けつつ、自分たちの被害に寄り添ってくれた人々を神格化する。

勝とうが負けようが、彼らはただ自分の心の慰めのために裁判を起こしているのであって、しかも、教会を告発してまで、自分を永久に被害者の立場に置き続けることが、彼らの目的なのである。要するに、生まれながらの人間の被害を口実に、神の教会を罪に定めるために活動している、それがカルト被害者なのだ、ということが分かって来たのである。

だからこそ、彼らは自分たちに同情してくれる支援者を、生きている限り、手放すことができない。彼らは、裁判に勝つことが目的なのではなく、神によって力強く解放されることが目的でもなく、いついつまでも教会で受けた被害から立ち上がれない可哀想な人として、同情し、憐れんでもらい、寄り添ってもらい、慰めてもらうことを目的に生きているのだ。

だから、彼らは誰かが自分たちと同じような苦しみや束縛の中でもがいている間は、気前よく手を差し伸べてくれるが、いざその人間が、その束縛から本気で抜け出し、自由になろうとし始めるとき、激しい拒否反応を示す。

それは、カルト被害者運動そのものが、人をいついつまでも永久に被害の中に閉じ込め、神が信仰によって用意しておられる自由と完全に至り着かせず、人を苦しみから永遠に解放しない運動であるためである。

本当は、教会こそ(見かけはどうあれ、その本来的な霊的な本質においては)、神が信仰によってこの世の罪と穢れから贖い出され、サタンの支配下から解放し、キリストの似姿になるまでに自由にし、完全にして下さった人々の集まりであるはずなのに、この人々は、半永久的に教会から受けた被害を訴え続けることによって、教会における自由を否定し、福音を否定し、神の贖いそのものに敵対している・・・。

彼らは自分たちを被害者意識の監獄から自由できるキリストを崇めず、彼らを永遠に被害者という檻の中に閉じ込める人々を誉め讃え、死ぬまで囚人の名札を首からぶら下げて生きることに自ら同意している。そして、不自由な監獄の中で、屈辱的な配給を回して来るだけの人間に過ぎない刑吏や、看守を、何か神々しい存在であるかのように崇め奉っている。

だから、筆者のような誰かが、自由の判決を手にして、彼らのいる監獄を出て行こうとすると、裏切り者だ、あなたの行動はこの囚人村に分裂をもたらし、他の囚人たちを辱め、悲しみをもたらした・・などと言って、筆者を非難し、筆者がいついつまでも彼らと同じように「可哀想な人」であり続けるために、何か月間もの苦労を払って勝ち取った判決を自主的に放棄するよう呼びかけるのである。

何と恐ろしい運動であろうか。こんな運動に接触している限り、誰も永遠に自由にはなれないのは当然だ。それが分かった時、筆者はかつて2009年に決意したときと同様、この腐敗した運動からは、永遠に手を切るしかない、と思った。

ちなみに、第一審では、信者の中に、客観的な証拠を揃えて、実名で証言する勇気を示した者は一人もなかったため、筆者は彼らから有益な情報を得ることはできたとは思うが、訴訟において有利になるような具体的な支援を受けたわけでもなければ、借りがあるわけでもないと思っている。

そして、神はユニークな方であり、こうした出来事があった代わりに、また別な人々を送って下さった。気づくと、切り払われた枝のあった場所には、新しい枝が丁寧に接ぎ木され、新しい芽が顔を出している。

まるで船の反対側に網を降ろしなさい、と言われたような気分である。

繰り返すが、筆者は間違っても、「可哀想な人」として同情を受け、憐れみの手を差し伸べられるために、民事で戦っているわけではない。主にあって、勝利と自由と解放を勝ち取り、被害者性を塵芥のように払い落として、キリストにある完全で新しい人のステータスを名実ともに勝ち取るために、前進しているだけである。

従って、筆者は、カルト被害者が起こした訴訟とは、自分が根本的に異なる目的へ向かっていると考えざるを得ないし、それだからこそ、今までもそうだが、これからも決して、彼らと筆者の道が真に重なることは、きっとあるまいと思うのだ・・・。

そのことがいみじくも一審判決によって明らかになったのであり、また、それだからこそ、筆者の告発は、教会へは向かわず、むしろ、反カルト運動の陣営へと向けられたのである。
 
「この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。神は、その保証として”霊”を与えてくださったのです。」(Ⅱコリント5:4-5)
   
  だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました。」(Ⅱコリント5:17-18)
 
* * *

<続く>



7.不透明な資金の流れと、人権侵害がつきものの村上密の反カルト脱会運動
 
さて、昔から、権力者は自分たちにとって不都合な言動を行う人間に「狂人」のレッテルを貼り、その言論を「狂言」や「ヒステリー」と決めつけてはその主張を退けて来た。
 
その方法は時代を超えて変わらない。そこで、昨今の牧師たちや、その信奉者たちが、不都合な信者を弾圧する方法も、これとそっくりになるのは当然である。

たとえば、当ブログに関して言えば、筆者が一審で勝訴した杉本徳久や、杉本と文通して筆者の個人情報を杉本に提供していたKFCの唐沢治が、これまで筆者の言に何とかして「精神異常」のレッテルを貼ろうと腐心して来たことにも、それは見て取れるし、むろん、筆者がかねてより反聖書的な運動を率いていると指摘して非難している村上密や、唐沢治と組んで杉本に筆者の個人情報を提供した坂井能大が、筆者の主張に「感情論」のレッテルを貼っては、己の責任から逃げようとしていることにも共通している。

この人々は、とにかく理詰めの勝負が苦手で、細かい議論を緻密に積み重ねる代わりに、浅はかなレッテル貼りによる印象操作に逃げ、早々に議論をおしまいにする傾向がある。

だが、読者には、このような印象操作に惑わされることなく、じっくりと物事を賛否両論から議論してみることをお勧めしたい。

たとえば、村上密の最新記事「捜す」を読んで、あなたは何を感じるだろうか?

この記事では、統一教会に入信して家族を捨てた青年を、村上がアメリカまで捜索に行き、居場所をつきとめて、家族との連絡を復興するのに役立った、という手柄話が披露されている。

この記事を読んで、複数の疑問が生まれなかった人は、よほどマインドコントロールを受けやすい人間だと言えよう。

第一に、この体験談には、事件が発生した年月日が記されていない。村上はこれを最新記事として書いているので、軽率な読者は、ここに書かれていることは、最近、起きたことだと勘違いするかも知れない。

だが、筆者は、この手柄話は、村上がさんざん擦り切れるまで繰り返してきた昔話でしかないことを知っている。それでも、年月日を書かずに最新の記事に掲載すれば、あたかも最近、こういう目覚ましい働きがあったかのように、読者は受け止めるかも知れない。

そういう誤解が生まれることを予め分かった上で、あえて年月日を記さずに記事にすることも、読者への印象操作の一つなのである。

第二に、この記事を読んで、あなたは村上がカルトに入信した青年をアメリカまで捜索に行くための資金を誰が出したのか、という疑問を持たれたであろうか?

この点に注意が向けば、あなたは勘の良い人間だと言えよう。「ふーん、それは良かったですね・・・」で終わりになってしまう人は、文章を注意深く読解する力のない、マインドコントロールに対抗する力がほとんど養われていない人である。

こうして、村上が行っているカルトからの脱会運動にまつわる不透明な資金の流れの話に筆者が水を向けると、早速、村上は「推論」だ、「臆測」だ、「創作」だ、と噛みついて来る。

これは村上が10年来用いている古典的手法で、村上は自らのブログ記事「村上密を「創作」3」でも、村上の運動を巡る不透明な資金の流れについて指摘した筆者を、あたかも「自分のブログに感情的に思いのたけを書きまくっている」だけで、根拠のない話を膨らませているだけであるかのような印象操作をしている。

村上が以前から、自分に不都合な事実を指摘される度に、批判者を人格攻撃することを繰り返して来たことは周知の事実である。

だが、筆者は根拠のない話を膨らませているのではない。教会というところを幼い頃から見て知っているので、比較的規模の大きい教会であっても、教会で捧げられる献金だけでは、海外まで人を探しに行く財源を得ることなど無理であることが分かっている。

だとすれば、教会員でもなく、ただカルトに入信したために、居場所が分からなくなった青年を探すためには、教会とは別に、誰かが特別な資金を村上に提供しなければならない。そして、そのようなことをしうる動機や手段を備えているのは、やはり、カルトに入信した信者の家族しかない、という結論がすぐに出て来る。

このように、村上密らの行っているカルトからの脱会運動には、昔から不透明な資金の流れがつきもので、そこには、教会の会計処理には決して上がってくることのない、莫大な資金がつぎ込まれて来た。この問題は、キリスト教以外の宗教では、はるか昔から指摘され続けて来たのであって、そのことを未だ知らないのは、キリスト教界のごく一部のお人好しだけである。

いわば、お人好しのクリスチャンだけが、こうした問題があることに気づかず、「カルト宗教から信者が取り戻されたなら、良かったことではないか」などと、うわべだけの成功談にまんまと欺かれ、当ブログの指摘を取り合う価値もない「創作」と決めつけ、嘲笑い、耳を塞いで来たのである。

さらに、このカルト脱会運動には、人権侵害という問題が、切っても切れない関係として結びついていることも、昔からよく知られた事実である。

ところが、キリスト教界の中では、このことはほとんど議論されることもない。

村上密らの率いる反カルト運動は、昔から、カルト宗教からの「拉致・監禁」による信者の強制脱会という形で、手柄を打ち立てて来た。

筆者はこの問題について、2008年に甲師の物語としてまとめたところ、村上密は早速、この物語にも噛みついて来て、これが自分を揶揄・嘲笑するために作られた「創作」だと、筆者を非難し始めた。

だが、問題は、甲師の物語が創作であるということではない。そんなことは最初から分かり切っている。

要するに、村上にとって致命的なまでに不都合だったのは、筆者がこの物語の中で、村上が決して指摘されたくなかった、村上の率いるカルトからの信者脱会運動にまつわる様々な問題――すなわち「拉致・監禁」という人権侵害や、信者の家族からの不透明な資金提供や、脱カルト運動そのものの異端性・反聖書性――を赤裸々に描き出したことである。

カルト宗教からの信者脱会を、手柄として誇って来た村上にとって、自分の運動が、不透明な資金提供と終わりなき人権侵害を前提として成り立つものだということは、決してキリスト教界の内部では、知られたくない秘密だったのである。

だが、村上がいかに筆者の論を「創作」と決めつけようと、村上ら牧師の行って来た脱会運動が、人権侵害の伴う強制的な脱会活動であり、そこで刑事事件に値するほどの犯罪が行われていた実態は、キリスト教以外の宗教においては、ずっと昔から周知の事実であり、大いなる非難の対象となって来た。むろん、信者を奪われた宗教の側から、いくつもの訴訟さえも起こされたのである。

たとえば、次のの記事は、信者を奪われた統一教会の側から、村上らの活動の暴力性・犯罪性に対して向けられた非難である。

ただ統一教会側からの非難だから、という理由で、目を背けないようにされたい。この記事を読めば、カルトに入信したというだけの理由で、村上らが統一教会の信者らに対してどれほど過酷な扱いを容認していたかが分かる。長いが全文引用しておきたい。
 

「洗脳」「マインドコントロール」の虚構を暴く

第五章 国内の「マインド・コントロール」の犯罪

国内の強制的改宗活動家たち

日本国憲法においても、第二〇条において信教の自由と政教分離が謳われているわけですから、この二つの助言書は日本においても有効なものであると考えられます。しかし日本においてはこうした米国の良識ある学者たちの見解は理解されていないばかりか、信教の自由や人権問題に対する意識があまり高くないために、拉致・監禁による強制改宗事件がいまだに跡を絶ちません。

 山崎浩子さんの拉致・監禁、脱会事件以降、統一教会に反対する活動家による統一教会信者への「拉致・監禁事件」は年間三百件以上起こっているにもかかわらず、それらは全くといっていいほど事件として扱われてきませんでした。

これらの「拉致・監禁事件」は、相手の自由意思を踏みにじったうえ、しかも身体的な自由を奪っての説得であり、絶対に許されるものではありません。しかし反対活動家は拘束の事実を認めたうえで、本来刑事および民事事件として扱われるべき事件の本質を、親子問題にすり替えることによって拉致・監禁を正当化してきました。

 現在の主要な強制改宗活動家としては、
<筆者注:文中記載の村上以外の牧師の氏名を省略する> 

村上密牧師(日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団、七条キリスト教会)
<略> などが挙げられます。

これらの日本の活動家たちは、強制的改宗活動をいわば職業的に行っており、信者の父兄に働きかけて拉致・監禁の作戦と方法を細かく指導し、それによって多額の金銭を父兄から受け取っています。

彼らは両親や親族などを使って信者を暴力的に拉致しますが、そのとき彼らは絶対に直接手を出しません。反対牧師たちは「拉致・監禁」に対して、決まって異口同音に「自分たちは拉致・監禁を命じた覚えはない。あれは父兄たちが勝手にやっているのだ」と強弁しています。これは自らの手は汚さない、極めて「卑劣なやり方」であるといえますが、明らかに刑法第二二〇条「逮捕・監禁罪」の「教唆犯」(同六一条)に当たるものです。


拉致・監禁による強制的暴力改宗活動の実態

「反対牧師」が親や親族を操作して行っている拉致・監禁は、CANの活動と同様に非常に強制的・暴力的なものであり、明らかに犯罪性が認められることは多くの証言によって明らかになっています。

 一九九一年四月七日に、職業的な「脱会屋」である宮村峻氏らによって拉致・監禁され、八カ月にわたって拘束されながらも、奇跡的に脱出した鳥海豊さんの著書『監禁250日証言「脱会屋」の全て』(光言社)には、強制的な拉致の様子がはっきりと書かれています。

 「どうしてもダメか」
「どうしてもダメですよ。……」
「どうしても駄目なら、力ずくでも連れていく」
「……帰らせていただきます」

と言って出ようとした。そうしたら、

「そうはいかない」
と、突然そこにいた男性が、ダーと十人ぐらい来て、押さえつけてきた。こちらも暴れるけれども組み伏せられてしまう。折り重なってきて、体の自由がきかない。(『「脱会屋」の全て』16-17頁)

みんなあっちこっちから手をかけて、私は羽交い締めにされ、ワゴン車に押し込められた。(同書18-19頁)

さらに『週刊文春』(一九九三年四月二十九日号)に掲載された山崎浩子さんの手記にも、彼女が強制的に連れさられたことが書かれています。

 「『しまった、やられた』私のこわばった頬を、とめどなくあふれ出る涙が伝う」「みんなの視線が、私に突き刺さっている。逃げることはできない。いや、逃げてはいけないと思った」「姉達が拉致・監禁をするなんて――」

「私を真ん中にはさむようにして、姉と叔母がシートに身を沈める」「車はどこにむかって走っているのか、全然分からない。これからどうなるのか、それもまた、全く見当がつかなかった」

 元統一教会員で、現在は反対活動を行っている田口民也氏の『統一協会からの救出』(いのちのことば社)には、彼の指示によって両親から拉致・監禁されたN君の手記が載っていますが、そこには到底逃げ出せないような環境に無理やり連れて行かれた様子が描写されています。

そのうちに、あるアパートまで連れて行かれた。それが、逃げられないように頑丈にしてあるのを見て初めて、私はここまで来た意味がわかった。………こうして数か月間のアパート生活が始まったのである。

この本にはN君を拉致した父親の手記も載っていますが、そこには息子を拉致するためにロープやガムテープなどを用意したという生々しい記述があります。

親戚に初めて息子の状態を伝え、協力を願う。十名の協力を得ることができた。連絡があってから、一週間が過ぎる。移動用ジャンボタクシー、身につけるロープ、ガムテープなどそろえる。

これらは父兄が主体的に思いついてやるのではなく、明らかに牧師が事細かに指示してやらせているのです。

田口氏は著書の中ではっきりと、

「まず、体を集団ナルチシズム(集団生活および彼らの監視)から隔離する必要がある」

救出は、その組織から、体を引き離すことはもちろんであるが、体だけを統一協会からだしても、それで安心してはいけない。体だけではなく、心や霊までも解放しなければ本当の救出にはならない

と書いており、信者の改宗にはまず物理的な隔離が必要だとの主張をしています。そしてこの本には「第三章:救出のためのテキスト」と称して、牧師が親に出している具体的な指示が述べられており、これは改宗のためのプログラムが牧師によって作られたマニュアルに従って行われていることを示唆しています。

信者は監禁された状態のまま、反対牧師による長期間の棄教の強要と説得を脱会するまで受け続けます。長い場合は数カ月に及ぶこともあります。そしてまず現状では本人が拉致・監禁された場合の救出、あるいはそこからの脱出は不可能な状態なのです。

鳥海豊氏も、

「お前はもうここから出られない。ここから出るためには、落ちるしかない」(『「脱会屋」の全て』21~22頁)

と宮村氏に言われています。もし脱会の意思を表明すれば、直ちに半ば強制的に「統一教会脱会宣言書」なるものを書かされます。もし書かない場合は、書くまで何十日でも監禁状態を続けるのです。本来「脱会届」なるものは本人の自由意思によって書くものでありますが、反対牧師はそれをいわば改宗の「踏み絵」として利用しているのです。


刑事上の犯罪性と多額の金銭受け取り

そしてテッド・パトリック氏やスティーヴン・ハッサン氏が依頼者から多額の金銭を受け取っていたのと同様に、日本の「活動家」も信者の父兄から実費以上の多額の金銭を受け取っています。山崎浩子さんの脱会工作にかかわった杉本誠牧師は、著書『統一協会信者を救え』(緑風出版)において、横溝牧師、森哲牧師(日本基督教団小牧教会)、平良夏芽牧師(日本基督教団桑名教会)らが一回信者と面会するたびに、おのおの十万円ずつ受け取っていた事実を認めたうえで、

「私の経験からいけばそれぐらいのお金は当然掛かると思いますね。………私もやはりそれぐらいの形のものは親御さんから車代ということで頂いていますよ」

と言っています。

このように拉致・監禁による強制改宗の流れと手順を見てくるとき、そこには牧師が関与しており、教唆による拉致・監禁、身体拘束という刑事上の犯罪性が認められるということが分かります。しかし彼らは「カルト教団にマインド・コントロールされた子供を親が救出している」という理由を振りかざして事件の本質をすり替えることにより、自らの行為を正当化してきたのです。

事実、一九八八年に統一教会員の吉村正氏が監禁された事件で、教会側は裁判所に人身保護請求を出し、これが当然下りるものと信じて関係者一人が行っただけでしたが、共産党系の弁護士が百九十八人も名を連ねて反対し、この事件をうやむやにしてしまうということが起こりました。

彼らは人身保護請求が出ている裁判所に圧力をかけ、法を曲げ、事実を曲げて統一教会の主張を退けるようにし、このため本来一週間以内に下ろされなければならない人身保護令が大幅に遅れました。このようにして時間を延長させ、強制説得による棄教のための時間を稼ぐことにより、もしその間に被害者(統一教会員)が棄教し、脱会すれば、反対グループの行為が正当化できるからでした。そしてそうすれば親をはじめ元教会員を被害者に仕立て、法廷で証言させることにより、統一教会のイメージダウンを図り、世論を味方につけることができると考えたためなのです。


日本における世界にもまれな人権侵害の実態

このように日本の「反対牧師」による統一教会信者の強制改宗は、世界的にもまれに見る宗教迫害であり、深刻な人権侵害であるといわざるを得ません。

本書は、日本に真の民主主義と信教の自由が確立されることを願い、このような拉致・監禁事件が一日も早く根絶されることを願って出版されました。そのためにはこのような強制改宗の犯罪性を正当化するための理論である「マインド・コントロール理論」の欺瞞性が明らかにされなければなりません。

本書の後編においては、この問題に関する最も権威ある専門家の見解として、米国心理学会と米国キリスト教協議会がそれぞれ提出した「法廷助言書」の翻訳を資料として全文掲載しました。これを機会に、一日も早く日本においてマインド・コントロール理論の非科学性が厳密に論議される日が来ることを願ってやみません。


 
ちなみに、ここで明記されている「拉致・監禁」による強制的な脱会活動は、当時、反カルト運動の常套手段であって、ありふれた事例であったことを、筆者自身も、同年代の信者から、聞かされて知っている。

筆者自身、統一教会から村上らの運動を通じて強制的に脱会させられてアパートの密室に監禁されて村上から説得工作を受け、キリスト教に改宗させられたという同年代の信者の体験談を直接、聞いたことがある。

ただし、こうした強引な手法が疑問視されるようになってからは、村上らの反カルト運動は訴訟のリスクや刑事責任を問われるリスクを回避するために、多少、手法を変えたので、今日、ここまで強引な脱会活動はほとんど行われなくなっているものと思う。

だが、それでも、今日、掲示板において、村上密の擁護者が当ブログに対して繰り広げている異様なまでのバッシング(誹謗中傷・権利侵害)を見る限り、村上の運動に当初から流れていた暴力性は、今もしっかりと彼の活動の理念として受け継がれているように感じられる。

村上密は現在、杉本徳久による当ブログ執筆者に対する名誉毀損などの人権侵害や、掲示板で起きている暴力的な権利侵害には無関係を装っているが、以上の記事を読むと、それが事実であるとは到底、ますます思えなくなるだけである。

何しろ、この記事では、村上ら複数の牧師たちが、統一教会からの信者の脱会運動において、拉致・監禁という暴力行為によって、娘息子を取り戻すことを、信者の家族に具体的に指示する側に立っていたにも関わらず、彼らは、そういう犯罪行為に自ら手を下した形跡が残らないように、直接的には信者の親族にそうした行為を行わせ、暴力を陰から煽って来た様子が、記されているのためある。

いかにこの人々が悪しき運動に手を染め、これを率先して率いながらも、自分たちは直接的な責任を問われることのないよう、聖人君子然と「いいとこどり」の立場に終始して来たかがよく分かる記述だ。

さらに、以上の記事では、この脱会活動を巡って、信者の家族から牧師たちに多額の金銭が渡っていた事実も指摘されている。

また、以下に挙げる記事でも、以上の記事と同じく、信者の脱会活動には、実際に莫大な資金提供がなされ、闇から闇へと消えて行く不透明な資金の流れがあったことが指摘されている。

これはいわば弁護士に払われる「着手金」や「成功報酬」のようなものと考えれば分かりやすい。実際、アメリカまで捜索に行くような事例は、そう多くはないと見られるものの、捜索をしたり、拉致・監禁による説得工作を実行するためには、かなりの費用が必要になる。10万円ではとてもきかないだろう。

それでも、どうしても娘・息子を帰して欲しいとひたすら願い続ける親族は、藁にもすがる思いで、村上ら牧師に、こうした金銭を「謝礼」や「献金」といった名目で捧げ、毎回の脱会カウンセリングの度に多額の金銭を支払って来た事実があることが指摘されている。
 
以下のブログの記事では、統一教会の信者が裁判に提出した陳述書を引用して、村上が信者に対して行っていた強制脱会活動の暴力性が指摘されているため、長くなるが、該当部分を引用させていただきたい。
 

ブログ「火の粉を払え」記事から一部抜粋(記事末尾の脚注は省略する)

2)監禁の状況

 アパートのトイレの窓を含め部屋の中の手の届く高さの窓には全て特別な鍵がつけられて開きませんでした。
 玄関のドアは部屋の中から鍵をかけてチェーンロックをした上、そのチェーンを短くするために二個の錠前を取り付け、チェーンがはずせない長さに調整してありました。

 黒鳥栄牧師は1992年12月30日にやってきて、「私はただのカウンセラーで牧師ではないしあなたの味方です」などと話かけてきました。監禁状態は一目瞭然なのに、とがめる様子もなかったので、全てが綿密な計画の下に行われていたのだと思います。(注1)

 この部屋の窓につけられた特別な鍵は、私の両親が取り付けたのか、名義人になっている脱会者の母親・■■■■子さんが取り付けたのかどちらだか断定できませんが、ドアチェーンの鍵は、一番最後に父親が黒鳥牧師に返していました。(注2

(3)脱会の強要の状況

 7か月間に渡って監禁されているときに、黒鳥牧師の他に、尾毛佳靖子(かやこ)牧師、滋賀県の日本基督教団水口教会・清水与志雄牧師、茨城県の日本基督教団水戸中央教会・横溝洋三牧師、京都府の日本アツセンブリーオブゴッド教団七条キリスト教会・村上密牧師が来て脱会を強要されました。(注3)

 母は、清水牧師が来るたびに封筒を渡していましたが、封筒の裏に10万円と書いてあるのが見えました。(注4)

 私は、「何だ、奉仕でやっているなどと言いながら」と思いました。ドアの外で黒鳥が母に、「いいんですよ、お母さんそんな」という声も聞きました。脱会者の■■さんが来たときには、封筒を渡していました。1回4、5万円入れているところを見たことがあります。

 2月28日、借り主でない者たちが住んでいることが見つかり監禁場所を移りました。(注5)
 そこはワンルームだったので、牧師や脱会者が来る度に母が黄色い封筒を渡しているのが見えました。母の手帳の五月終わり頃の欄に「300万おじから借りた」と書いてありました。

 牧師たちは、父兄を前に、脱会させた別の父兄に「自分はいくらぐらい払った」という証言をさせます。このことは脱会者の人から聞きました。

 黒鳥牧師は連日と言っていいほど部屋に来て、3時間程話をして帰りました。
 清水牧師は2月中旬に3日間、2月末に1日間、合計40時間ほど、
 尾毛佳靖子牧師は、1週間で計20数時間、説得しました。
 村上密牧師は、黒鳥牧師と統一教会員の拉致監禁についての情報を交換し合っていました。村上牧師は1日8時間ほど脱会を説得しましたが、その時は両親も兄も一緒に聞いていたので、私を説得すると共に、両親や兄に対し徹底して統一教会を悪者に仕立て、監禁を正当化しました。

 4月に入ってから黒鳥牧師は横溝牧師を連れて来ました。
 黒鳥牧師が席を立って私と横溝牧師だけにしようとするので、「一緒に帰って下さい」と泣きながら訴えると渋々2人は帰っていきました。

 統一教会に反対するキリスト教の牧師は「拉致監禁はやらない。自分たちは親に頼まれて手助けをしているだけだ」と弁明しますが、その実態は統一教会の信仰をやめさせるために拉致監禁を正当化し、親たちを悪意に満ちた情報で教育し、背後で細部に亘って指示を出しているのです。

 事実、黒鳥牧師も私が脱会する気配が見えないので、「あなたの場合は、本当に親の教育が足りないのよね」とよく言っていました。「原理(統一教会)の事を通して家族のいろいろな問題をいじれるからやりがいがある」とも言っていました。(注6)

 1993年3月に父親はとうとう会社をくびになってしまいました。
 その時も黒鳥牧師は「娘さんのことより、仕事のほうがそれほど大事なんですか」と言って父親を叱り飛ばしました。

 黒鳥牧師は「もう家に帰る」と言う父親を許しませんでした。そして、「娘さんのために全部を捨ててしまわなければ、娘さんを救えない」と言って父親を極限状態まで追いつめました。
 父親は精神的に疲れ切って自殺しようとしました。
 これほどまでに苦しんでいる父親の姿を見せれば、私が統一教会から脱会するだろうと思って、黒鳥牧師はわざと両親を苦しめるのです。
(注7)

 1993年5月の中旬に横溝牧師が来たときには、私の母親に向かって、「親の苦しむ姿を見れば子供は統一教会から脱会をせざるを得なくなるんだ」と語気を荒げました。
 私はとても残酷とも言える牧師たちのやり方や、考え方に言葉を失ってしまいました。

 1993年6月7日になって、このままでは監禁が何年かかるか分からないと思ったのか、両親は私に暴力をふるって説得にかかってきました。

「いい加減に目をさませ」と大声で叫びながら母親が私の右頬を殴りつけました。
 父親が続けて左頬を殴りました。
 最後には2人で続け様に5,6回殴りつけて来ました。この時、殴られた際に右耳の鼓膜か破れてしまいました。

 2日後の6月9日は、母親が私の足を押さえ、父親が両腕をつかんで20回くらい殴りつけてきました。このときはとうとう右耳の鼓膜が完全に破れたようで血が流れ出してしまいました。(注8)

 私は親子の間に深い心の溝が出来てしまうと思い、一時的に統一教会から脱会するしかないと判断しました。しかし、私は「統一教会は脱会するけれども結婚はやめない」と話しました。

 6月7日に殴られて破れた鼓膜を診察するため病院まで外出を許されたのは、1週間後の6月13日でした。

 私は黒鳥牧師の手によって脱会した人達とは違って、弁護士を紹介して貰うことも拒否しました。私は1993年6月24日に統一教会の「脱会届」を太田教会に提出して、山梨の実家に帰りました。

 黒鳥牧師の教会に通うことになった統一教会脱会者が山口広弁護士らを代理人に立てて、脱会する前に所属していた関係部署に対して返金請求をしていることをだいぶ後になってから知りました。(注9)

 (4)渡韓

 私は1993年6月24日に監禁場所から山梨に両親と一緒に帰りましたが、親子関係をなんとか元の状態に戻そうと、家の炊事や洗濯等をして両親に尽くしました。
 母親は山梨の家に帰ってからも黒鳥牧師に電話をかけて状況を報告したり、指示を受けたりしていました。(注10)

 私は「このままでは、私の人生は台無しになる」と感じ、1993年8月の下旬に韓国に渡り、韓国から電話で「韓国の婚約者の所に来ている。心配しないで」と母親に電話を入れました。

第4・終わりに

 この7か月間は、両親にとっても私にとっても考えられない苦しみの日々でした。

 しかし、拉致監禁に耐えて、統一教会の信仰を捨てる事がなかったので、今では家庭を持ち、子供にも恵まれて幸せに暮らしております。(注11)

 私に対して統一教会からの脱会を強要した黒鳥牧師の他、4人の牧師と両親、また私を脱会させるために、戸塚教会からわざわざ山梨県まで出向き、拉致監禁を教唆し実行に手を貸した人に対し今でも許せない気持ちが残っています。
 なお、私が監禁されたときの部屋の見取り図を添付しておきます。

以上相違ありません。
                 1995年3月13日  
  

 
これを読者はどう思われるだろうか? ここには、はっきりと、村上密が統一教会の信者を強制的に脱会させるために、拉致・監禁の手法を用いることを容認し、実際に拉致・監禁していた信者の情報を、他の牧師らと共有していたこと、また、監禁された信者の説得工作に当たったこと、その工作の度に、信者の家族から、牧師らに多額の金銭が手渡されていた事実などが指摘されている。

しかも、この脱会活動は、信者の家族関係をボロボロにしたことも記されている。信者の親は仕事もままならなくなり、自殺寸前になるまで追い詰められ、家族は憎み合うがごとくに暴力を振るうようになり、家族関係は心のトラウマのために永久に失われる寸前まで行った。

そして、村上らがこのような暴力的手段を用いてまで脱会させようと説得した信者は、その痛手の分だけ、余計にキリスト教に不信感を抱き、結局、統一教会に戻って行ったのである。そして、統一教会に戻って結婚し、こんな恐ろしい脱会運動に帰依しなかったから、現在の幸福が手に入ったのだ、と語っている。

こんな脱会運動に一体、何の意味があろうか。いかに村上の活動が当初から悪質で暴力的な人権侵害を伴うものであり、カルトに入信した信者に対する徹底的な侮蔑に基づくものであったかをよく示す記述である。

現在、村上密の活動を批判する当ブログに対して、村上の支持者・擁護者らによって掲示板で行われている集団リンチは、身体的な拘束や危害を伴うものではないにせよ、以上の暴力的な脱会運動と精神的には非常に酷似しているように筆者は感じられる。

しかも、筆者はいかなるカルト団体にも入信したことのない、村上と同じ教団で幼少期を過ごしたキリスト教徒であるから、村上が筆者に対して説得工作を行う必要はない。

それにも関わらず、筆者が当ブログで村上の活動を批判したというだけで、村上がブログで筆者を非難し、著作者人格権を侵害した記事を発表し、果ては刑事告訴したなどという記事まで投稿し(すでに削除されている)、掲示板でも、筆者は村上の擁護者から、これほどひどい権利侵害に遭わされねばならないのであるから、いかにこの牧師の活動が、根本から歪んでおり、キリスト教徒に対しても、侮蔑的な、非聖書的なものであるかという事実がよく分かるだろう。

つまり、村上の活動は、もはやカルトに入信したことを理由に、信者を抑圧するものではなく、村上に盾突いたことを理由に、信者を抑圧するものとなっているのであり、彼らが権利侵害を繰り返す対象も、もはやカルトに入信した信者に限定されておらず、キリスト教徒を含めた、あらゆる宗教の信者にまで押し広げられているのである。

ちなみに、筆者は村上の活動がこのように暴走して行くであろうことを2009年からずっと予告して来た。

このような運動は、筆者から見て、まさにキリスト教の名折れでしかない。他宗教の信者らから、このような暴力的な活動に手を染める輩が、キリスト教徒の代表であるかのように見られることは、まさに我々キリスト教徒にとっても、恥としか言いようがない。

そして、今や村上の弾圧の対象は、我々キリスト教にまで――他でもなく筆者に――及んでいるわけであるから、これはもはや反カルト運動と呼ぶにすら値せず、キリスト教徒に対する真に悪質な迫害に転じているとしか言いようがない。

村上の正体を知らないまま、彼のマインドコントロールによって脱会させられた信者たちの中には、今も村上を神格化するがごとくに妄信している人たちの一群がいる。掲示板では、そのような信者らが、村上の手先のような役割を担って、今日も村上に不都合なキリスト者を集団でバッシングして葬り去る役目を果たしているのである。

もはやこうなると、「カルトと闘う」という大義名分もどこへやら、村上の活動は、あらゆる宗教に対するのべつまくなしの攻撃へ転じつつあると言って良い。そして、そうなったのも、この運動が初めから、キリスト教の皮を被っているだけの、聖書に立脚しない、御言葉に基づかない、悪魔的な運動だったからなのである。
 
* * *
 

 

   <続く>



「ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。」(ヤコブ4:7)

当ブログでは好んで引用する聖句だが、今週も大きな収穫があったので報告しておきたい。 
 
膠着状態にあった事件が急ピッチで進み始め、新たな組織態勢が組まれた。このブログを開設したばかりの頃のように、非常に清浄な空気が周りにあることを感じる。

この出来事については、事件の関係であまり詳しく書けないが、準備作業が着々と進んでいるので、遠からず、どんでん返しが起きるであろうと言っておきたい。

こうなるまで、かなりの時間と労力を要したが、あきらめずに主張しただけの甲斐はあった。このブログ記事の結論を述べると、悪魔から来た重荷は一刻も早く悪魔に返しなさい、という一言に尽きる。

たとえば、当ブログを中傷する記事を約10年近くもネットに掲載し、その記事の削除と引き換えに、当ブログ記事の削除を求めていたアッセンブリーズ・オブ ・ゴッド教団の村上密牧師が、少し前、裁判を通じて事実上の降伏宣言を出した。 

村上の準備書面には、「裁判では和解が勧められる。まだ勧められてはいないが、一刻も早い紛争解決を望むので、原告に対する2つの記事を削除することにする。」と記されている(準備書面2頁)。
 
村上は、裁判開始当初、当ブログ記事の削除を要求していたが、具体的なURLや権利侵害の事実を挙げることさえせず、それらを立証するよう求められた結果、自らの要求をさっさとあきらめ、和解を目指して自ら問題となる記事を取り下げると宣言したのである。

だが、まさかこれが真に「和解」を目指した主張であるとは誰も理解しないであろうし、そんな和解が評価に値することはなく、実にみっともないことである。

なぜみっともないのか? 自分が主張した事実をきちんと最後まで論証して闘う努力をはらわず、論証できないからと言って、「和解」という綺麗事を理由に、論争から逃げようとすること自体がみっともないのである。

筆者はてっきり、村上は、鳴尾教会に教団を使ってしかけた裁判の時と同じように、最高裁まで争うつもりだろうと考えていたので、記事の取り下げは意外かつ拍子抜けであった。しかも、かつてはかなり有名だった牧師が、弁護士も雇わず、人を馬鹿にした二枚程度の準備書面で、自分の主張をあっさり撤回したのである(準備書面は真実、2枚しかない)。教団を大いに利用できる時には、弁護士もつけるが、自分個人の争いでは、極力費用と労力を惜しみたいという思惑が透けて見える。信徒相手だから、ろくに答弁もしなくても良いと思っているのかも知れない。しかも、自分の書いた記事が虚偽であることさえ認めず、それにも関わらず、記事を取り下げるという自己矛盾ぶりである。

このことから、村上牧師の人間性を読者は十分に観察することができるであろう。当ブログでは、信仰に基づいて主張したことは、命をかけて証明せねばならないということを繰り返し書いて来た。殉教者たちは死に至るまで「キリストの復活の証人」だったのである。

ところが、村上牧師のような人々は、自分のブログでは大風呂敷を広げて、次々と「怪しい」とみなした牧師や信徒を非難断罪するものの、いざ裁判で、自らのブログ記事の証拠を求められると、あっさりと記事の撤回に応じる。何という情けない、無責任ではた迷惑かつ一貫性のない行動だろうかと思わずにいられない。
 
すぐに諦めるくらいなら、初めから正義感ぶって、他者をカルト扱いしたり、無責任呼ばわりするような嘘を記事に書いたりして、挑発行為に出なければよかったのである。 裁判においても、当ブログの記事の削除など、初めから要求しなければよかったのである。費用の計算もせずに家を建てかけて途中でやめれば、笑い者になるだけだという聖書のことば通り、できもしないことは初めから要求すべきではないのだ。そのことがこの人々にはどうしても分からないようだ。

アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団には、この手の人騒がせな信者らが、数えきれないほどに存在していることは、幾度も繰り返し述べて来た通りである。筆者はこれは「霊的な」現象であると考えており、彼らが「聖霊のバプテスマ」と称して受けた「霊」が、この人々にこのような無責任かつ奔放な行動をさせているのだと理解している。

彼らは根拠もない事柄を「神から示された」と主張して、多くの人を巻き込んで人騒がせな事件を起こすが、いざ自らの主張の具体的な根拠を求められ、公の場で論証するよう要求されると、何の証拠も提示できずに、そそくさと主張を撤回して逃げて行き、自分の引き起こした事件の後始末をすべて他人に押しつけるという体たらくである。

筆者は同教団の中にこのような性質の信徒がいることは幾度も確かめて来たが、牧師も例外ではない。そもそも公の場においてきちんと論証できないような主張を提示すること自体が間違っているが、彼らにはそれは言っても無駄なことである。

昔は「男に二言はない」などと言われたが、そもそも、人が一旦、信念に基づいて主張したことを、最後まで貫き通す覚悟もなく、途中で撤回すること自体が情けない。何より、そうして主張を簡単に翻すことが、その人間が信念に基づいて行動していないことの証拠である。そうした行動から、彼らのしていることは、正義や真実や信念に基づく行動ではなく、ただうわべだけ自分がヒーローを演じ、誰かを悪者にしては、他人に不快な思いをかけ、膨大な手間暇をかけて自分に抗議をさせて、人生を浪費させることだけが目的の迷惑行為でしかないと分かる。
 
だが、それでも、牧師にも関わらず、信徒と全面的に争い、最高裁まで我を押し通すよりは幾分かマシであろう。そんなことをすれば、全キリスト教界の笑い者でしかない。牧師が信徒と最高裁まで争う、そんな教会には、まず人は来ない。KFCのように、牧師が信徒を公然とブログで非難断罪・呪い・中傷するような教会も、人々は願い下げである。

村上の他に、最後まで全面的に筆者と争いたいという人間がいる(唐沢治もその一人である)が、そういうことをすれば、牧師としてのその人間の信用は粉微塵に砕け散るだけである。唐沢治は未だにニッポンキリスト教界を敵視し、日々、呪詛のような非難の言葉を浴びせ、さらに自分の集会を去った信徒を公然とブログ記事で断罪し続け、筆者に対しても全面的に争う姿勢を見せているが、そのような行為に及ぶ宗教指導者に将来はないであろう。

さらに、唐沢治が本年になって杉本徳久といまだに交わしていた一連のメールを、杉本が裁判に提出して来るというコントのような滑稽さである。互いに裏切り合って協力もできないのになぜメールなど交わし続けているのであろうか。いつまで経っても、和解を目指ささず、自分に盾突いた人間を半永久的に許さずに恨みに思い、公に根拠のない非難断罪を続けるという点で、二人は実によく似ていると感じられる。こんな牧師を擁護する弁護士がいることにも呆れる。しかも、弁護士を使ってまで、かつては「ヴィオロンさんのために」などとさかんに筆者の名前を勝手に引き合いに出しては、自分が大見栄を切って助言者や擁護者を演じようとした信徒と争う。その陰で、その信徒を苦しめた加害者と内通して文通を重ねる。そして、唐沢は自分は筆者と「牧師と信徒の関係ではなかった」と主張しているのだから、笑い話のごとく呆れた話である。

こうした行動から、読者は唐沢治という人物の不実な人間性をもよくよく理解できるはずである。こういう牧師のいる集会に通えば、どういう将来が待ち受けているか予想できないのは、よほどの愚か者だけである。この集会に通った信徒が、その後、どんなトラブルに巻き込まれても、こういう牧師は、「私はそもそもあなたの牧師などにはなっていませんから、私には何の責任もありません」と後から言ってくるのは間違いない。その上、牧師のブログで公開処刑のごとく糾弾され、その牧師は別な人物に信徒の実名を書き送り、晒させるであろう。このような牧師は、まさに狼がやって来れば、群れを放棄して逃げる、聖書に登場する悪い牧者のたとえの典型例と言える。

読者のみなさん、牧師ななどという職業を安易に信用することは決してお勧めできませんよ。自分を正義漢や、優しい助言者に見せかける人間の内実を強く疑い、彼らを試してみることをお勧めします。大抵は、その本質はこういう人々から成るものだからです。
 
村上牧師は、あるいは、これ以上この事件を深く掘り下げると、もっとヤバい問題が噴出してくると危惧して、争いを早期終結させようとしているのかも知れない。杉本には公に言って良いことと悪いことの区別がつかないらしく、関係者を裏切るような証拠を次々と裁判に提出している。村上に筆者に関する問い合わせを行ったことを自ら答弁書において証言しているのも杉本である。杉本のその証言がなければ、そもそも村上が裁判に呼ばれる事態とはなっていない。

従って、この先、杉本がどれほど自己正当化のために不用意な発言を重ねるかは注目されるところであり、また、村上のブログで被害を受けたのも、筆者のような無名信徒の一人や二人ではないため、本件が長引けば、そうした人々が公に被害者として名乗り出て来る可能性は実に高いと見られる。
 
鳴尾教会を含め、当ブログなどよりもはるかに深刻な被害を受けた人々や団体が存在する。今回の裁判でも協力を仰いでいるが、彼らには勇気を捨てないでもらいたい。最後まで主張することの重要性を決して見逃さないでもらいたい。神にあって潔白とされ、無実とされ、誰からも罪に定められない贖いを得たことのはかりしれない意味を今一度、公然と主張してもらいたい。そして、正義は人間でなく神にあることを証明してもらいたいと願っている。 

ところで、読者にはさらなる注意事項がある。

それは、村上密についての記事を書くと、早速、掲示板等で騒ぎ立て、話題を逸らそうとする「さわやか読者」らが現れることだ。村上密の場合、他の人々に比べて、話題がかく乱されるスピードが圧倒的に速いため、他の人々との影響力の違いを感じさせる。

こうしたコメント投稿者らは、当ブログだけではなく、村上に敵対する人間に対して、ことごとく「狂気」「馬鹿」「人騒がせ」などの粗野な言葉で悪人のレッテルを貼り、しきりに誹謗中傷を繰り広げることで、話題を逸らし、この牧師を擁護する部隊の役目を果たしているのである。
 
こうしたコメント投稿者らは、何者なのか素性の全く分からない人間たちである。 一体、これらの人々が、まさか京都七條基督教会の信徒であるために村上を擁護しているとは思えず、信仰については一言もないため、おそらくクリスチャンでもないと見られる。

しかし、彼らは明らかに村上牧師を擁護する目的で団結しており、この牧師についてのコメントを隅から隅まで監視し、批判的な言動があると、一斉に匿批判者を名掲示板で中傷するなどして、話題をそらす役目を担っている。

そこで、彼らが誰の支持やリクエストに従って、こうしたコメントの投稿を日夜行っているのか、読者はよくよく考えてみられたい。特に、村上密が統一教会の出身であった事実を重視されたい。

村上牧師がこれまで常に杉本徳久のように、自分の教団や教会とは一切、無関係な人間のブログ記事を、自分のブログで引用しながら、自分の主張の裏づけとして来たことを思い出されたい。

なぜこの牧師は、自分の主張を展開するに当たり、自分の教会の信徒でもなければ、教団関係者でもない人間の主張を援用するのであろうか? どうしてカルト監視機構は最初から、キリスト教とは関係のない人間が、キリスト教界を監視することを想定していたのか? この事実をよくよく考えてみられたい。

村上はこのように、初めからキリスト教界に、キリスト教界に属さない部外者の手でメスを入れることを提案していたのであり、その部外者の中には、天理教の関係者なども含まれていたのであるから、それならば、統一教会の関係者だけは、カルト監視機構のメンバーになってはいけないという理由もあるまい。

実に恐ろしいことであるが、このように、村上の提唱するカルト監視機構は、最初から信仰を持たない人々によって教会の内情を監視することを目的としていたのであり、その意味で、カルトを取り締まると言いながらも、まさにカルトと内通し、「カルトによって教会を監視する」という逆転現象が起きる危険を最初から内包した機関だったと言えるのである。
 
従って、こうした事実を通して、現在、掲示板で匿名で、村上に敵対するクリスチャンへの誹謗中傷をしきりに繰り広げているコメント投稿者の雇い主(指導者)が誰であるのか、所属団体は何であるのか、彼らがそもそもどこから来たのかという事実をよく考えてみられたい。
 
もしも村上の主張が正しければ、裁判で全面的に自分の正義を主張し続けて、敵対勢力を敗訴に追い込めば良いだけであり、表向きの「和解」という美辞麗句を名目にして、自らの要求の取り下げを行う必要など全くないのである。

それにも関わらず、裁判では自らの主張を提示できなかった牧師が、掲示板等ではヒーローとなり、その牧師に「たてついた」信徒らが、依然、「悪者」とされて、根も葉もない誹謗中傷が拡大されて騒ぎが繰り広げられる。

こうした現象が繰り返されているのであり、繰り返されているという事実自体が、それが偶然ではなく、計画的に行われていることをよく物語っている。組織されたコメントであり、運動だということである。
 
公平かつ中立的な読者は、こうした現象を通して、当ブログに対する敵対がどの方面から来ているのか、村上密牧師を批判した牧師や信徒らが、これまでどのような目に遭わされて来たかをよくよく観察して、事の本質を見極められたい。

そして、村上牧師を含め、カルト被害者救済活動を推進したり、あるいは、ニッポンキリスト教界をしきりに挑発・敵対して来た唐沢治のような牧師が、本当にクリスチャンと言えるのかどうか、彼らは一体、何者であるのかについても、よくよく考察されたい。
  
さらに、信仰もなく掲示板で騒ぎを拡大している連中こそ、真に「匿名に隠れて」無責任な挑発行為を繰り返している人々であるから、最も警察の捜査対象となるにふさわしいと当ブログはみなしている。実に2015年から、当ブログでは2chの書き込みも十分に刑事告訴の対象となりうることを警察から知らされていることは、すでに書いた通りである。そして、告訴状を提出できる場所も、警察だけではないことを読者は知っているだろうか。彼らに対する警告は十分である。

さらには、掲示板では、パソコンを通じて敵対する勢力を監視していることをほのめかす読者まで現れる始末であるが、カルト監視機構の設立を願っていた村上密のような人々が、自分たちに挑戦して来るカルト勢力が、自分たちのパソコンをハッキングしようとしたとまでブログで主張していることを思い出されたい。

だが、一体、カルト被害者救済活動に関わる人々は、どのような経緯で自分たちのパソコンがハッキングされた事実を知り得たのか?という疑問が生じるのは当然である。そのような事実を察知したというだけで、この人々が普通の暮らしを送っていないであろうことは容易に推測される。なぜなら、セミプロ的な知識を持って、常時、そのような危険が自分にあることを理解して見張って、犯人を特定できなければ、そのような事実が分かるはずもないからである。

その意味で、彼らは、自分たちも同じ手口を使って常時、敵対勢力を監視していればこそ、敵の手法が分かったのではないかと推測される。

このように、カルトも闇であるが、カルト被害者救済活動も、同じほど深い闇なのである。どちらの陣営も、まさに暗闇におけるスパイ合戦でしかない。これまで、カルト被害者救済活動を支持する人々が、どれほど非合法な手段を駆使しては、自分たちへの批判をしきりに闇に葬ろうとして来たか、それは彼らの用いた手法、また彼らの取り巻きや支持者となった人々の言葉から十分に伺える。

この人々はクリスチャンでは断じてない。そして、キリスト教界を破壊することを目論むこの勢力がどこから送り込まれて来たのかについては、読者はよくよく考察と注意が必要である。彼らの目的が、聖書に基づく正しい信仰の破壊にあるということを決して忘れないでもらいたい。

   
とはいえ、掲示板等に書き込まれている証拠のない文章は、何年も残るものではなく、すべて束の間に消えて行くものでしかない。すでに昔に書かれたものの多くが板ごと削除されている。

他方、白日の下に残るのは、公の場所に提出された文書と、そこで下された判決文である。そして、筆者は、カルト被害者救済活動は、ただ自分たちの批判者を誹謗中傷しているのではなく、神が御子キリストを通して私たち人間にお与え下さった贖いそのものに敵対しているのだと2009年以来主張している。

私たちが主張しているのは、神の贖いの完全性であって、自分自身の義ではない。また、読者に自分自身を見させることが目的でもない(我が身可愛さ、自己主張が目的であれば、どうしてこれほどまでの手間暇と大いなる犠牲を払ってまでわざわざ主張するだろうか。無駄なことである)。

当ブログではただ、私たちを贖われたキリストの十字架における犠牲の完全さを主張し、贖われた人間を再び罪に定めることのできる人間は誰もいないということを示しているのである。
 
従って、聖書に予告された通り、この贖いに敵対する人間は、ヴィオロン何某に敵対しているのではなく、神の贖いを否定しているわけであるから、自ら救いを退けているのであり、罪に定められるのは当然である。

以上のような出来事は、やはり不当な圧迫に毅然と立ち向かえばこそ、得られる収穫である。

多くの人々は、著名人や、自分より強い力を持った権力者に対して、波風を立てることは、無益であり、害をこうむるだけだと考えている。彼らの頭の中では、法を犯すことが悪なのではなく、「権力者に立ち向かうこと、世間に波風立てることが悪」なのである。

しかし、筆者の言い分は、これとは全く別である。不当な主張に対して、立ち向かわなければ、何一つ成果はない。立ち向かわないことは、不当な主張が真実であると認めることに等しい。その悪しき効果は、すでに幾度も述べた通りであり、最初はどんなにいわれのない中傷や非難の言葉であっても、それを退けずに認めるならば、その「呪い」が現実になって行くのである。

また、不当な主張に反論しないということは、自分の権利を知らないこと、それを自ら放棄することを意味する。自らの権利を侵害されても、それを権利侵害と主張しない人間が、正当な権利を手にすることは決してない。

だが、自分の権利を主張するためには、まず、自分がどういう者なのかを知らなければならない。 
 
私たちの立脚点はあくまで天のキリストである。キリストの完全性が、私たちの霊的現実であり、また最終ゴールなのである。そこで、私たちの諸権利は、地上の法的根拠によっても付与されていることは確かだが、何よりも、天におられるキリストから発するものなのである。

キリストが持っておられる義が、私たちの義なのであり、彼の持っておられる聖が、私たちの聖なのであり、彼の贖いが、私たちの贖いとなったのである。これが、私たちクリスチャンにとっての本当の「人権」が生じる発端である。

つまり、この世の法的根拠は、アダムに属する古き人の人権を規定しているが、私たちはキリストから生まれた「新しい人」として、アダムにはるかにまさる人権を持っていることを知るべきなのであり、私たちの人権意識はすべてここを発端として始まるのである。
 
この他、山と書かねばならない事実があるが、それはこれからの記事に回すことにしたい。そこでは、虚偽や、他人の悪意や、中傷だけでなく、金銭面でも、仕事の上でも、人間関係でも、私たちは全ての圧迫に立ち向かわねばならないことを示すつもりである。そのためには、攻めの姿勢が極めて肝心だということを書きたい。

ただその前に一言だけ、もう一度、言っておきたい、サタンは、人に不当な重荷を課す達人だが、その重荷はサタン自身にお返しできるのだと。その法則を学びさえすれば、不当な圧迫に立ち向かうことは難しいことではないと。

長年、当ブログにいわれなく敵対・挑戦して来た人々は、村上牧師のように、自己の名声のためだけでも良いから、早期に主張を撤回して和解しないなら、彼らの名誉はいずれ打ち破られて粉々になるだろう。特に、宗教指導者でありながら、信徒と徹底的に争うようなことをすれば、その指導者の名声は終わりである。

さらに、物事には順序があるが、匿名掲示板だから対象外ということは決してない。というよりも、実名により、もしくは、自分自身でブログやホームページを開設して、きちんと文責の所在を明らかにした上で、公に論争している人々に比べ、このように真に「匿名に隠れて」、一切、責任を取ろうとしない形で、騒ぎを拡大している人々の方が、より罪が重く、責任も重いのは当然である。彼らが誰であり、誰の指示に従って動いているのか、といった事実も、時と共にはっきりするであろう。

筆者は、横浜にやって来た目的はここにあると考えている。つまり、試金石としての役目を果たすことにある。世間に媚び、地的な思いに心を占領されている人々と仲良くすることが目的では初めからないのだ。そして、暗闇の中で、ひそひそ声でささやかれただけのような会話が、今、公にされている事実を見ても、神はやはり闇の中に隠れていた真実を明らかにされる方だと思わずにいられない。

私たちは信仰のともしびを内に持つ者として、闇を照らす光である。私たちクリスチャンが存在することによって、世はその暗闇の中に隠れていた事柄を明るみに出されるのである。カルト監視機構を闇を暴くのではない。神の教会とクリスチャンこそ、高い山の上から下界にある町々をことごとく照らし出す大きなともしびなのである。
 
そこで、筆者はすべての心あるクリスチャンに向かって言いたい、最後まで目を上げて、この戦いをしっかり見なさいと。そして、不当な重荷を勇敢に押し返しなさいと言いたい。勇敢に重荷を払いのけて、早くそれを負うべき人間に押し返しなさい!と。

かつて、日本軍は敗戦に敗戦を重ねている時でさえ、自分たちは「勝っている」と嘘を発表して来たが、悪魔のやり方は今日も同じである。敵は最後まで「負けてはいない」と見栄を張るであろう。そして、正しい人を罪に定め、殺そうとするであろう。しかし、当ブログを嘲笑している人々が、恥をこうむって終わることは、聖書によれば、初めから確定済みの事実である。なぜなら、神を避けどころとする人間が恥をこうむることは決してないからである。
 
おそらく、当ブログがカルト被害者救済活動に対して勝つか負けるか、虎視眈々と結果に注目している人々が、世間にはかなりの人数、存在しており、情勢次第では、早速、カルト被害者救済活動に恨みを晴らすために襲いかかろうとしている人々も、たくさんいるものと考えられる。なぜなら、この活動はあまりにも多くの人々に敵対して来たためである。すでに戦いの決着はつき始めている。

筆者はクリスチャンであるから、カルトを擁護しようとは全く思わない。しかし、筆者はキリスト教を絶対的なものとして、人々に押しつけるつもりは毛頭なく、これを信じない人々を排斥するつもりもない。

筆者が擁護しているのは、内心の自由であり、信教の自由である。

クリスチャンであっても、人々は間違うことがある。そして、神はアダムが誤って罪を犯してしまうことを想定した上で、それでも、アダムに自由意志を授けられた。神が人間を創造される時、自分に逆らわないように脅したり、強制力によって意志を奪うということはなさらなかったのである。

それは今日も同じであって、神は、私たちが自らの判断で、物事の真偽を確かめ、正しい道を選び取っていくことを願っておられる。人は一時的に誤った教えをそれと知らずに信じてしまうこともあるかも知れない。だが、だからと言って、これらの人々が、その誤った思想のゆえに、危険人物のごとく排斥・殲滅されるようなことはあってはならない。公正な論争は行われなければならないが、それはあくまで法的に許された範囲内で行われるべきである。誤った思想を持つ人間を排斥することが目的になれば、それは初めから間違った運動である。

(しかしながら、一つのパラドックスとして、当ブログの根絶を願った人々が、自らブログを根絶され、当ブログ主の社会的抹殺を願った人々が、自ら社会的に抹殺されるということは大いに起きうるであろう。それはただ彼らが他人を呪い、他人の不幸を願い、他人に対して宣告した呪詛の言葉が、自分自身に跳ね返っているだけのことである。)
  
人は病原菌に感染して免疫抵抗力を育み、耐性を身に着けて強くなる。その意味で、病原菌そのものは有害であっても、人はその危険性に触れてそれを理解・体得したことによって、結果的に耐性を身に着け、進歩することがある。異端や誤った教えもこれに似ている。それ自体は極めて有害なのだが、それが存在していることによって、初めて、人々は、これを見わけ、退け、抵抗していく術を学び、自分の弱点をも知って、これを防衛する方法を学び、より賢明になり、進歩するのである。

その意味で、カルトそのものは誤っており、あるべきでないとはいえ、人の人生は複雑であって、これに触れたことによって初めて学べる教訓が存在する。その意味で、人の内心の自由は、誤った思想を信じないことよりも、より高度な利益であり、優先されるべきものである。

それにも関わらず、カルトが危険だというだけの理由で、カルトとカルトに「感染」した人々を根こそぎ危険人物扱いし、断罪し、無理やり棄教させ、考えを改めさせ、徹底的に謝罪させて恥をかかせ、誤りを認めさせなければ気が済まないといった時代遅れな方法では、物事は何も解決できない。まして強制力を用いて彼らを思想改造(洗脳)し、脱会工作を行い、内心の自由を侵してキリスト教徒に仕立て上げるといった方法では、カルトの問題を解決することは決してできない。

神がサタンを最終的に滅ぼされるまではまだ時間が残されている。その時間は、私たちが触れてはならないものが何であるか自ら識別することを学習し、誤った思想に対する耐性を身に着けるための時間なのである。従って、誤った教えを根絶して完全な無菌室を作ることは、地上では不可能事であるだけでなく、それによっては、私たちの進歩はない。

しかしながら、同時に、話を戻せば、恐怖、不安、脅かし、嘘といった圧迫は、何よりも、それをもたらした悪魔自身にお返しし、悪魔にこそ、恐怖を増し加えることができるのである。

だから、不当な圧迫は、どこから来たのか、原因を特定した上で、悪魔にお返ししなさい。恥は悪魔に、栄光は神に返しなさい。私たちは、キリストと共に天の栄光に満ちた御国を相続する者なのだから、主に信頼する者が恥をこうむることがないというのは、真実である。だとすれば、当然、恥は、それを負うべきしかるべき存在が、キリスト者とは別に、存在しているはずである。





「わたしの愛の中にとどまりなさい。もし、あなたがたが私の戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。」(ヨハネ15:9-10)

「兄弟たちよ。あなたがたはイサクのように約束の子どもです。しかし、かつて肉によって生まれた者が、御霊によって生まれた者を迫害したように、今もそのとおりです。

しかし、聖書は何と言っていますか。「奴隷の女とその子どもを追い出せ。奴隷の女の子どもは決して自由の女の子どもとともに相続人になってはならない。」

こういうわけで、兄弟たちよ。 私たちは奴隷の女の子どもではなく、自由の女の子どもです。」
(ガラテヤ4:28-31)


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