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~政府主導の詐欺!? 減収世帯への現金30万円支給案が、救済を必要としていない人々のために流用されて消える?~

1.今年4月に安倍首相自らが打ち出した「減収世帯への現金30万円の給付」案

2.補正予算案が通される直前に、公明党の山口氏の「鶴の一声」で、支給対象がすり替えられ、減収世帯が見捨てられるという暴挙

3.火事場泥棒に、国家主導の詐欺!? 貧しい人々が見捨てられ、助けを必要としていない人に利益が分配され、予算の目的が、途中ですり替えられることの恐ろしさ

4.いきなり梯子を外された国民と総務省

5.火事場泥棒、国家的詐欺を許してはならない



長らく政府批判の記事を書いていなかった当ブログだが、さすがにこれはまずいだろうと憤慨し、我が国の亡国を思う出来事に遭遇したので、書いておきたい。
 
コロナ禍を巡って、あまりにもひどい政策の二転三転が続いているのだ。

今、貧しいマイノリティの国民が、貧しくもなければ、助けを必要ともしていない、マジョリティの利益のために、犠牲にされようとしている。国民への一律10万円給付という美しい名目の下、減収世帯への30万円給付が消し去られようとしているのだ。しかも、補正予算案の成立の直前になって、一人の政治家の執拗な要求により――。こんな前代未聞の暴挙を糾弾しないことがどうしてできようか。

政府による現金給付案の恐ろしい方向転換である。




1.今年4月に安倍首相自らが打ち出した「減収世帯への現金30万円の給付」案

安倍首相は今年4月3日にコロナウィルスのために、所得減となった世帯に対し、現金30万円を支給するとの発表を行った。誰が要求したわけでもなく、首相自らがこれを打ち出したのだ。

このニュースを聞いたとき、筆者はおや、と思った。安倍には珍しい大盤振る舞いだなと感じたからだ。当初から、世間では、国民一律に10万円を支給するべきなどの案が飛び交っていたが、30万円と大風呂敷が広げられたのは、コロナ禍が支持率低下につながることを恐れた政治的な受け狙いもあったに違いないが、それにしても、随分、強気に出たものだと感じた。

このニュースは各種の報道機関をその日中に駆け巡った。

JIJI.COM から引用しておこう。
 

現金給付、1世帯30万円 自己申告制―自治体に1兆円交付・新型コロナで経済対策

麻生財務相との面会後、記者団の質問に答える自民党の岸田文雄政調会長(左から2人目)=3日午後、財務省

麻生財務相との面会後、記者団の質問に答える自民党の岸田文雄政調会長(左から2人目)=3日午後、財務省

 政府・与党は3日、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急経済対策の柱となる現金給付について、所得の減少を条件に1世帯当たり30万円を支給することを決めた。対象者が市区町村の窓口などに申請する自己申告制とし、申請時に所得が減少したことを示す資料の提出を求める。支給金は非課税とする。また、全国の地方自治体に計1兆円を配る臨時交付金の創設も対策に盛り込む。

現金給付、具体性欠く 安倍首相に気兼ねか、金額・対象「政府一任」―自民提言


 政府は、7日にも緊急経済対策を決定する。対策全体の事業規模に関しては今週末にかけ調整が進められる見通しだ。
 自民党の岸田文雄政調会長は3日、安倍晋三首相、麻生太郎財務相と相次ぎ会談。岸田氏は首相との会談後、現金給付について記者団に「一定の水準まで所得が減少した世帯」が対象になると明らかにした。政府は今後、所得減少の程度や所得上限など対象世帯の線引きを含めた制度の詳細決定を急ぐ。

 自己申告制とする理由について、政府関係者は「一人ひとりの所得を把握するのは難しい」と説明。政府は特例を設け、支給金を非課税とする予定だ。リーマン・ショック後の2009年、「定額給付金」として国民に1人当たり1万2000円(若年者と高齢者は2万円)を配布した際にも同様の措置を講じた。

 現金給付をめぐっては当初、全国民に一律支給する案が浮上。政府・与党は所得減世帯に20万円を支給する方向で検討したが、国民生活への影響を懸念する安倍、岸田両氏の政治判断で最終的に金額を上積みすることで決着した。菅義偉官房長官は3日の記者会見で「生活に困難を来す恐れのある家庭を対象にし、生計維持に必要な給付水準を検討した」と述べた。

 岸田氏は麻生氏との会談で、自民党の提言を踏まえ、都道府県と市町村への臨時交付金の創設を要請した。岸田氏は会談後、「1兆円で調整するという答えを頂いた」と語った。両氏は交付金の使途について自治体の判断に委ね、限定しないことを確認した。


Bloombergでは、現金30万円給付は、臨時交付金1兆円を財源として支出するとある。
 

減収世帯に30万円給付を首相了承、臨時交付金1兆円で調整-岸田氏

占部絵美、野原良明、竹生悠子

2020年4月3日 16:18 JST  更新日時  2020年4月3日 18:24 JST

自民党の岸田文雄政調会長は3日、来週発表予定の新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急経済対策で、所得が減少した世帯への現金給付を1世帯30万円にすることを安倍晋三首相に提案し、了承を得たと明らかにした。安倍首相、麻生太郎副総理兼財務相と相次ぎ会談後、記者団に語った。

  岸田氏は現金給付について、「先ほど総理との間で1世帯30万円を強く申し入れ、最終的に総理からご了解いただいた」と語った。給付額は1世帯当たり平均2.27人を「念頭に置いた」とし、支給対象や支給総額については、「週末にかけて引き続き調整する」と説明した。 


  地方から強い要望が寄せられている臨時交付金を巡っては、麻生財務相との間で議論となったと説明。「対策を進めていく上で、地方にもしっかり協力してもらうことが大変重要」と、麻生氏に政治決断を強く求めた結果、1兆円で調整することで了解を得たという。交付金の使途については、リーマンショック時と同様、地方がそれぞれ判断できると述べた。

   全国知事会、全国市長会、全国町村会の3団体は、新型コロナウイルスへの対応を国と連携・協力すべく、自由度が高く、地方負担を軽減するため、柔軟な交付金制度を創設することを要望。特に全国知事会は、緊急経済対策のうち地方税減免など地方が負担する部分の財源について、交付金での全額補てんを求めていた。

 臨時の税制改正案承認

  一方、自民党税制調査会は3日に開いた総会で、緊急経済対策案に金融財政・税制政策として盛り込む臨時の税制改正案を承認した。甘利明会長が総会後、記者団に明らかにした。

   甘利会長は今後の経済対策の財源は増税で確保することはあり得ないと指摘、与野党から要望の上がっていた消費税減税については「軽々にいじるつもりはない」と述べた上で、経済対策の財源として「赤字国債発行し、財政再建の一時据え置きはやむを得ない」との見解を示した。

  また、会合では納税猶予拡大の案も出たとした上で、固定資産税を浸食するには大義が必要だとの消極的姿勢を示した。

 (第5段落以降に自民税調の税制改正案追加し、更新しました)


4月4日の中日新聞の記事では、政府は当初、世帯当たり20万円の支給を検討していたが、これを30万円に引き上げたとある。

当然ながら、この現金給付の対象とならない人々からは、この策には当初から根強い批判があった。一律給付にせよとの声も高かった。

だが、それでも、政府は、リーマンショック時を振り返り、困窮しておらず、支援を必要ともしていない国民にまで、一律に現金を配ることは、得策でなく、効果が薄いとの考えに立って、あくまで減収世帯への現金給付案を推し進めたのである。

支給対象となる枠組みも徐々に具体化され、申請方法や、いつ実現するのかも見通しが立った。
 

現金給付、減収世帯に現金30万円で政府合意 1000万世帯、5月にも

 写真安倍晋三首相と自民党の岸田文雄政調会長は三日、官邸で会談し、新型コロナウイルス感染拡大で収入が落ち込んだ世帯への現金給付について、支給額を一世帯三十万円とする方針で合意した。政府は一世帯二十万円とする方針だったが、思い切った支援が必要との首相判断で急きょ上積みが決まった。年収による所得制限は設けないが、減った後の月収が一定水準を上回る世帯は除外する方向で検討している。全五千八百万世帯のうち約一千万世帯が対象となる見通しだ。

 政府、与党は三日、コロナ対応で地方自治体がさまざまな用途に使える一兆円規模の臨時交付金を創設する方針も決めた。旅行代金の半額補助などに一兆円超を充てる観光支援策も固めた。

 これらの措置を七日にもまとめる経済対策に盛り込み、二〇二〇年度補正予算案を編成する。月内に成立させる方針で、現金給付は五月中の開始を目指す。

 菅義偉官房長官は三日午後の記者会見で、三十万円としたことを「生活に困難を来す恐れのある家庭を対象に、生計維持のための給付水準を検討した」と説明した。ただ一人暮らしと子だくさんの世帯が同額になることなどへの明確な説明はなく、今後議論を呼びそうだ。

 岸田氏は首相との会談後、記者団に対して「一定の水準まで所得が減少した世帯に、一世帯三十万円支給するべきであると申し上げた。総理と認識が一致した」と説明した。

 現金給付による収入は非課税とする。給付の条件とする減収幅など詰めの調整を急ぐ。給付を受けるには市区町村に申請する必要があり、所得が減ったことを示す書類の提示が条件となる。

 世界的な金融危機のリーマン・ショック後には、全国民に一人当たり一万二千円の「定額給付金」を配布した。一律給付は支援の必要がない裕福な人にもお金が配られ、多くが貯金に回るなど効果が限定的だったとの指摘があり、対象を絞ることとした。


なぜ世帯主の収入だけを基準とするのかという批判も存在したが、麻生太郎氏は、今月半ばにも、スピード感を持って給付に及ぶためには、この案が最適であるとの考えを示していた。

TBSニュース

─15日0時21分─0分58秒

麻生大臣、個別の現金給付は「スピード間に合わない」」


 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で収入が減った世帯への30万円の現金給付をめぐって、麻生財務大臣は世帯主以外の収入が減少した世帯にも給付できるよう給付対象を広げることについて、慎重な考えを示しました。

 政府は経済対策の柱となっている30万円の現金給付をめぐって、世帯主以外の収入が減少した世帯にも給付できるよう対象を広げる検討を進めていますが、これについて麻生財務大臣は次のように述べました。

  「スピードを大事にされるんだったら、世帯主をやらないと、奥さんの稼ぎの方が旦那の稼ぎより大きいという家もあるんじゃないの。個別にやり始めたらスピードは間に合いませんよ」(麻生太郎財務相)

  麻生大臣は、「自治体が個別に調べないといけないので、手間がかかる」として、給付対象の拡大には慎重な考えを示しました。そのうえで、「色々な要素を入れて制度を作り上げるには、ものすごく時間がかかる」と制度設計の難しさを強調しました。




2.補正予算案が通される直前になって、公明党の山口氏の「鶴の一声」で、支給対象がすり替えられ、減収世帯が見捨てられるという暴挙

ところが、まさに補正予算が通される直前の土壇場になって、公明党の山口なつお代表が安倍首相に強く働きかけて、国民一人当たり一律10万円を支給させる代わりに、減収世帯への30万円給付案を撤回させようと説得したというのだ。

4月15日の夜から4月16日にかけて、公明党の山口代表は、安倍首相に対し、繰り返し、減収世帯に対する現金30万円の給付をやめるよう強く反対の意向を示し、国民一律に10万円を給付するよう働きかけた。

TBSニュース「「現金10万円」支給 結論先送り、自公 異例の長時間協議

 新型コロナウイルス対策として国民1人当たりに「現金10万円」を支給する案をめぐり、自民・公明の幹部が異例の長時間協議を行いましたが、結論は先送りとなりました。

 自民・公明の幹事長らは感染拡大を受けた対策として、断続的に4時間にわたり、国民1人当たりに10万円を支給する案をめぐり協議しました。

 これに先立ち、公明党の山口代表は15日、安倍総理と会談。公明党によると、山口氏は、すでに政府がとりまとめた、収入が半減した世帯などに現金30万円を支給する対策ではなく、一律、現金10万円を国民に支給するよう求め、今月下旬にも成立する見通しの補正予算案の組み替えも要請していたということです。

 ただ、15日の協議で自民党側は予算案の組み替えには応じず、現金の一律給付についての結論は先送りとなっています。


 
4月16日の午前中まで、山口氏による安倍首相への強い説得は続いた。もしも山口氏の提案が、減収世帯への現金30万円給付に加えて、国民一律10万円給付をせよというものであったなら、何ら問題はなかったであろう。

だが、山口氏の主張の最悪な点は、すでに補正予算案が組まれている減収世帯への現金30万円の給付を撤回する代わりに、その予算を国民への一律10万円の支給い回せという滅茶苦茶な提案だった点だ。

政府は当初、これに抵抗を見せており、減収世帯への30万円給付案の補正予算を通した後で、改めて国民一律10万円給付案を検討する予定だったが、それでは一律お給付が遅れるという山口氏の執拗な説得に押し切られた形で、4月16日の夕方には、こんな報道が並んだ。
 
 

日本経済新聞
1人あたり一律10万円支給へ 減収世帯30万円取り下げ 

政府・与党

新型コロナ 政治 2020/4/16 19:15 (2020/4/16 19:31更新)

政府・与党は16日、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、国民1人あたり10万円を給付することを決めた。所得制限は設けない。緊急経済対策を盛った2020年度補正予算案を組み替える。減収世帯に30万円を支給する措置は取り下げる方向だ。27日にも国会に提出し早期成立をめざす。

公明党が一律10万円を給付する案を主張していた。安倍晋三首相は16日、電話で同党の山口那津男代表に受け入れる考えを伝えた。

これに先立ち、首相官邸で麻生太郎財務相や自民党の二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長らと協議した。補正予算案の組み替えや国会の調整を指示した。

政府は7日に20年度補正予算案を閣議決定し、20日にも国会に提出する予定だった。予算案を国会提出前に大幅に組み替える異例の対応となる。

与党内で減収世帯に30万円を給付する案について、制度の複雑さや対象が限定され不公平だとの批判が出ていた。

政府・自民党で30万円給付策を含む補正予算案の成立後、10万円の現金給付を盛った第2次補正予算を編成する案が浮上した。2次補正の編成に時間がかかるため、公明党は一律10万円の措置に集約して財源を回すよう主張していた。

所得制限を設けずに国民全員に一律10万円を支給する場合、単純計算で12兆円超の財源が必要になる。政府は30万円の給付策で約1300万世帯を対象に約4兆円の財源を想定していた。補正予算案で16.8兆円と見込む歳出総額が膨らむ見通しだ。政府は赤字国債の発行増額で財源を賄う。


これを見て、もはやこの国は終わりだと、眩暈がする思いがしたのは、筆者だけではあるまい。前代未聞の事態である。約4兆円だったはずの財源を、いきなり12兆円に膨らませ、足りない分は、赤字国債で賄うなどというのだ。

しかも、もともと国民に一律に10万円を支給するという案は、野党の多くが声高に唱えていただけに、いきなりそのアイディアを奪われた野党の側からも、憤慨の声が噴出しており、一律給付なら、なぜ初めからそうしなかったとの批判の声が相次ぎ、補正予算案成立直前の火事場泥棒のようなこのニュースの発表を、好意的に受け止めている報道記事は、ほとんど見当たらない。



3.火事場泥棒に、国家主導の詐欺!? 貧しい人々が見捨てられ、助けを必要としていない人に利益が分配され、予算の目的が、途中ですり替えられることの恐ろしさ

国民一律10万円支給という話を聞いて、多くの国民は、自分が30万円の支給対象でなかったのに、10万円の支給対象になったから良かったとか、書類手続きが簡略化されたなどと考えて、喜んでいるかも知れない。

だが、これはそんな単純な話ではなく、非常に恐ろしい危険をはらんだ事態なのである。そのことにどれだけ多くの人々が気づいているだろうか。

まず、減収世帯への現金30万円給付という、長い時間をかけて議論されて来た話が、すべて詐欺のように、水泡のごとく消えようとしていることの恐ろしさ。

本当にこの先、30万円支給案が取り下げられるならば、これはまさに政府主導の、国家的詐欺だったと言えるであろう。

しかも、この支援を最も必要としていた減収者、貧困世帯に、自分たちは政府の施策によって助かるという、むなしい嘘の期待をもたせた上で、彼らを冷酷に突き放し、路頭に迷わせるのだから、あまりにもひどい話である。

それが現実になれば、どういう事態となるか――。30万円を受け取ることができれば、家賃を支払え、何とか生活できるはずだった世帯が、いきなり路頭に放り出され、帰省する費用もなく、帰省先もないので、年越し派遣村の何倍もの規模に達するホームレスが生まれる。やがてその一部は暴徒化したり、犯罪者となって、刑務所送りとなり、あるいは、路上生活を送るうちに、不衛生な生活から、コロナに感染し、クラスターが生まれ、爆発的に感染者が増える。

失業者の中には、国民健康保険に入る費用もないため、保険証もなく、病院にかかれない人々がいる。そのため、余計に感染が拡大する。首都圏はもはや崩壊状態である。治安は悪くなるわ、感染は拡大するわ、何も良いことはない。

だが、話はそれだけでは終わらない。予算とは、特定の目的に対してつけられるものであり、困っているAさんを救済するためにもうけられた財布(予算)が、いつの間にか、困ってもいないBさんを救済するための財布にすりかわっていたなどということは、決してあってはならない。

マイノリティを救済するためにもうけられた予算案が、いつの間にか、「マイノリティだけを救済するなんて不公平だ!」というマジョリティの批判の声に押されて、マジョリティの利益のためにかすめ取られたり、減らされたりすることは、あってはならない。

このほど、政府は減収世帯への生活支援を名目に、補正予算案を組んだ。それには約4兆円の財源がかかるという見通しで、補正予算案が提出された。これは、あくまで減収世帯の救済のためにもうけられた「財布」である。減収世帯は、マジョリティではないかも知れないが、それだからこそ、予算も約4兆円の規模になる見通しであった。これは、予算案が成立すれば、減収世帯にいきわたるはずのカネである。

ところが、いざ補正予算案が承認される直前の段階になって、どこかの特定の政党の特定の人間の強い声に押されて、支給対象が全く別のものにすり替えられたのである。

支給対象が「減収世帯」から「国民全体」に代わったから、支給対象も広がり、問題ないではないかなどと言っている場合ではない。一律支給にすれば、全く生活に困ってもおらず、コロナウィルスの被害など何ら受けていない人々にも、金が配られることになる。議員、政治家、大富豪など、10万円など支給されたところで、全くありがたみも感じないし、そんな金をそもそも必要ともしていない人々の手元に、資金が配られる代わりに、あと20万円がなければ、家賃も払えず、路頭に迷うという人々に、金が行き渡らなくなる。

さらに、支給の名目がすり替えられる。当初は、生活が困窮している人々を早急に支援するためであったはずのものが、生活が困窮していない人々も含めた単なる見舞金になる。目的、用途が全くすり替えられてしまうのだ。

保険金の支払いでも、このように名目がすり替えられることはない。傷病手当や休業補償と慰謝料は全く別物である。ところが、政府の給付金については、そうした名目が全く何一つ考慮されずに、支給目的も、支給対象も、従来とは完全に異質なものに、簡単にすり替えられようとしていることの恐ろしさ。
 
 



4.梯子を外された国民と総務省

現在、以下に画像を示す通り、総務省のホームページには、減収世帯への現金30万円支給の制度が周知され、申請方法等が、相当に詳しく解説されている。

これには生活支援給付臨時金(仮称)などという名称までつけられている。

総務省HPには、この制度への申請方法や対象者についてのQ&Aも詳しく記され、問合せが集中してつながらないとはいえ、専用のコールセンターまで開設されていた。

総務省HPには、この制度の目的として、次のように書いてある。

感染症の影響を受け収入が減少し、事態収束も見通せずに日々の生活に困窮している方々に対し、迅速に、手厚い、思い切った支援の手を差し伸べる観点から、休業等により収入が減少し、生活に困っている世帯に対して、生活維持のために臨時の支援を行う.

ここには、収入が減少してもおらず、日々の生活に困窮もしていない人々に、手厚く思い切った支援をするなどとは全く書かれていない。

減収し、生活に困窮している人々のためにもうけられるはずだった予算を、減収もしておらず、生活に困窮してもいない人々に配るために減じ、流用するというなら、それはもはや国家的詐欺と言うべきである。
 



5.火事場泥棒、国家的詐欺を許してはならない

悲しいことに、総務省HPの末尾には、「それ、給付金を装った詐欺かもしれません!」と、詐欺に注意を喚起する文面が並んでいる。

減収世帯への30万円給付案が、水泡に消えるというなら、詐欺は、総務省が、政府自らが行ったのと同じこととなる。どんなに「それは案で、決定ではなかった!」などと叫んでも、ここまでまことしやかに発表した内容を、後になって「やーめた!」「ざーんねんでした!」などと言えるはずもなく、そんな風に国民を無意味に躍らせるような発表を、政府が主導して行ったならば、もはや政府の威信は地に落ちる。

古代ローマ帝国の末期、都市に流入した無産市民たちは、権力者にパンと見世物を要求して譲らなかった。彼らは無産市民とは呼ばれているものの、奴隷ではなく、借金があるわけでもなく、暮らしていくに不自由のない人々だったのである。

今も同じ、マジョリティが声高に「パンをくれ!」と政府に要求する。本当に困っている人々は彼らではないのに、パンとサーカスを求める民衆の声に負けて、政府はメルトダウンして行く。

コロナウィルスが蔓延しているのに、経済を優先して、緊急事態宣言を遅らせ、企業を休業させねばならないのに、休業補償も出さず、通勤者の削減や、外出自粛を求める。その上、生活困窮者を見捨てて、困ってもいない人々が、パンとサーカスを楽しめるよう、現金給付を行う・・・。

この国は、デマゴギーにより、もはや亡国の淵に向かって転げ落ちている、そう感じる他ない出来事であった。

このような火事場泥棒を決して許してはならない。(以下、総務省のホームページ

 
 

 
 
 

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さて、久々にオリンピックの話題を。
 
「原発事故(による汚染)はコントロールされている」という安倍首相の虚言に始まり、「世界一金のかからないオリンピック」を主張していた猪瀬知事の政治スキャンダルによる辞任、それから一転して「世界一金のかかる五輪」への変貌、さらに、佐野研二郎のデザインしたエンブレムに生じた盗作疑惑と決定後の使用中止、ザハ・ハディド氏のデザインに決定していた新国立競技場の設計案の白紙撤回、その後の国立競技場建設労働者の過労自殺…。

東京オリンピックはもはや不正疑惑のデパートとなり、この事業に関わった人々は、栄光の高みから一転して奈落のどん底へ突き落されるということが続いている。利権まみれの呪われた薄汚いオリンピック、関わる人々を不幸に追いやるだけと言って良い。ここに来て、決定打とも言える情報が出た。

ブラジル当局、東京・リオ五輪で買収と結論 英紙報道 
 
日本経済新聞 2017/9/14 23:32

 【ロンドン=共同】2016年リオデジャネイロ五輪と20年東京五輪招致の不正疑惑を巡り、ブラジル司法当局が両五輪の招致委員会から、当時国際オリンピック委員会(IOC)委員で国際陸連会長だったラミン・ディアク氏(セネガル)を父に持つパパマッサタ・ディアク氏に対し、多額の金銭が渡った可能性があると結論づけたことが分かった。英紙ガーディアン(電子版)が13日、報じた。

 フランス当局の捜査を基に書類をまとめたブラジルの当局は、IOC内で特別な影響力があったラミン・ディアク氏を買収する意図があったとしている。両五輪の開催都市が決まった前後に、疑惑の渦中にあるパパマッサタ・ディアク氏がフランスで高額の時計や宝石を購入した際の支払いや口座の記録も確認されたとしている。

 ガーディアンは昨年、同氏と関連のある業者の口座に東京招致委から多額の送金があった事実を報じた。東京側は不正を否定している。

なるほど、リオ五輪の閉会式で安倍首相がマリオに扮して登場したのは、「汚職と買収で成立したリオ五輪の不正行為を、東京もしっかりと継承して行きましょう!」という強い意志表示の現われだったのかと考えると納得する。

買収を除いても、華やかなオリンピックには常に大きな暗い影がつきまとう。リオ五輪でも、貧しい地元住民たちが強制的に立ち退かされ、反対運動も起きた。オリンピックのために建設される巨大スタジアムなどは、開催後、用途がなく、採算が取れずに、廃墟化する例も後を絶たない。

安倍首相は、誰より東京オリンピック開催に強いこだわりを持っていたことは明らかだ。招致の実現が、安倍首相の手柄のように報道されただけでなく、安倍氏が、主催者でもないにも関わらず、自分自身の公務を置き去りにしてまで、リオの閉会式にしゃしゃり出、JOCや小池知事をもさしおいて、自分一人、はしゃぎ回ってパフォーマンスを繰り広げたのは記憶に新しい。思い入れの強さを示す事実であろう。
 
そのパフォーマンスも、一部の金持ちを楽しませるためだけの見世物を、貧しい人々を排除し犠牲にし、買収してでもいいから、開催しようという不正のボールを、リオから継承するために行われたのだ。

今回の東京へのオリンピック招致は、かつて幻に終わった1940年の東京五輪と引き比べられることが多いが、筆者もその文脈に立ち、今回のオリンピックは決して開催されないだろうと確信し続けている。
 
LITERAの記事がこの二つのオリンピックの共通点を端的に挙げているが、その指摘は時を追うごとに、ますます現実味を帯びて来ている。少々長いが、該当部分を抜粋しておきたい。

共通点➀ 震災との関連性
   ② 独裁者に国際協力を依頼した
   ③ メインスタジアムの問題
   ④ きな臭い政治情勢(軍国主義化が進む)

東京五輪がなくなる? 1940年の幻の東京五輪と2020東京五輪が恐ろしいほど似ている!(LITERA 2015.09.06.)から抜粋

 まず、似ているのが震災との関係だ。2020年の東京オリンピックは2011年の東日本大震災からの復興をテーマの一つに掲げているが、1940年の東京五輪もその17年前に関東大震災が起きていて、そこからの復興をアピールする意図があった。

 また、招致への国際的協力をとりつける経緯も似ている。40年の東京オリンピック招致には独裁者・ヒトラーとムッソリーニの協力があった。36年のベルリンオリンピックではヒトラーの人種差別政策に反対してボイコットの動きがあったが、日本は参加を表明。もともと日本との軍事的連携を狙っていたヒトラーはこれに応えるように、東京オリンピック招致に全面協力。ベルギー出身のIOC会長バイエ=ラトゥールに日本を支持するように圧力をかけた。この関係が後の日独防共協定、日独伊三国同盟につながっていく。

 ムッソリーニも同様で、エチオピア侵攻によって国際連盟を脱退したことから、同じく国際連盟を脱退した日本に接近。東京と招致を争っていたローマを立候補から辞退させた。

 一方、2020年の東京オリンピック招致はプーチン大統領の積極的支持が勝因の一つと言われている。ロシアでは14年ソチ五輪が開かれたが、プーチンはこの少し前、同性愛差別発言をして欧米各国からボイコットの動きが起きていた。しかし、日本はこうした動きとは距離を置き、13年9月、ロシアのサンクトペテルブルクで開かれたG20サミットで、安倍首相がプーチン大統領に協力を要請。プーチンから「投票権を持つ ロシアのIOC委員、友人のIOC委員に東京を支持するよう説得した」という答えを得たとされる。

 ようするに、1940年も2020年も日本は国際社会で批判を受ける独裁者に協力を仰いで、開催支持をとりつけているのだ。

 さらに、この2つオリンピックはメインスタジアムで問題が起きたことまで共通している。2020年東京五輪の国立競技場問題は今さら説明するまでもないが、1940年の幻の東京五輪でも、当初は隅田川河口の月島埋立地を利用する計画だったが、風が強すぎるという問題で変更しなければいけなくなった。

 続いて候補に挙がった明治神宮外苑は、神社局長から大規模開発を反対され、挫折。その後も、二転三転。最終的には駒沢ゴルフ場跡地になったが、招致決定から半年たっても競技場が未定のまま、第7候補地までもつれこむ事態はIOC会長からも批判された。

 しかし、1940年の五輪と2020年の五輪の類似性はなんといっても、招致決定前後のキナ臭い政治状況だろう。

 1940年の東京五輪では、関東大震災の2年後の25年に治安維持法が制定され、日本は急速に軍国主義化その10年後に前述したように日中戦争に突入していく。そして、2020年に東京五輪を控える今の日本も同じ道をたどっているように見えるのだ。東日本大震災の2年後に“現代の治安維持法”と呼ばれる特定秘密保護法が成立。さらに安倍政権は集団的自衛権を容認し、今、安保法制を強行しており、戦争のできる国づくりが着々と進められている。

 つまり、2020年の五輪も近いうちに日中戦争が起きて、開催を返上。1940年の東京五輪と同じように、幻に終わるのではないか、というのだ。


この記述に加えて、さらに、重要な⑤番目の柱として、LITERAが触れていない共通点をもう一つつけ加えたい。それは、日本政府にとって、この二つのオリンピックは、誤った政治的イデオロギーの宣伝のための絶好の機会だという点である。

1940年の幻に終わった東京オリンピックを、日本政府は国家神道のイデオロギーに基づき、「皇紀二千六百年」を祝賀し、「皇国」としての栄光と威信を全世界に見せつける機会として利用しようとした。このオリンピックが開催されずに終わったのは、直接的には様々な情勢の変化のためということであるかも知れないが、本質的には、まさにこのオリンピックを導く根本的な誤った理念(別な言葉で言えば、オリンピックを正当化する大義の欠如)が招いた必然的な結果だったと言っても良いのではないかと筆者は考えている。
 
現在も、我が国政府及び国会議員のほとんどは、戦前回帰を唱道する日本会議のメンバーでほぼすべてが占められている。教育勅語を暗唱させる塚本幼稚園の問題などが明るみに出てきたのもその流れの中で起きたことであり、2020年の東京オリンピックは、日本会議メンバーらにとっては、1940年とほぼ同様の意味合いを持つものであると見えているだろうと想像される。つまり、その点で、今回も、東京オリンピックを支える理念そのものが完全に誤っていることは間違いないと言える。そこでこれもかつてと同じ道を辿り、時を追うごとに、開催の意義が全くないことだけが露呈し、様々な障害を乗り越えられずに結局、頓挫するであろうと筆者は予想している。
  
今では「共謀罪」も通過し、お国の命令に逆らう「非国民」を根こそぎ根絶やしにした治安維持法の復活、「戦争ができる国づくり」が完成しつつある。

きな臭いと言えば、近く日中戦争が勃発するのではとのLITERAの予想とは少し違い、当面、日本政府が危機を煽りまくっているのは、今に始まったわけでもない北朝鮮のミサイル発射である。

日本政府は、宇宙空間を飛び去っただけの北のミサイルが、まるで日本本土に向けられているかのように、Jアラートなどで国民の恐怖を煽りまくり、小学生やお年寄りに何の効果もない原始的な避難訓練などをさせることで、政権に従順な思想を植えつけようとしているだけでなく、近い将来彼らが引き起こすつもりであると思われる「朝鮮半島における有事」の勃発に向けて、国民にそれが不可避であることを刷り込むための洗脳を施している。

ちなみに、冒頭で紹介した、ブラジル当局が東京五輪の招致を買収によるものと結論づけたという日経新聞の記事が発表されたのも、9月14日の深夜であるが、このように不都合なニュースがこっそりと発表された翌日には、まるでそこから国民の目を早く逸らさせようとするかのように、早朝から北のミサイル騒ぎが煽りに煽られていた。

こうして、政府にとって不都合な記事は、深夜にこっそり公表される一方で、翌日にはまるで今しも戦争が勃発するかもしれないとでも言うかのように、根拠のない不安が煽られ、政府に不都合な事実には、徹底して国民の目が向かないように仕向けられる。

北のミサイル発射は、森友、加計アベ友疑惑(安倍首相による国家戦略特区などを利用した国家私物化問題)の影響により下がった支持率を回復したい安倍首相が、この問題から国民の目をそらし、政権にしがみつかせるため、国民に恐怖を植えつけるために、北朝鮮に自ら頼み込んで行っている国際的出来レースだという噂がささやかれて久しい。

もしそうでなければ、なぜ普段は官邸に宿泊しない安倍首相が、ミサイル発射の前日だけは官邸に泊まっているのか。なぜ公務員が出勤しているはずのない早朝に、大臣等が執務室にいるのか。なぜマスコミは発射のタイミングに遅れることなく速やかに報道ができるのか。説明がつかない。唯一、筋の通った説明は、すべては出来レースだ、ということだけである。

筆者の予想では、政府がこのように危機を煽りまくっているのは、それを現実にしたい者たちがいるからであり、彼らが思い描いている筋書きでは、いずれ朝鮮半島では有事が勃発し、米軍により、日本は戦争に参加することをやむなく求められることになっていると見られる。彼らの狙いは、それを好機として自衛隊を国防軍に昇格し、自衛隊を軍隊として容認する憲法の改正が不可避であるかのようなキャンペーンを行い、改憲へと世論を誘導することにある。最終的には核武装することが悲願なのだと考えられる。

だが、これは大きな自己矛盾である。彼らがこのように政情の悪化を織り込むシナリオを描けば描くほど、オリンピックなどはその情勢不安から完全に吹き飛ぶだけでなく、別な記事で書く通り、北方領土や極東シベリアにおける日ロの経済協力なども、無に帰することになる。

筆者はこれまでにもずっと、金儲けを第一として極東シベリアに進出した日本企業が、かつて大陸進出を目指してサハリンに渡った移民同様に、戦禍に巻き込まれ、数々の災いをこうむるだけで、我が国に戻って来られなくなるだろうという暗い予想を述べて来た。

特に有事がなくとも、日ロのビジネスに携わる企業で、これまで真に発展した企業を筆者は一つも見たことがない。日ロビジネスがいつまでもじり貧のまま決して発展しない主要な原因の一つは、ロシアのインフラ整備の遅れや、法外に煩雑な諸手続きなど、ロシアという国家そのものが持つ前近代的な要素に加え、元来、米国と同盟を結ぶ日本が、ロシアにとって潜在的に仮想敵国も同然であるという事実にある。

ロシアは日本企業を自国の利益のために利用することはしても、いつ米軍と組んで敵方に翻るか分からない日本の企業を、決して信用し、発展させることはしないだろう。奇しくも今年、ロシアのスプートニクが、本来ならば、北方領土の一部(歯舞、色丹)はフルシチョフ時代に日本に返還されていておかしくなかったが、安倍首相の祖父である岸信介首相のもとで、日米安保条約が結ばれたことが、その可能性を完全に葬り去ったのだと述べている。

元KGB長官の回顧録:日本との領土交渉の新事実が明らかに!」(Sputnik 2017年03月04日 17:23 アンドレイ イルヤシェンコ)


このような宿命的な事実に照らし合わせても、また、今日、解釈改憲がなされ、安保法制が成立し、地球の裏側までも米軍と自衛隊がさらに緊密な連携のもとで軍事活動に携わるべく態勢が構築されつつあるという事情に鑑みても、現在、岸信介の孫である安倍首相のもとで、我が国とロシアとの平和条約が締結される見込みはまずないと言って良い。

こうして、領土問題、シベリア抑留問題、その他の外交上のあまたの問題を棚上げしたまま、日本が政府を挙げてゼニカネのためにロシアとの民間経済協力に走っても、その基盤はいずれ脆く崩れるであろうことは容易に想像がつく。

何より、そもそも他国との経済協力は、政府が主導して推進すべき性質のものではなく、民間企業のイニシアティブによって発展すべきものであると言える。政府がどんなに企業のお尻を叩いても、儲けがないビジネスに企業が乗るはずもない。なぜロシアとのビジネスがこれまで発展して来なかったのか、その要因を分析し、取り除くことなしに、政府が民間企業に声をかけても、企業はその提案には乗らないであろう。

さらに、政治的にも多数の未解決の問題を棚上げし、シベリアからほど遠くない朝鮮半島の政治情勢も落ち着いていない中、たとえ欲に目がくらんで、本質的に重要な問題から目をそらして安易に儲け話に乗る企業が出るとしても、待っているのは破滅だけである。筆者に言わせれば、日ロ経済協力による日本側のメリットは長期的に見るとゼロなのである。

そのことが前もって分かっているので、日ロ経済協力などという世迷いごとに、筆者は参加しないことを決めている。いや、仕事を通して何度もやむなく参加しかけたのだが、その度ごとに、このような中途半端なプランは決して成功しないだろうという手ごたえ以外に得るものはなかったと言える。

さらに、オリンピックなどには関心もなく、ミサイル狂想曲にも踊らされたくないので、安眠を妨げられないよう、Jアラートも切っている。今回、首都圏には警報は鳴らなかったそうだが、仮に鳴っていたとしても、筆者はそれに耳を傾けるつもりはない。ましてや、避難訓練などには決して参加するつもりはない。

支持率回復のために、外敵の恐怖を煽ることで、恐怖や憎しみや怒りによって国民を団結させようとするか、さもなくば歴史的な様々な軋轢や未解決の諸問題をも無視して、信頼関係ができていない国々と安易に手を結ぼうとするような政権からは、極力遠ざかるのみだ。



・米国とEU諸国との協調を裏切って、ロシアと「同衾」した日本政府の二股外交が必然的に招く国際的な孤立

カジノ法案の衆院での強行採決以来、我が国の多少なりとも見識ある全ての人間の目には、安倍政権が詐欺の温床であり、危険極まりない地獄への暴走列車であることがはっきりと見えてしまった。

安倍政権には、もはやインテリ知識人層からも、カルト内閣、広域暴力団安倍組、博打政権の博打外交など、歯に衣着せない容赦のない呼び名が向けられ、人々が侮蔑と憎しみを隠さないようになっている。

反原発、反TPP、北方領土返還、アベノミクス…、これまでに安倍政権が打ち出したすべての施策が、国民を欺くための詐欺の仕かけでしかなく、それは国民に嘘をついて存在しない偽りの甘い夢を見させておいて騙し、その間に、可能な限り、国富を収奪して、外国に貢ぎ、我が国を破滅へ導くために打ち出される詐欺と売国のスローガンであることが未だかつてないほどに明白になったのである。

そもそも「この道しかない」などと言い始めた時点で、すでにそれはカルトなのである。「この道」という言葉は、宗教の信者がよく使うものであるが、クリスチャンにとっての道とは元来、一つしかなく、どこかの目に見える人間が、「私が道だ、私が唯一の道を指し示す」などと言い始めた時点で、その人間は反キリストの霊の持ち主であることが確定していると言って良い。

キリスト教徒でなくとも、おそらく、宗教家はいち早く安倍政権の恐ろしさ、特に、安倍が現人神となって国民に強要しようとしている自分への崇拝が極めて危険な似非宗教であることにすぐに気づくはずだ。このような政権を支持する者には、どんな宗教を信じていようと、信仰者としての矜持はない。都議会における自民党と公明党との分裂が取沙汰されているが、いずれ国会でも両者は分裂し、現役官僚からも離反者が出ることであろう。この先、みなが安倍に騙されていただけであることが、もっとあからさまに分かって来る。どんなに控えめに言っても、安倍はもはや正気ではないのだと、誰もが思うようになろう。

だが、目下、正気を失った博打政権が、自分が倒される前に、もっと壊せるだけ徹底的に日本を壊そうと、ロシアからマフィアの親分を連れて来て、二人で一晩以上をかけて懇ろに仲むつまじく語り合ったというのだから、このニュースには背筋がぞっとするとしか言えない。

領土問題に何の進展もないことが前もって分かっていたので、筆者はプーチン訪日という出来事には何の期待も寄せず、冷ややかに見つめるのみであったが、プーチン氏の到着から一夜明けて、当初感じていた不快感は、安倍の犯した売国の罪によって、取り返しのつかない事態が起きたのだという、さらに不気味な予感へと変わった。

領土が返還されないのに、安倍がロシアに3000億円もの経済支援を申し出たという狂気じみた外交的敗北から始まり、タイ人のウォン・ウティナン君には強制国外退去処分を言い渡しておきながら、ロシア人の入国のためにはビザ要件を緩和するという。平和条約も締結されていないうちから、北方領土やシベリアの共同開発という無謀な計画に前のめりになり、さらに平和条約をダシにして、「信頼関係の構築のために、双方の国民感情を傷つけないよう配慮する」などといった無茶な約束まで口にする。

やはり、安倍は空恐ろしいことをやってしまったという印象である。天木直人氏が12月16日の記事「歴史に残る安倍首相の対プーチン屈辱外交」に書いているように、この「屈辱外交」が我が国にもたらす弊害ははかりしれない大きさになると思われる。最悪の影響は、今後、日米同盟関係が急速に悪化しかねないことだ。

筆者は、日本は対米隷属から脱しなければならないと考えるため、日米同盟は必ず見直され、最終的には、日本は米国の傘下を出なければならないと思う。だが、その方法が、日本政府が米国の意向を無視してロシアに寝返ることによって、日米関係を急速に悪化させるというあまりにも拙速かつ愚かな方法であるべきでないのは明白である。

しかしながら、この度の安倍・プーチン会談は、EU諸国、そして米国との関係においても、日本の外交の決定的かつ明白な分岐点となるであろうと筆者は予測する。70年間続いて来た戦後体制は、プーチン訪日という日に終わったのである。だが、それは実際、安倍の望むような美しい形ではなく、また、我が国の自立という形でもなく、ただ米露への二股外交というあまりにも恐るべき裏切りに満ちた不誠実なドロドロの関係で終わった。

これまでの事実から、筆者には、日本政府は、国民をイジメ抜くための悪意を込めた政策を、大抵、週末に向けて発表することが分かっている。

いかがわしいカルト宗教は、信者を徹底的に疲労困憊状態に追い込むことで、信者が片時も落ち着いて物事を考えることができず、カルトの偽りに気づくチャンスがないようにすることが知られているが、カルト化した安倍政権が国民に対して絶え間なく行っていることも、それと同様の精神的な攻撃である。

つまり、勤労者の国民の大半は、月曜から金曜までの平日は、サービス残業や、過重労働でへとへとにさせられた上、週末に向かっても、心を締めつけられる不穏なニュースばかりを聞かされて、休日にも精神的な苦痛の中に置かれることになるが、これは、国民を決して精神的にリラックスさせないために、政府が故意に行っていることである。
 
これまでのあらゆる出来事から判断して、この国の政府高官及び官僚たちは、休日を迎える前に、特に念入りに、自分たちの権力が永久に安泰だと信じて高枕で眠れるように、国民に向かって精神的な圧迫と恐怖を増し加えるような残酷な政策を発表することを悦楽にしているものと見られる。
 
だから今回、安倍が国民を愚弄するがごとく、北方領土返還という存在しない偽りの夢をちらつかせながら、あろうことか、その存在しない夢と引き換えに、日本の国富を早々とロシアに売り渡すと決めたことを、週末に向けて発表したのは何ら不思議ではない。
 
もしも今回、そんなことよりももっと驚くべき事実があったとすれば、それはちょうどプーチンが日本に来たのと同じタイミングで、EU首脳会議で対ロ制裁の延長が決定されたというニュースが流れたことである。

以下に引用したニュースでは、NHKが懸命に、EU諸国のロシアへの強硬路線と、米国および日本のロシアへの立場は違うのだと強調しようとしているが、今のタイミングで、EU諸国がこれほど強烈にロシアへの対決姿勢を明白に示したのには、明らかに、ロシアに対する恫喝と警告だけでなく、ロシアに協力関係を申し出る日本政府に対する牽制と恫喝の狙いが暗黙のうちに含まれているように感じられてならない。

今回のEU首脳会談と、プーチン訪日という出来事が、どこまで互いに影響を与え合っているのかは分からないが、EU首脳は一致して、彼らの敵意をよそに二国首脳だけで懇ろな関係を強調するプーチンと安倍の両者に対して、厳しい警告と弾劾と受け取れるメッセージを発したのである。

そこで、今回のEU諸国の対ロ制裁の延長の発表のタイミングは、今回の日ロ首脳会談が、これからの日本の外交にはかりしれないほどに暗い影を落とすことを暗示するものであると筆者は見ている。つまり、今回、日本は欧米の対ロ制裁の足並みから完全に外れたのであり、そうなった時点で、ロシアと共に国際的に孤立の悪影響に巻き込まれる道はすでに定まったのである。
 

EU首脳会議 ロシアへの経済制裁延長で一致NHK 12月16日 10時21分

EU=ヨーロッパ連合は首脳会議を開き、ウクライナ情勢を受けて続けてきたロシアへの経済制裁を、来年7月末まで延長することで一致し、日本やアメリカがロシアとの関係強化に向けて動き出す中、ヨーロッパは引き続き、厳しい姿勢で臨む方針を打ち出しました。

EU各国は15日、ベルギーのブリュッセルで、ことし最後の首脳会議を開き、対外政策を中心に話し合いました。

この中で、おととし、ウクライナ東部で、政府軍と親ロシア派の戦闘が起きて以降、EUが親ロシア派の後ろ盾となっているロシアに対して続けている経済制裁について、来年7月末まで延長することで各国が一致しました。

この制裁は、ロシアの政府系の金融機関や、エネルギー関連企業がEU域内で資金調達を行うことや、ロシアとの武器の取り引きを禁止するものです。

EUは制裁を延長する理由として、去年、ウクライナ政府と親ロシア派が合意した停戦が、完全には履行されておらず、ロシアが役割を果たしていないことを挙げています。

ロシアに対しては、日本がプーチン大統領の訪日をきっかけに関係強化に乗り出しているほか、アメリカのトランプ次期大統領もオバマ政権とは一転して関係改善に意欲を示しています。

しかし、EUでは、ロシアがウクライナの主権を侵害しているとの非難が根強く、ロシアと国境を接し、警戒を強めている国も多いことから、引き続き厳しい姿勢で臨む方針を打ち出したかたちです。


果たして、この先、米ロの関係が本当に改善されて、日米ロ間に緊張緩和の蜜月が訪れるなどといった保証はない。トランプはまだ大統領になっておらず、米国がロシアへの態度を軟化させるだろうという予測は、トランプの意向だけに基づく期待値込みの楽観に過ぎない。

いずれにしても、米ロの関係改善がまだ実現していないにも関わらず、安倍が米国に先んじてロシアを味方につけて関係改善を誇ろうとしたことは、米国に対する挑発行為のように受け止められて仕方がなく、安倍が各国首脳に先駆けて、一人トランプ詣でをして得意になった時と同じように、そこからは、米国を出し抜いて世界をリードする立場に立ちたいという野望を誇示する浅はかな狙いが透けて見えるだけである。このような行為に厳しい報いが伴わないとは、到底、考えられない。
 
それにしても、ヨーロッパ諸国は、地理的にロシアとの距離が近いことから、ロシアに占領される恐怖がよほど根強いものと思われる。我々はEU諸国の「ロシアに占領される」という恐怖に鈍感であるべきではないと思う。

むろん、ウクライナのユーロマイダンの政変は、親EUを旗印に掲げる人々を使った陰謀によるところが大きく、この政変によって引き起こされた同国の混乱を一方的にロシアの非とするのは適当でないと筆者は考える。クリミアも自らロシアへの帰属を望んだのであり、これをロシアが軍事力で侵略したと述べるには無理がある。

だが、そういう事情をさて置いても、ウクライナにおける親EU派と新ロ派の対立は政変が起きるずっと以前から続いて来たものであり、両者の間には水面下での激しい駆け引きがあった。
 
これまで幾度となく繰り返して来たことだが、米国も深い闇であるが、ロシアも米国と同じほど(あるいはもっと)深い闇である。

プーチン政権は、ブッシュ政権がそうであったように、偽のテロ事件を引き起こすことによって、国家権力を強化し続けて来たと言われる。いわば、敵を自ら生産することによって、国内の団結を作り上げるという、米国と同じ手法を取ってこの政権は成長して来たのである。

チェチェン戦争が、米国にとっての9.11と同じような、ロシア政府による偽旗事件であったことや、プーチンが権力を握り続けた代償が、ロシアの議会制民主主義の死であったことなどは、アンナ・ポリトコフスカヤのようなジャーナリストによってすでに幾度も指摘されている。

そのポリトコフスカヤを含む、プーチン政権に手厳しい批判を向けたジャーナリストの数多くが暗殺と思われる不審死を遂げている事実や、そもそも、これほど長い間、ロシアでプーチン氏の政権が続いているという事実だけを見ても、それ自体がおよそ民主主義からはほど遠い尋常でない状況と言わざるを得ない。そして、ロシアという国は、体制がどれほど変わっても、歴史的にはずっと絶え間ない国家権力の増強、領土拡張政策を取って来たのであり、現在、起きている出来事も、その延長上にあるとみなされる。

特に、ソ連時代のロシアは実際に軍事力による侵略・制圧を繰り返して来ており、ヨーロッパではそのことはまだ記憶に新しい。だから、武力による制圧であれ、どんな方法であれ、ロシアが領土を拡張して影響力を増し加えようとすること自体が、EU諸国からは「脅威」とみなされるのは不思議ではない。

そのような事情を加味すると、EU諸国の「ロシア恐怖症」は、ただ単に米国に一方的に肩入れしているがために生まれたというよりも、もっと深い意味を持つものであり、何よりも、それは自国がロシアに占領され、侵略されることへの本能的な恐怖から来るのだと言えよう。

もしそうだとすれば、我が国は、こうしたロシアの隣国による直観を決して軽視すべきではない。人間であっても、国家であっても、原則は同じであるが、遠くにいる他人だけから好意的な評価を受けていても、近くの隣人との間で絶えまなくトラブルを起こし続けて、隣人からの評価がことごとくマイナスだという人物は、要注意である。そうなるには、必ずそれだけの理由が存在する。ロシアには、いつも次々に敵が現れ、しかもロシアがその敵を利用して、自分が不当に攻撃されている被害者であるかのように装いつつ、着々と力を蓄え、味方を増やして来たこと自体が、政治的に巧妙な作戦であると見なければならない。

米国が世界各地で絶えず戦争やクーデターを人工的に引き起こしては金儲けの手段として来た事実が全くいただけないものであると同様に、ロシアという国に、次から次へと敵対する国々が登場して、戦いが起きているのも、決して良い特長とは言えない。ある意味では、その敵意と反目自体が、ロシアが自ら引き起こしている現象だという可能性がある。

だから、あえてそのようなトラブルの渦中にある国に、同盟国の出方もまだ決まっていないうちに、日本がわざわざ自分から先んじて接近して行くメリットなどどこにもないのは明白である。特に、日本のこれまでの米国追従に貫かれた戦後史全体を振り返っても、日本の首相が米国大統領に先んじて、そのような行動を取ることは異例であり、それ自体が、同盟国へのとてつもない裏切り行為、挑発行為と受け止められて、したたかに報いられる危険は否めない。

折しもちょうど沖縄でオスプレイが落ちて、日本国内で反米感情が高まっている時である。それを好機とばかりに、巧妙に米国に悪役を押しつけて、日本の首相が他国に媚を売ったのだから、そうした事実は、米国から見れば、「同盟の意味が全く分かっておらず、守ってやる価値もない国」と見られ、蔑まれるだけに終わりかねない。

もっとはっきり言えば、米国のポチに過ぎないはずの属国が、恐れ知らずにも、親分を悪者に見せかけながら、親分を裏切って、他国と密通し、不義を重ねたという話なのだ。

安倍がどうしてもロシアに接近したいのであれば、米国との関係を清算して、我が国が自立した外交を打ち立て、対ロ制裁の行方に対しても、国際社会において態度を明白にしてから、そうすべきであった。一方では米国の庇護を求め、対ロ制裁に加わっておきながら、もう一方では、制裁中の国に自らすり寄り、信頼関係を強調し、経済支援を申し出るなどの無節操な二股外交は、全く筋が通らず、国際的に何の信頼にも結びつかないのは当然である。

むろん、今のところは、オバマも含めて、公然と安倍の恥ずべき振る舞いを非難する者は各国首脳の中にはないであろうと思う。なぜなら、安倍の振る舞いは、あまりにも幼稚すぎて、知識人が言葉に出して取り沙汰する価値すらもないからだ。だが、彼らが名指しで非難しないことと、報復して来ないこととは訳が違う。愚か者には、愚か者にふさわしい返答の仕方がある。安倍の卑しい野望は、すでにトランプからTPP離脱で梯子を外されたことにも見る通り、諸国に見透かされており、この先、国際社会から黙ってのけ者とされ、一斉に梯子を外されることで、報復を受ける可能性がある。そういうしっぺ返しがなくとも、このまま安倍の二股外交が続くと、その結果として、日米同盟は揺るがされ、米国の代わりに日本がロシアへ追随するという事態さえ考えられないことではない。

そうなった場合に最も恐ろしいのは、日本がロシアに代わって世界的な孤立をその身に背負わされることである。

今までにも述べたように、日本が今ロシアに接近しても、損害以外に受けるものは何もない。ロシアは、日本が対ロ制裁に加わっている間に、中国をアジアの経済的なパートナーとして選んだため、日本が今から極東開発にどれだけ協力してみたところで、しょせん、ロシアから中国以上の経済的なパートナーとみなされることはない。

中国とロシアは安倍の望んでいる「中国包囲網」を知った上で、決してこれに手を貸すことはなく、むしろ、この二国は、安倍の心の内を完全に見透かした上で、いずれそれを裏返しにする形で、逆に日本を包囲して孤立化させて来る可能性が高いと思う。仮にもしそういうことが行われるとすれば、それは、ロシアがさらに親密さをアピールして、何かの餌をぶら下げて、より懐深く日本を自らに引きつけることにより、また、その誘いに乗って、安倍政権が一見、自立を装った米国との訣別を持ち出すことにより、日米関係に本格的にヒビが入り、日本が最も無防備になった瞬間に行われるであろう。

筆者の考えでは、ロシアは必ず、したたかに日本の期待を裏切って、いつかこの国に攻め入って来るはずだ。その裏切りは、すでに領土返還なしにロシアが経済協力だけを日本からむしり取った時点で始まっていると言える。ロシアとはいかなる信頼関係の構築も土台、無理であり、この国は他国を利用することしかできない。思想的にも、KGB出身のプーチン氏を頂点に頂いている事実にはっきりと見ることができるように、この国ではソ連時代の歴史と教育の影響は未だ根強く、ロシアは今でも共産主義のままなのである。

だから、ロシアと共産党政権下の中国との間には、もともと安倍の思想など全く及ばないほどに、より強力な結びつきと、親和性があると考えられ、仮に対ロ制裁に日本が全く加わらなかったとしても、日本が両者の間に割って入ることはもともとできない相談であったと思う。

そして、そのことは日本にとって幸運だったのである。共産主義という思想は、我が国が決して内に取り入れるべきではない危険な思想であり、また、「強いロシアの復活」を目指すプーチン型の国家主義的な統治も、非常に危険な性質を持つものである。ロシアには歴史上、強大な国家権力が圧倒的大多数の民衆を抑圧し、虐げるという以外の国家形態が存在したことがない。だから、これまで日本が米国に阻まれ、中国に出遅れてロシアへの接近の機会を失って来たことは、何ら問題ではなく、ロシアとは距離を保っておくに越したことはないのだが、安倍は自ら米国をよそにしてロシアにすり寄り、他国がロシアに厳しい態度で接し、距離を置いている時に、抜け駆けしてロシアと懇ろに「同衾」したことによって、ロシアという国家に歴史を貫いて流れて来た負の思想を、完全に内に取り込み、輸入してしまった。山口でのプーチンへのもてなしという安倍の行動は、プーチンこそ安倍の本命であったことをよく物語っている。なぜなら、安倍は日本を裁いて軍国主義政権を終わらせ、祖父をA級戦犯とし、日本を属国化した米国を憎んでいるからである。プーチンへの思慕は米国への当てつけであり、まさに、裏切りであると言える。だが、当てつけであり、裏切りであればこそ、プーチンへの接近は決してどの国にも何の信頼関係ももたらさず、ただ裏切りによって終止符が打たれのである。

米国は、そんな愚かで節操のない安倍の振る舞いに内心で呆れ果てながらも、ロシアと同じように、何らかの形で手ひどく報復することで利益を奪い返すチャンスを伺って、あえてこの問題に言及することなく、安倍政権を泳がせる可能性がある。何しろ、米国は、かつて日本軍による真珠湾攻撃を知っていながら、あえてこれを阻止せず、日本軍の愚かな暴走を許して意図的に泥沼の戦争に引きずり込み、広島と長崎に原爆を二つも実験的に投下し、日本が一億玉砕の手前になってやっと敗戦を受け入れるまで導き、今もこの国を事実上の占領状態に置いている国であるから、精神的に未熟でお子様のままのこの国と、決して国民を大切にしようとしない日本政府の精神的弱点をどのように利用し尽くして利益を得るかなど十分に研究済みのはずである。

だから、筆者の見立てによる最悪のシナリオは、日本という国が、今後、安倍の野望を見透かされた上で、米ロの両国から可能な限りゆすられ、たかられるだけでなく、やがては米ロが犯した似たような悪事の尻拭い役として、それ以上の悪事を犯すようにそそのかされて、国際的に悪魔役を演じさせられ、その結果として再び権威失墜して、かつての敗戦のごとき破滅に至り、自国をまともに統治する能力のない国として、第二の占領状態に置かれ、様々な国に領土を分割されて他国に統治されて終わるという悲劇である。

今のままでは、そうした結末も、あながち幻想だとは言い切れない。安倍はまさに外患誘致に等しい形で、最も危険な国と自ら懇ろに通じ、国のトップとして公に国を売り、危険を誘致しているのである。そのようなことの結果としてやがて起きるのは侵略である。我が国が侵略するのでなく、侵略されるのである。これを止める方法は、安倍政権を退陣に追い込み、安倍の唱える地獄へ直通する「この道」を封鎖し、なおかつ、米国ともロシアとも距離を置いて、平和的な方法で自存する道を探すことだけしかない。

 
・かつての満蒙開拓団とシベリア抑留の悪夢をよみがえらせる北方領土やシベリアにおける日ロ経済協力と共同開発

国家の病とは厄介なもので、国家権力による民衆弾圧の歴史がずっと繰り返されているロシアの例を見ても分かるように、この亡霊のような歴史的負の遺産を払いのけ、これと訣別するのはそう簡単でないと思われる。そこで、仮に安倍政権が早期に打倒されなかった場合、今後、善良な国民は、日本政府の唱える欺瞞に満ちた抑圧政策からどのようにして身を守るかということだけが、焦眉の課題となるだろうと思う。

日ロの首脳会談に合わせるように、EU首脳陣が対ロ制裁の延長を表明したことには、上記した以上の意味があって、筆者は、今回のプーチン訪日は、安倍の本心を試すために、日本に対してあえて仕掛けられた一種の罠なのだという気がしてならない。

なぜなら、この度、安倍首相がロシアにすり寄った背景には、日本政府も、あわよくば大陸へ進出して、ロシアと同じように領土を拡張するという利益にあやかりたいという野望が透けて見えてならないからだ。

つまり、安倍が北方領土を取り返すという「夢」を国民の前にぶら下げて、シベリアや北方領土の共同開発に積極的に乗り出そうとしているのは、その実、日本政府の領土拡張政策という悲願の一端を示しているに過ぎず、この政府が真に目指しているのは、かつてと同じように、大陸にまで国土を広げること(要するに侵略)なのだと筆者は考えざるを得ない。

安倍の目が今見ているのは、現実の日本ではなく、かつての「大日本帝国」の抱いていた幻想なのであり、同氏にとっては、現実の北方領土が今どこの国の帰属であるかなど、全く大した問題でなく、大陸へ進出する機会を掴むことによって、かつての軍国主義政権の偽りの夢であった「大東亜共栄圏」の再生へとつながるきっかけをつかむことこそ重要のだと思われてならない。

だから、実のところ、安倍がロシアに肩入れすることによって、擁護しようとしているのは、自分自身の侵略の野望であり、ロシアへの制裁を緩和することによって、解き放ちたいと思っているのは、かつての軍国主義時代の侵略と世界征服の夢なのである。安倍はできれば、ロシアからも北方領土を奪い返したいと思っているが、それがならずとも、まずは北方領土やシベリア共同開発という名目で、大陸進出のきかっけを与えてくれそうなプーチン政権に、味方のようにすり寄り、跪いてでもその機会を頼み込みたいわけである。足がかりさえ作ってしまえば、あとはどうにでもなる、活動しているうちに、いつかその地を我が物として奪い取ってしまえば良いという算段なのであろう。

むろん、ロシアはロシアで、安倍の魂胆は十分すぎるほどに見抜いた上で、したたかに日本を利用するためにやって来たに過ぎない。当然ながら、ロシアは日本に1ミリたりとも領土を割譲してやる気などなく、ただ安倍政権の野望を思う存分に利用して、日本企業を自国の領土開発の都合の良い使い捨て材料として徹底的に利用し尽くすことを考えているだけである。

この両国首脳は腹黒さという点では同じであり、お互いに「友好」、「信頼」、「協力」などの甘い言葉をちらつかせながら、自らの本心を隠して、相手をどうやって騙そうかと虎視眈々と互いに目配せし合っているだけである。

安倍が今回、プーチンを山口に招いてもてなし、経済協力を約束したことを通して、言わんとしているのは、「どのような方法であれ、己が領土を先に拡大した者が勝ちなのですよ、ねえ、ウラジーミル(ちなみに、ウラジーミルという名前は、「世界征服」を意味する象徴的な名である)。ロシアはウクライナとクリミアでは実によくやりましたね。我々はあなたの手腕を高く評価していますよ。だって、あなたのなさったことは、全ての国が自分もやりたいと望んでいることじゃありませんか。それにも関わらず、制裁でそれに答えるというのは、我々も本心では納得できないところです。しかし、これまでにはアメリカの力が強すぎて、我々としても、勇気を持って物申せない部分があったのですが、これからは少しずつこの煩わしい関係を見直して行くことにしますので、もう少しだけ待っていていただけませんか。ここは一つ、提案ですが、本格的に我が国が米国から自立し、貴国と平和条約を結べるまでに成熟する前に、まずはあなた方に支援を約束しますので、その見返りに、我が国にもぜひ新たな出番を与えていただけないでしょうか。あなたの国の豊富な天然資源、広大なシベリアの領土の開発などは、我が国にとっては前々から実に魅力的な投資材料と映っているのです…」

いつまで経っても、歴史に学ぶことなく、自ら墓穴を掘り続ける愚かな政府である。

かつて日本が大陸に侵略を企てたときにも、今と同じように「経済」が謳い文句であった。それは領土の拡張という国家的な野望のためだけでなく、まずは財閥をぼろ儲けさせることをこそ主たる目的に行われたのである。大陸での「開拓」は、要するに、大企業にとっての新たなフロンティアであり、カジノと同じような一獲千金の夢であった。

従って、筆者の目には、現在の安倍政権にとって、北方領土とシベリアに眠る利権を狙ってロシアと経済協力を行うことは、かつてこの国が目指した「大東亜共栄圏」という悪夢を再びよみがえらせるための侵略戦争に向けての初めの第一歩なのだと感じられてならない。

つまり、安倍のプーチン政権への憧れにも似た思慕には、国家主義の復活という夢だけでなく、何よりも領土拡張の夢が込められているものと考えられる。北方領土問題を持ち出したのは、そのきっかけに過ぎないのである。

だから、これから先、日本政府が打ち出すであろうシベリアの共同開発や、日ロ経済協力などといった美辞麗句は、そういう文脈でこそ、とらえなければならない。要するに、それは開発(開拓)に名を借りた侵略の野望の言い換えに過ぎないのであり、日本政府は、ロシアと同じように、無限な膨張拡大を夢見ているのであり、北方領土についても、本心ではロシアの主権を全く認めておらず、今後も認めるつもりがなく、ロシアもこれと同様に、4島を日本に返還する気などさらさらなく、日本の活動拠点とするつもりもないにも関わらず、二つの政府が互いに本心を隠しながら、互いを欺き合って、どうやって利権を餌にちらつかせることで、相手を最大限に利用し、巻き上げられるかを考えながら、「互いの主権を尊重する」といったむなしい絵空事のような空文句を弄して騙しあっているという恐ろしい現実があるに過ぎない。

そこには「友好」もなければ、「信頼」もなく、ただ互いに相手を騙し、食い尽くそうという悪意が存在するだけである。他国の領土に意欲的に開発に出かけて行くことは、いつの時代であれ、侵略の野望を隠し持ってこそ行なわれる行為であり、警戒される。かつての日本軍による「満州開拓」がそうであったように、そういう政策にすすんで巻き込まれた人間を待つものは、破滅以外にはない。

そもそも国家としてこれまで長期に渡る交流の積み重ねも実績もなかったロシアと日本の二国の首脳が、突然、まるで夏休みのキャンプ中に仲良くなった中学生のように、首脳同士の相性だけで、「友情」や「信頼」を言い始めるのは、とてつもなく不気味で、信用ならない事態であり、こういう形での親密さのアピールは、すべて国民を欺くための偽りの舞台演出であって、詐欺のしかけでしかない。このような信頼だの友情だのに見せかけた目くらましの魔法は、必ず、裏切り、騙し討ちの侵略となって本質を現わすだろう。

安倍晋三のような人間は、これまでどの場面においても、誰との関係においても、嘘ばかりを並べて、不誠実な言動を繰り返して来た。ついに米国にさえ不忠実な行動を取り始めたのである。このような人間が、親しさを演出して誰かに近づくのは、ただその相手を食い物にする目的のためだけでしかない。ロシアはそんな安倍には似合いの相手で、安倍がロシアに近づいたのは、ロシアから奪い取りたいという目的あってのことで、プーチンもそれはよく分かっていながら、自分の方が上手であると自負していればこそ、あえてその誘いに応じたのである。こうして、二国の首脳が互いを騙し合い、互いから奪い取るためにこそ、「友情」を演出して、互いを懐に引きつけあっているのである。こういう恐ろしい関係には、決して関わらず、巻き込まれないのが一番である。

これから先、どういう形で日本政府が日ロの経済協力や、極東や北方領土の共同開発を宣伝するのかは分からないが、「行きは良い良い、帰りは怖い」で、政府の打ち出す一獲千金の夢にたぶらかされて、目をくらまされ、その政策に浅はかに踊らされれば、その人間には、以下のごとき愚かしい悲劇が繰り返されるだけだと筆者は予想する。

画像は「満蒙開拓団の集団自決」(季節の変化、2015-08-30)から引用。



右は長野県が作成した「満蒙開拓青少年義勇軍募集」のポスターだが、見るからに知性の感じられない若者の姿を故意に描いたとしか思えない悪趣味な絵である。(シベリアと北方領土の開発利権に内心で涎を垂らす今の安倍の心境はまさにこのようなものではないかと推測される。)

満蒙開拓団とは、かつて日本政府が行った大々的な開拓キャンペーンにより、大陸に移住すれば豊かになれると言われ、一獲千金の夢で心を釣り上げられた日本の農村の貧しい人々が、騙されるも同然に、日本政府が作った傀儡国家としての満州へ国策として移住させられた挙句、第二次世界大戦中、ソ連軍の参戦により同地が戦禍に見舞われると、日本軍によってたちまち容赦なく見捨てられ、地獄の逃避行へ追い込まれ、集団自決などの悲劇へ追いやられたものである。

戦禍の中、かろうじて生き残った人々も、ソ連軍によって強制収容所へ送られたり、家族と生き別れになって、中国人の間で売られたり、働かされたり、現地人と結婚させられたりして、つらい生活を余儀なくされた。山崎豊子が『大地の子』で描いたような中国残留邦人も、そのような中を生きた人々である。

大陸に置き去りにされて、帰国がかなわなくなった中国残留邦人や、ソ連の強制収容所に送られた抑留者の存在があることは、戦後すぐに分かっていたが、中国残留邦人については、1972年9月の日中共同声明による日中国交正常化が起きるまで、中国領内で起きていることの事情は我が国では容易に知り得ず、調査もかなわなかった。日中国交正常化後も、日本政府は、かつて自らが積極的に推進した開拓キャンペーンの悲惨な結果と責任を直視したがらず、政府が中国残留邦人の肉親調査に乗り出したのは、ようやく80年代になってからのことであった。

さらに日本政府に残留邦人と認められて帰国や帰国後の支援を受けるには条件があり、必要な証言がそろわず、残留邦人と認定されず帰国もかなわなかった人々もおり、認定を巡って長期に渡り、日本政府と訴訟となり、裁判によってようやく認められたケースもある。日本政府から残留邦人と認められて日本に帰国しても、あまりにも長い年月、大陸で暮らしていた人々には、日本人としての記憶は薄く、言葉の壁や就労の壁が立ちはだかり、日本人としての暮らしは困難であった。また、中国残留邦人に比べれば数は少ないとはいえ、ロシア領内に取り残され、ロシア人と同化して暮らした人々も存在し、中には、本当にロシア人となって日本人のアイデンティティを捨てて生きた人もいた。

ソ連兵から帰国させると言われて騙されてソ連の強制収容所に送られた日本人は、そこで想像を絶する悲惨な生活を強いられ、実に数多くが飢えと過酷な労働で死に絶え、ようやく帰国しても、世間からアカになったなどと言われて後ろ指を指され、過酷な差別を受けた。

中国残留邦人の存在が80年代には日本の世間の注目を浴びてメディアに盛んに取り上げられたこととは対照的に、シベリア抑留者に対する戦後の補償は、あまりにも長い間、日本政府からも、ロシア政府からも見向きもされず、シベリア抑留者への補償という問題自体が、戦前戦中に「非国民」扱いされて特高警察によって拷問されて死に至らしめられた国民への補償と同様に、長年、差別感情などの中で、タブー視され、深く覆いがかけられ、隠されて来た。

仮に過酷な収容所生活のせいで発生した深刻なPTSDの影響などがあったとしても、彼らが肉体的にも精神的にも受けた苦痛に対する公のケアは全く行われず、抑留生活のために生じた苦しみは、長年、個人が心の内に抱えて耐え続けるしかなかった。そのようなことになった背景には、かつて敵軍の捕虜とされるくらいならば、自ら命を絶つべしと教えて一億玉砕を唱えた日本政府の洗脳の結果、他国の捕虜となって抑留されたこと自体を、国への一種の裏切り行為のようにみなして暗黙のうちに個人の責めに帰そうとする政府の暗黙の考えと、そういう考えに迎合して抑留者の存在をタブー視し、抹殺し、擁護しようとしなかった世間の風潮の影響が根強くあったのではないかと考えられる。

戦後強制抑留者法に基づき、シベリア戦後強制抑留者に対する政府の特別給付金の請求受付が始まったのは、ようやく2010年(平成22年)、民主党政権下のことである。しかも、すでにあまりにも多くの抑留者が亡くなった後のことで、政府の施策としては遅すぎるものであった。おそらく、民主党への政権交代が起きていなければ、未だに抑留者への補償は皆無だった可能性があると思われてならない。

だが、それよりもっと恐ろしいのは、こうして他国の領土で起きた外国絡みの事件で、対外的にも存在が否定できない人々については、まだしも真相解明の努力が行われ、補償の話が持ち上がったものの、たとえば、日本国内で特高警察によって「非国民」の罪を着せられ、拷問を受けて獄死した人々や、隣組の密告に基づき、そのような嫌疑をかけられて殺された人々の遺族などには、今ももって政府からの謝罪や名誉回復はおろか、何らの補償も行なわれておらず、真相究明の努力が一切なされていない事実である。これは非常に恐るべきことであり、日本史の深い闇であるとしか言いようがない。

話を戻せば、侵略戦争はまさに博打のような賭けであり、政府の美辞麗句と甘い儲け話に踊らされて、実現できもしない夢を思い描いて、大陸に赴いた人々は、日ソ中立条約を破ったソ連の侵攻と、都合が悪くなると国民を置き去りにさっさと逃亡した日本軍によって、騙し討ちにされるようにして二重に裏切られ、生き地獄のような環境をさまよわねばならなかった。以下は、Wikipediaの「中国残留邦人」から抜粋しただけの短い文章だが、ここに日本政府の無謀な大陸進出という無責任な夢に巻き込まれた人々が、どんな悲劇に見舞われたのか、その一端を伺い知ることができる。
 

1931年9月18日以降の満州事変後、直ちに日本は清の最後の皇帝である溥儀を担ぎ出し、旧満州(現中国東北部)で満州国をつくった。建国と同時に満州事変以前より提唱されていた日本の内地から満州への移住(満蒙開拓移民)が実行され、日本は1936年の廣田内閣の計画では500万人、実数では32万人以上の開拓民を送り込んだ。

移民が大規模になった背景には、アメリカ合衆国発の世界恐慌の影響を受けて発生した昭和恐慌によって、当時の日本の地方の農村地域は疲弊と困窮をきわめていた事にある。娘を身売りさせる家が続出し、窮乏生活を送らざるを得ない農業従事者は強い移民志向を持っていた。

第二次世界大戦末期の1945年8月に日本と中立条約を結んでいたソ連が同条約の一方的破棄を宣言し、8月9日、ただちに中国東北部(満州国)への侵攻を開始した。これを既に予測していた関東軍は民間人よりトラックや車の徴用を済ませ、列車も確保した。軍人家族らはその夜のうちに列車で満州東部へ避難できたが、翌日以降に侵攻の事実を知った多くの一般人や、遅れをとった民間人らは移動手段もなく徒歩で避難するしかなかった。国境付近の在留邦人のうち、成人男性は関東軍の命令により「国境警備軍」を結成しソ連軍に対峙した。避難民はおのずと老人や婦人、子供が多数となった。

ソ連侵攻と関東軍の撤退によって満州における日本の支配権と、それに基づく社会秩序は崩壊した。内陸部へ入植した開拓民らの帰国は困難を極め、避難の混乱の中で家族と離れ離れになったり、命を落とした開拓民も少なくなかった。遼東半島にソ連軍が到達するまでに大連港からの出国に間に合わなかった多くの人々は日本人収容所で数年間にわたり収容、帰国が足止めされた。収容所での越冬中に寒波や栄養失調や病気で命を落とす者が続出した。1946年(昭和21年)春までその帰国をソ連が許さなかった為、家族離散や死別の悲劇がここにも生まれた。この避難のさなかで身寄りのなくなった日本人の幼児は縁故または人身売買により現地の中国人の養子(残留孤児)に、日本人女性は同様に中国人の妻となって生き延びることになった(残留婦人)。


かつて日本政府が抱いた侵略の野望は、大陸諸国の人々に深い苦痛と悲劇をもたらしたのみならず、日本人にも、数えきれない悲劇をもたらした。だが、安倍晋三の主張を通して、まるでその悲劇が、何の反省もないまま、現代によみがえろうとしているかのようである。かつての歴史の反省も不十分なままに、今度は「行け、北方領土!! 目指せ、シベリア開発、日ロ経済交流の発展の夢!!」といった軽はずみなスローガンを唱えて、またもや政府が企業の尻を叩いて金儲けを目的にシベリア開発に参入させるつもりなのであろうか。

これまで政府が後押しするまでもなく、日ロ経済交流を目指した企業はいくつもあったが、結局、そういう業界が栄え、ロシア企業との密接な信頼関係を構築することはほとんどと言って良いほどなかった。それは、ロシア独特の様々な制度的弊害がビジネスの障害となって立ちはだかって来たことの結果でもある。さらに、ロシア人には歴史的に約束を守らない国民性があり、これまでプーチン大統領が会談の約束を守らなかったことも、一度や二度ではないと言われる。このような国民性は、日本人の常識から見ると、全く考えられないものであり、ロシア人の常態化したルール違反と、法外に煩雑化された法律上の手続きは、日本人の想像を超えており、日ロのビジネスの発展にとって極めて有害な阻害要因となって来た。

そうしたことに加えて、ロシアが以上に述べた通り、ソ連崩壊後も、日本人のシベリア抑留者に対して何の補償も行なっておらず、中立条約を破っての参戦という歴史の総括も行なわず、ソ連時代に抑圧した自国民や他国民への補償問題を棚上げしたまま今日に至っていることが、日本人のロシアという国に対する負の感情を醸造する大いなる原因となり、信頼関係の構築を妨げて来た。自国にとって都合の悪いことは歴史的過去であっても認めようとはせず、決してこれを謝罪することも責任を負うことも補償することもしない、このような体質の国と友情や信頼は育めないと考えるのは、日本人の自然な国民感情である。

だから、このような政治状況では、今後も、日ロ関係が活発化するとは思えず、大企業であっても、中小零細企業がこれまで幾度となく阻まれて来た壁を超えるのは困難であろうと筆者は予想する。たとえこの先、北方領土で、あるいはシベリアで、日本人とロシア人の自由な行き来が出来るようになり、共同経済開発が行われたとしても、それだけでは、ロシア人を日本人が信頼するには早すぎるのであって、それだけでこれまで培われなかった信頼関係が突如として生まれるようなことは、決して今後も起きないであろうと言える。

今回、ロシアとの信頼関係が長い時間をかけて構築されるよりも前に、北方領土や極東シベリアにおける経済協力を日本政府が自らロシアに申し出たことは、北方領土に対してロシアの統治権を認めることに等しい敗北であるばかりか、それはさらに日本人をロシアの国益のために、自国の法の及ばない領土に向けて差し出すことを認めたも同然である。自国の法の保護外に出た人間は、単なる外国人であり、いざ政変が起きれば即、難民にしかならない。

そういうあいまいなゾーンで、これら二つの国がこれからやろうとしていることは、どこからどう見ても、シベリア抑留の時代とさほど変わらない日本人に対する無責任な騙しと搾取でしかないように筆者には見受けられる。

とにかく、国際社会におけるロシアへの扱いが今後どのようなものになるのかさえ、まだ分かっておらず、ロシアへの不安材料が山積みになっている今のような時に、やれロシアとの信頼関係の構築だの、経済協力を申し出るだの、安倍の主張していることはまるで正気の沙汰ではない、と言わざるを得ない。経済協力は、領土問題に決着がつき、平和条約が締結されてから、その後、考えてみても良いことであって、それが領土返還や、平和条約締結のための前提条件のように差し出されるのは異常である。

そのようなことをやっていれば、平和条約の締結という言葉で、今後も無限にゆすられ、たかられることになるだけである。そもそも、平和条約の締結の対象外である国と、どんな協力関係があり得るのか、それ自体が笑止千万であり、平和条約の締結がなされて来なかったのには、それだけの理由があることを考慮せねばならない。にも関わらず、平和条約締結がないことを「異常」とみなして、これを日本側からの積極的な歩み寄りの努力によってのみ解決しようと主張すること自体が、すでに常軌を逸した発想であり、狂気の沙汰としか言いようがない。

そういう転倒した理屈になるのは、結局、安倍政権の本当の狙いが、ロシアとの信頼関係の構築などにはなく、要するに、カネと利権に目がくらまされて、大陸進出という悪夢に再びうなされて飛びつこうとしているだけだからである。開発、協力といった美名の裏で、領土拡張の野心を燃やし、再び、一獲千金の夢で人の心を釣り上げて、安全の保障のない危険な地域に国民を送り出し、一山築こうと考えているから、そうなるのであって、他国との友情や信頼などは騙しの口実に過ぎない。政府のそうした騙しの手口は、戦前から今に至るまで何ら変わっていないと言えよう。

繰り返すが、本当は北方領土も奪い取ってでも取り戻したいという本心を隠したままで、口先だけ友好や協力を申し出ることで、他国に味方のように近づいて行く、そんな不誠実で下心の見え透いた政策が功を奏することは絶対にない。そんな提案を受け入れる方も、提案した側にまさる悪魔なのである。はっきり警告しておくが、このような政策はしたたかに裏切られて終わるだけで、善良な国民はこの手の未来も希望もない儲け話に決して巻き込まれるべきではない。

実のところ、ロシアとの経済協力もまた、アベノミクスの失敗を糊塗するためににわかに作り出された新たな幻想に過ぎない。失敗の上塗りに過ぎないので、すぐに成果なしに行きづまるであろう。我々は、満蒙開拓団が集団自決させられた事実や、ソ連軍が日本人を強制収容所に送ってただ働きさせたという恐るべき歴史的事実に学ぶべきである。そういう過去から目を背け、新たに領土を開発するなどといった夢のような儲け話に乗った人々は、命を脅かされ、殺されて死ぬだけである。

だから、今、北方領土を材料にして、目の前に新たなフロンティアという餌をぶら下げられて、国民が見せられているのは、かつて大日本帝国の抱いた野望と同じ、大陸侵略の悪夢であることに気づくべきである。友情だとか、協力だとか言ったきれい事の甘言はみなその野望を隠すためのカモフラージュである。

シベリア抑留という歴史の清算さえできない国と、共同経済開発など絶対にあり得ないことであるが、そのあり得ない事柄を日本政府がやるというのだから、それは第二の抑留にしかつながらないのは明白である。日本政府とロシア政府の両者によって、日本国民が再び騙され、見捨てられ、シベリアで命を落とし、あるいは戦禍に巻き込まれ、命を脅かされる悪夢が再び近づいているのである。

安倍は南スーダンだけでなく、世界各国で自国民を紛争に巻き込み、殺したいのであろう。だからこそ、わざと危険な国にばかり国民を差し向けて、自ら人の命を売ろうとするのである。数えきれない人々が、このような政府の唱える偽りの夢に欺かれて命を落としたという過去の歴史の苦い教訓を、善良な国民は決して忘れるべきではない。歴史を直視せず、都合の悪い過去には蓋をして、全て無かったことにする現在の日ロ両政府が唱えていることは、共に甚だしい虚偽でしかない。彼らの語る夢は、どれもこれもむなしい偽りの幻ばかりでしかなく、彼らの行く道は、詐欺師や盗人や殺人者と同じ道であり、彼らが口先で弄する美辞麗句に欺かれて、その背中につき従った人々を待ち受けるのは破滅だけである。

悪人と詐欺師とは人を惑わし人に惑わされて、悪から悪へと落ちていく。
しかし、あなたは、自分が学んで確信しているところに、いつもとどまっていなさい。
(Ⅱテモテ3:13~14)


わが子よ、悪者があなたを誘っても、それに従ってはならない。
 彼らがあなたに向かって、
 「一緒に来なさい。われわれは待ち伏せして、人の血を流し、
 罪のない者を、ゆえなく伏してねらい、

 陰府のように、彼らを生きたままで、のみ尽し、健やかな者を、墓に下る者のようにしよう。
 われわれは、さまざまの尊い貨財を得、奪い取った物で、われわれの家を満たそう。
 あなたもわれわれの仲間に加わりなさい、われわれは共に一つの金袋を持とう」
 と言っても、
わが子よ、彼らの仲間になってはならない、
 あなたの足をとどめて、彼らの道に行ってはならない。

 彼らの足は悪に走り、血を流すことに速いからだ。
 すべて鳥の目の前で
 網を張るのは、むだである。

 彼らは自分の血を待ち伏せし、自分の命を伏してねらうのだ。
 すべて利をむさぼる者の道はこのようなものである。
 これはその持ち主の命を取り去るのだ。
」(箴言1:10~19)



・ソ連の末期状態との類似性――いよいよカルト化・反社会化して、凶悪さをむき出しにする安倍政権――

安倍政権はいよいよ断末魔の状態にさしかかっているように見受けられる。この政権のやることなすことすべてが支離滅裂・あからさまな反社会的・国民蔑視・愚弄の抑圧政策になっている。

憲法改正や、緊急事態宣言など、この政権が実行を目論む凶悪な政策は、これからが本番とはいえ、あまりにも政治の劣化が激しいので、いよいよ体制の崩壊が近いのかも知れないと感じられる。まさに国家のメルトダウンが起きている。

戦後、本来ならば、もっと早くに倒されていなければならなかった体制が、そのまま温存された弊害がいよいよ誰にも無視できないほどに明らかになって、真の意味での体制転換の日が迫っていると見られる。

ソ連はチェルノブイリ原発事故後、そう長くは持ちこたえられなかった。ゴルバチョフが推し進めたペレストロイカ、グラースノスチによって世に出たスターリン時代を含むソビエト体制の暗黒時代の政府の機密資料の存在が、ソ連の体制の信頼失墜の決定打となり、崩壊を導いたことは疑いがないが、それに加えて、チェルノブイリ原発事故の悪影響をソ連政府が隠蔽し続けた悪影響も、相当に大きかったことであろう。

ソ連に限らず、理念を失った国家は滅亡する以外に道はない。戦前の財閥と天皇家の血縁と肥大化した官僚機構に支えられる現在の日本の国家体制が辿りつつある道は、古代ローマ帝国の崩壊や、ソ連崩壊を彷彿とさせる、内側からの道徳的腐敗・腐食による国家のメルトダウンである。

この政府の終わりは存外に早く来るかも知れない。今、国会を蹂躙している政権与党は、力が尽きるまでやりたい放題のことをするであろうが、彼らの拙速すぎる愚かな行動が、報われる日は来ないと思う。

景気が回復しないのに、国家公務員の給与やボーナスだけを政府がずっと引き上げ続けて、官僚のご機嫌を取っている近視眼的な策も、政府の寿命をさらに縮めるだけであろう。

福島原発事故にかかるコスト、さらにオリンピックによって生じる多額のコストも、急速な人口減少とあいまって、国家財政の赤字化に急速に拍車をかけるであろう。

ここに一つの予測を述べておくと、2020年を境に、この国の人口バランスと財政状態は目に見えて急速に悪化するものと思う。従って、公務員の給与引き上げなどは、あと二、三年もしないうちに、タブーとなるものと思う。そして、この国の行政府は、全体が、間もなく夕張市のような縮小の末路を辿ることになる。

だから、国民は、劣化する政府のまやかしの言辞に全く希望を託すことなく、今から自存できる方法を探しておくに越したことはない。遠からず、今のような政府の形態は終焉を迎えることになるだろう。そうなれば、組織や団体にすがってしか生きられない人々が、真っ先に難民化することになる。

国内の足元の土台が崩れ始めている時に、防衛費を拡大し、戦争に前のめりになっても、労働力と食糧さえまともに自給できないこの国に戦争の遂行が無理であるのは、すでに70年以上前に立証済みである。我が国には戦争に長期に渡り持ちこたえられるだけの体力も知恵もない。経済活動においても原則は同じであり、国内で需要を満たせない分、野心を抱いて海外に進出すれば、情勢の悪化に伴い、撤退を迫られたり、社員が現地に取り残されて帰国できなくなるだけである。


・リゾート法の二の舞となるであろうカジノ法案――20年と経たずに次々と破綻したテーマパークの前例――
 
さて、カジノ法(案)については、政府与党は、参議院での採決を延期するか、省略するかして、国民の目を欺き、国民感情が冷めてから実行に移せば何とかなると考えていると思われるが、現実はそれほど甘くない。

国会で拙速に法案を通したとしても、その後、カジノ法には、予想もしなかった様々な障害が持ち上がり、結果として、近道をしたはずが、最も遠回りになるだけであろう。

そもそもカジノなど、原発と同じで、いざ立地となれば、強硬な住民反対運動が起きることは目に見えている。
 
自分の住む街を、一攫千金の夢に騙されて賭けに負けた、人生のうらぶれた敗残者たちが、夜な夜な当てもなくうろつくような、恐ろしい界隈にしたいと願う住人は一人もいない。

どんなにIRに建設されるのはカジノだけではないと役人が念を押しても、住民は「今のままで十分」、「怪しげな大人たちにウロウロされたんじゃ、子供を連れて散歩もできなくなる」、「治安が悪くなり、地価が下がる」などと言って反対することだろう。

カジノ建設を巡っても、原発建設の場合と同じような、建設反対派と賛成派とによる住民同士の分断や、長期に渡る反目が助長されかねないことだけでも、すでに今から大いなる負の懸念材料である。

さて、「「巨大カジノ」で日本経済は本当に良くなるのか?」(静岡大学人文社会科学部教授 鳥畑与一 YOMIURI ONLINE 2016年11月07日 11時43分)などの論稿を参照しても、改めて、カジノを誘致して栄えた都市は基本的に世界にはないのだ、と思わざるを得ない。

カジノ大国の米国でさえ、
  


カジノによる繁栄の象徴であったアトランティックシティ(ニュージャージー州)が、カジノ収益の半減により、12あったカジノのうち、5つが閉鎖し、市経済が破綻に瀕している。ミシシッピ州の貧しい街がカジノで再生し、「チュニカの奇跡」と称賛されたカジノ街・チュニカも同様である


という状況であり、世界では希少なカジノ誘致の成功例のように言われるシンガポールでも、国内客のカジノ利用は厳しく規制されている。つまり、シンガポールのカジノは主として外国客向けで、国内客が集まらないおかげで、ようやく治安と依存症対策が保たれている様子である。

だから、もともと観光を主産業としているわけでない日本にカジノを建設してみたところで、外国客だけを最初からターゲットに絞るのは極めて困難と思われる。複合型施設というのであれば、なおさらのことである。従って、日本にIRを建設し、これを日本人客向けに経営すれば、結局、日本人の利用客を対象として見込むことになるが、この娯楽は日本人の従来の生活観・道徳観になじまないので、客足が遠のいて米国の二の舞となり、カジノは早期に破綻し、街の活性化にはつながらず、ただ治安が悪くなるだけに終わることは目に見えている。

カジノ法案は、かつてのリゾート法を彷彿とさせるが、カジノも、経営戦略においては、他の娯楽施設とそう大きな違いはないはずである。

かつてバブル期の87年に「総合保養地域整備法(通称リゾート法」が成立した。これに基づき、全国に無数のテーマパークの建設ラッシュが相次いだが、そのほとんどが、わずか20年も経たずに経営破綻したという事実に、大型娯楽施設の経営の難しさがよく証明されている。

次のサイトに掲載されているだけでも、リゾート法成立後に建設され、破綻(閉園)となった有名どころのテーマパークはこれほど数多く存在する。(紫字はすでに閉園済)。

倉敷チボリ公園の閉園や、ハウステンボスの経営破綻などは有名な例だが、リゾート法に後押しされて、国内客を当て込んで建設されたテーマパークは、その9割近くがすでに閉園となり、しかも、カジノの場合は、対象客が絞り込まれておらず、需要が明白でない上に、他の娯楽施設にはない弊害が「負のおまけ」として着いて来る。
 

長崎オランダ村(開園1983年、閉園2001年)
ハウステンポス(開園1992年、2003年破綻)
グリュック王国(帯広市 開園1989年、閉園2003年)
カナディアンワールド公園(芦別市 開園1990年、閉園97年)
志摩スペイン村(三重 開園1994年、2006年経営再建)
レオマワールド(丸亀市 開園1991年、2000年閉園)
呉ポートピアランド(呉市 92年開園、98年閉園)
柏崎トルコ文化村(柏崎市 96年開園、2001年閉園)
ナムコ・ワンダー・エッグ(1992年開園、2000年閉園)
シーガイア(宮崎 開園1994年、2001年破綻)
ワイルド・ブルー・ヨコハマ(開園1992年、2001年廃園)
鎌倉シネマワールド(95年開園、98年閉園)
富士ガリバー王国(上九一色村 97年開園、2001年閉園)
アジアパーク(熊本県荒尾市  93年開園、2000年閉園) 
チボリ公園(倉敷市 97年開園、2001年経営建直し、2008年閉園)
スペースワールド(北九州市 90年開園、2005年破綻)
新潟ロシア村(1993年開園、2003年閉園)
フェスティバル・ゲート(97年開業、2004年閉業)
ネイブルランド(大牟田市 95年開園、98年閉園)
伊豆長岡スポーツWワ-ルド(伊豆の国市、88年開園、96年倒産 )


かつてのリゾート法の反省もないままに、またぞろ過去と同じような政策を打ち出して来るのだから、よくよく過去の総括ができない愚かな政府である。

リゾート法とカジノ法案の抱える問題の類似性は、どちらもが、地元の歴史や伝統に根差した独自性のある産業の育成に力を入れず、外国からの借り物に過ぎないノウハウを使った娯楽施設を一朝一夕で建設し、短期間で一獲千金を狙うという安易な発想と、地域産業の活性化を国が主導・管理しようとする越権行為である。

早い話が、地域の活性化に名を借りて、国が大規模な建設需要を作り出して、手っ取り早く土建業者に利益を渡すための癒着の仕組みである。地元を犠牲にした利権にまみれた儲け話だから暴走しているのである。

安倍首相はカジノで雇用が創出できるなどと吹聴しているようだが、カジノを使わなければ創出できない雇用など、なくて結構である。売春宿に雇用されていることが、人にとって何の誇りともならないのと同じように、人様の不幸を踏み台にしてまで、自分だけが雇用にありつくことを、人に平気で願わせるような仕組みはこの国に必要ない。そんな「就職」がカタギの人間の人生にとって誇りとなり幸いをもたらすと思っている人間はすでに気が狂っている。

それにしても、市場原理主義もここまで行き着くいたのかと思う末期状態である。もともと金儲けが全てという価値観を教育現場にまで持ち込み、学校時代から、級友を出し抜いて、自分だけがテストで良い点数を取り、受験競争を勝ち抜いて、良い学校へ進学し、エリート官僚になり、エリート企業に就職して、上級国民の仲間入りすることだけを隠れた「国是」とするような、歪んだ教育システムを普及させ、国民の間に無駄に競争を煽った結果がこれである。

国民同士が互いを騙し合い、踏みつけ合い、食い合ってでも、人の弱みを利用して、他者を最大限不幸に追いやりながら、自分一人だけ、利益を得て甘い汁を吸い、勝ち残りさえすれば、人生の「勝者」だというわけであろう。

こんな悪魔的な競争からは、早期にリタイアするに限る。

カジノ法のようなものを放置していれば、次なる儲け話として、今度は国際的な大規模売春施設のビジネス展開やら、福島原発における廃炉作業や、自衛隊のかけつけ警護などを含めた、「現代の特攻・人材派遣ビジネス(実質的な人身売買)」などといった話も出て来よう。

戦前・戦中もそうであったが、人々の経済難・就職難という不幸を悪用して、人間を死出の旅路に赴かせる「人材派遣業(人身売買)」が隆盛を極めるのであろう。

我が国政府は、戦前・戦中も、国民の犠牲の山を作り出し、これを踏み台として、蓄財の根拠とすることにしか関心がなかったのである。その体質は今日に至るまで変わらない。

地方は、これ以上、地元の活性化という自分たちの大切な仕事を、この悪魔的な日本政府に奪われるべきではないだろう。地方の成長には、中央集権化された政府のマニュアルは必要ない。何百年間とそこに暮らす人々の間に受け継がれて来た地の利に関する知識や、伝統産業の技法や、地元の人々の自主的な暮らしの中で得られた知恵と工夫によって、生き延びる策は見つかるはずだ。それは外国から輸入することによって補いうるような紛い物のにわか知識ではないはずである。

大体、人間が自分の頭を使ってきちんと物事を考えなくなり、安易なマニュアルに頼って一獲千金の夢を目指し、それによって経済成長を成し遂げることができると考えるようになれば、そんな人間はもうおしまいであり、そういう考えの地域は真っ先に衰退して滅びるだけであろう。ギャンブルに手を出す人間も、そんな「ビジネス」に頼って産業を活性化できると考える面々も、どうかしており、共に気が狂っている。結局は両者共に同じ穴の狢で、悪魔的破滅へ落ちて行くだけである。関わらないのが一番である。


・各種の目くらましの反政府運動――SEALDsの人工芝・ネームロンダリング・政治資金規正法違反疑惑――

さて、少し遅くなったが、色んな場所で以下のビデオが拡散されていたので、ここにも貼り付けておきたい。

御用メディアと新聞がもはや人々に飽きられて見向きもされなくなってしまった中、アーティストによるこのような「抵抗運動」は、今後ももっと増えて来るものと思われる。もともと芸術には真の犠牲に裏打ちされた迫真性がなければ、決して人々に支持されることはない。

長渕剛について筆者は今は何とも言えないが、各人の抵抗がどれだけ本気であるかは、その生き様によって裏付けられるだろう。中島みゆきのように、ある程度までは、はみだし者・反骨精神のアーティストとしてかなり良い線を行きながらも、団塊の世代の代弁者として高度経済成長などの国策に沿った歌を作り、最終的には国策及びメディアと合体してしまうのか、それとも最後まで反骨精神のアーティストとして残るのか、興味深いところである。


【長渕剛】FNS歌謡祭 初出演!『魂の叫び〜乾杯』(2016/12/07... 投稿者 happy274

ただし、LITERAの解説「長渕剛がFNS歌謡祭でワイドショーや歌番組を真っ向批判! 凍りつくフジ、『とくダネ!』は長渕映像を封印」(2016.12.08.)を読むと、長渕剛は反安倍政権デモの学生団体SEALDsを支持していたようであり、この点はいただけない。

SEALDsについては、すでに色々なところで疑惑が表明されており、その中でも最も有力な説はこれが草の根反対運動に見せかけだけの「人工芝運動」であるということである。以前から当ブログでも、この学生運動は、体制側によって巧妙に仕組まれた偽りの運動に過ぎないという見解を示して来た。

特に、信仰者の立場からあえて言わねばならないことは、聖書に基づくキリスト教信仰と、組織としてのキリスト教界は全く別物であり、キリスト教界(関係者含む)は偽善にまみれて腐敗した組織となっているため、キリスト教界とその関係者から出て来る「善良そうに見える弱者救済運動」は、特に内容を疑ってみる必要があるということだ。

SEALDs代表者の奥田愛基氏の父奥田知志氏は、すでに述べた通り、ホームレス伝道という弱者救済事業に従事する牧師であるが、奥田牧師の弱者救済思想の理念をつぶさに見て行けば、それが極めて聖書から離れた、牧師にふさわしくない異端的な思想であることは、すでに記事の中で明らかにした。

そもそもキリスト教は、聖書の神の御言葉に基づく信仰による救いという、目に見えないパンを人々に紹介することを第一義的課題としており、これは経済困窮者に地上のパンを与えることを主たる目的とする弱者救済の思想や社会活動ではない。にも関わらず、目に見えないパンと、目に見える地上のパンの優先順位を逆にしたとき、それはたとえどんなに人間の目や耳に優しく心地よく響いても、もはやキリスト教ではない悪魔的な思想へと変わって行くのである。

こうした見地に立てば、奥田牧師は真の信仰者でなく、キリスト教徒に見せかけた非キリスト教思想の持主であり、愛基氏は幼い頃からホームレス伝道にのめりこむ父親の悪影響を受けて、自身が深い孤独や絶望を経験したにも関わらず、父親の活動の欺瞞を批判することなく、むしろ、これを継承し、同じ手法によって、弱者の弱みにつけ込み、救済者のような役を演じることによって、世間の注目を浴びて有名人となった。愛基氏の活動は、キリスト教のホームレス(路上生活者)伝道の手法から宗教色を除き去り、対象者を路上デモ者に置き変えただけのものである。

SEALDsはこれまで幾度も名前をころころと変えては活動を行い、現在は、Re:DEMOSと改称している。奥田氏が2011年の震災後に主宰した政治団体だけでも、TAZ、SASPL、SEALDsといくつも名称が変わっている。

これほど短期間で頻繁に名称を変えねばならない理由は不明であり、特に、SEALDsが何の目的達成もされていないのに、昨年8月15日という時期に解散した意味も全く不明であり、その解散前に、この団体に対する政治資金規正法違反の疑惑が浮上していた事実は見逃せない。

SEALDs、政治資金規正法違反の疑惑浮上…違法な手段で寄付募集や政治活動か」(BUSINESS JOURNAL 2016.06.27)などを参照。

結局、SEALDsの解散は、政治資金規正法違反の疑惑から世間の目をそらすための目くらましであった可能性があり、その意味で奥田氏の度重なる政治団体の改称は「ネームロンダリング」とも揶揄される。

筆者は当ブログにおいて、ペンテコステ運動に属する似非キリスト教の教団である日本アッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団の(牧師でもない)信者の鵜川貴範氏が、幾度も幾度も名前を変えて、経歴を詐称しながら、自分のミニストリーを開いて来た過去があることを指摘した。

鵜川貴範氏に限らず、そのような方法は、ペンテコステ運動の偽指導者の使う常套手段である。この似非キリスト教運動は、短期間で、次々と新たな「自称預言者」を生産しては、社会的弱者などを旗印に使って、お涙頂戴の物語を提示し、指導者に派手なパフォーマンスを伴う新種のミニストリーを打ち出させることで、信者から金を巻き上げるプロの宗教詐欺である。

ペンテコステ運動の指導者らは突然、どこからともなく現れて、人目を引く派手なパフォーマンスを行い、弱者救済の理念を打ち出して、人々の同情や共感を巧みに引き出しながら、その間に集金活動にいそしみ、短期間で大量の献金を募って姿をくらますのである。しかも、鵜川氏に見るように、指導者としての訓練さえ受けていないたった一人の信徒が、生涯に渡り手を変え品を変え、このような詐欺的な活動を繰り返す例もある。

奥田愛基氏の行動は、こういう偽りのキリスト教徒の用いる方法を彷彿とさせるものである。

しかも、ペンテコステ運動の詐欺師と呼ばれて差し支えない宗教指導者の多くは、社会的マイノリティの出身であったり、元ヤクザや、病者や、自殺志願者であったり、過去に何かしら不幸な体験や生い立ちを抱える「いわくつきの人間」であることが多い。

そうした人々が自分の負の体験や生い立ちを売り物にして、自らを「社会的弱者の代表者」のように見せかけ、人々の被害者意識と一体化し、同情票を得ながら、集金活動を行う。奥田氏の活動はその点もよく似ている。

多くの日本人は、弱者救済に見せかけた偽りのお涙頂戴物語を疑うことができないので、これが詐欺の仕掛けであることをも見抜けず、自分の代わりに抗議の声を上げてくれそうな誰かに安易に期待しては、資金を託そうとする。

だが、こうして自分自身は声を上げずに、今まで通りの生活を送りながら、自分の代わりに疑問を代弁してくれそうな誰かに期待を託した時点で、裏切られることはすでに決定済だと言えよう。

そのことは、川内原発の再稼働反対を訴えて当選したはずの鹿児島県知事三田園氏の「変節ぶり」からも見えて来る。同氏の変節は選挙当選直後から始まっていたようである。

【三反園ショック(上)】「原発ばっかり、答えようがない」 当選後、報道陣振り切る三反園氏…九電「元の木阿弥」募る懸念」(産経WEST 2016.7.12 07:36更新)

三反園鹿児島県知事の正体(上) 」(ニュースサイト ハンター 2016年10月11日 11:10 この他にも一連の記事あり)などを参照されたい。

同じことが、翁長知事にも当てはまる。翁長知事は「辺野古に基地を作らせない」ことを公約に掲げながらも、その行動を見れば、結局、基地建設を容認する側に回るであろうという予測を、植草一秀氏が何度も訴えている。

筆者は、これまで幾度か、沖縄の基地問題について、記事を書こうとしたが、その度ごとに思い起こされるのが、沖縄のキリスト教界におけるカルト被害者問題であった。

筆者にはどうしても沖縄の人々を一方的な被害者として描くことはできない。筆者は当ブログにおいて、上記した通り、似非キリスト教であるアッセンブリーズ・オブ・ゴッド教団において、キリスト教界において被害を受けたとする「カルト被害者らの救済活動」を主導する村上密牧師が、どれほど危険で信用ならない人物であるか、再三に渡り、書いて来た。

だが、沖縄のカルト被害者の一部は、同牧師の信用できない人柄を筆者以上によく知っていながら、それでも公然と反対の声を上げないのである。沖縄には村上氏の統制が本土以上に行き届いており、反対者は即座に報復を受けるというのが理由であった。

これを知った時、筆者は何と臆病なことかと思うと同時に、直観的に翁長知事のことが頭をよぎった。沖縄の人々は、自分たちの問題を手っ取り早く解決してくれそうな政治的リーダーに安直な期待を寄せるという受け身の生き方を未だやめられないのかと思ったのである。

リーダーに欠点があることを知っていても、それでもまだ自分ではない誰かに自分たちの「被害」を代弁してもらおうというナイーブで依存的なものの考え方をしている限り、きっとこれからも騙され続けるだろうという気がしたのである。

 これはあながち厳しすぎる書き方とは言えない。それは筆者自身が、キリスト教界において「神の代弁者」をきどる牧師やパスタ―などといった人種がどれほど不誠実で信頼ならない私利私欲にまみれた偽善者であるかを軒並み見続けて来たことから来る直観的な確信である。

政治家も宗教家も、騙しのテクニックはみな同じで、人が自分に関する極めて深刻重要な問題の解決を、自分ではない誰かに全権委任し、その人間が善意によって自分の要望に都合良く応えてくれるだろうと期待し始めた時点で、敗北はすでに始まっているのだと言えよう。

沖縄の独立という問題は、日本全体の独立とも深くつながる精神的には一つづきの問題だと筆者は考えるが、この問題が長引いている背景には、人々の弱みを利用し、依存心につけこむ悪なる権力者たちの存在があるだけでなく、そうした欲深い権力者の正体を見抜けず、彼らに自ら期待を託そうとする人々の愚かさという問題がある。

人間の真の自立は、目に見える人間のリーダーへの安易な依存や期待を捨てて、まず、自分の抱える問題を、誰にも明け渡さず、ただ自らの力だけで解決してみせるという意気込みを持たない限り、決してやって来ることはない。自分の抱える問題を他者に解決してもらおうとしている限り、その人間は自立のスタートラインにさえ立てないと思われてならない。

SEALDsにも全く同じことが言える。人々がこの団体に希望を託そうとするのは、自分にはできないことを彼らが自分に代わって成し遂げてくれるという期待からである。この団体を支援する人々の心理は、慈善事業への支持とほぼ同じで、要は特権階級による一種の罪滅ぼしである。
 
若者だから、話が巧みだから、勢いがあって、純粋で善良そうだから・・・、そんなうわべは、彼らが信用できる人間だという何の根拠ともならない。いつの時代も詐欺師ほどパフォーマンスは巧みなのである。

奥田愛基氏のように、2015年以前にはほとんど注目されていなかった若者が、何のバックアップなしに独力でメディアで注目される活動を行うことは、まず無理なのだという事実に気づかなければならない。メディアに好意的に取り上げられていること自体が、すでに十分な疑いの根拠になりうる。以下の画像は、「元SEALDS政治資金規正法違反、カンパの使途不明、収支報告非公開、資金源についての調査1」M.x.file (2016/9/21(水) )から転載したものだが、このような広告を朝日新聞の前5段に載せるには、定価ベースで1500万円の資金が必要となるという。

この不況下で、求人広告さえ有償で出せない中小企業も多い中、学生団体に過ぎないものが、このような高額な広告を出し、それが社会に容認されていること自体、随分、おかしな話であると、多くの人々はなぜ疑わないのか。こんな広告が出せるなら、SEALDsがカンパを募らなければならない必然性はもとよりないと言えよう。にも関わらず、「学生の善意と借金で運営されている」などとアピールして、しきりにカンパを募り、しかも、そのカンパさえ、政治資金規正法違反の疑いが濃厚というのだから、こんな団体のどこに透明性・信頼性があるだろうか。

よくよくダブルメッセージが大好きな連中であると思う。美しい謳い文句だけを掲げて、この国が民主主義国家であるかのように見せかけて、人々を酔わせておいて、本質的に重要なアクションが何であるかを人々に見失わせ、人の目を欺いて、正反対の結果を導くのである。

「断固、ブレない、TPP反対」などと言っていた連中と全く同じ手法である。目下、我が国の民主主義は立ち止まり、機能停止の上、死に瀕している。SEALDsが民主主義の前進の何の役に立ったというのか。言っておくが、歴代首相のすべてが天皇家の血縁だという事実だけを見ても、我が国はもとより民主主義国家ではないことは誰の目にも明白である


イメージ 1
 (この新聞広告が出せる団体は大企業に匹敵する。カンパの必要はない。)



・死者が大好きなオカルト政府とオカルト信者の安倍晋三による
真珠湾の死霊詣で

さて、この度、突然に発表された安倍晋三の真珠湾訪問について、これをサプライズ外交だなどともてはやすメディアはともかく、なぜ、今、真珠湾なのか。日本人の多くは突如、発表されたこの訪問について非常に不気味な印象を覚えている。

安倍のパールハーバー訪問は、まずは拙速なトランプ詣でに対して抗議を申し入れたというオバマ政権からのお仕置きのためのお詫び行脚の要求であった可能性が高いが、そうでなくとも、政治的に過去の出来事が引き合いに出される時には、いつでも現在の出来事と同時進行するものとして、二重のコンテクストを持つ。

安倍の他ならぬこの時期のパールハーバーへの訪問は、南スーダンへ自衛隊の派遣が行われたことなどともおそらく無関係ではあるまい。

つまり、この訪問は、これから先、自衛隊を軍隊に昇格させて「お国のために」命を捧げる人間たちを英雄化したいという安倍の野望に、米国の側からしっかり釘を刺す機会として利用されるものと思われる。もしも日本がこの先、軍国主義の復活を目指して、米国の指示に一歩でも先んじて暴走しようとするならば、何度でも同じことが起きるぞ、という警告である。

だから、安倍の今回の真珠湾訪問は、自衛隊の任務が着々と拡張されつつあることに対する米国からの牽制の意図があると受け止められる。70年以上前の日本軍の”罪過”を今再び蒸し返すことで、安倍の国家主義の暴走に釘を刺しているのである。

だが、それだけではない。兵頭正俊氏は、この訪問は、オバマの広島訪問と対を成すものであり、原爆投下に対する国際的な非難や、米国内での罪意識が高まる中で、要するに、原爆投下は日本軍の暴走を止めるためにやむを得ない措置だったというストーリーを強化し、今日の日米軍事同盟が、日米両国の双方からの合意に基づく欠かせないものであるものと見せかけるための儀礼的なパフォーマンスであるとみなす。
 

ポピュリズムとファシズム」(2016年12月8日)から引用 

「太平洋戦争における、軍事的には不必要だった広島・長崎への原爆投下は、インディアンや黒人への原罪意識と同様に、時間とともに米国の贖罪意識に深化しつつある。また、米国の若い世代では、原爆投下は不必要だったという認識が増えてきている。それを解消するために、米国の1%はオバマを広島に遣わしたのである。

その意味は、太平洋戦争は、日本の宣戦布告なしのパールハーバー急襲から始まり、広島・長崎への原爆投下によって終わった。原爆投下は、戦争を終わらせるためにやむを得ないものであった。オバマの広島見物はこのストーリー強化の第一幕なのである。

(中略)

このストーリーを完成させるためには、第二幕として日本の首相にパールハーバーを訪問させ、謝罪させなければならない。そこで初めて米国は太平洋戦争の贖罪意識を払拭できるのだ。

米国にとってはパールハーバーがあくまでも中心であり、パールハーバーによって広島・長崎を相対化したいのである。

(中略)

広島とパールハーバーを両国の首脳が相互訪問する戦略は、

1 米国の広島・長崎への贖罪意識の払拭

2 米日軍事同盟の強化

の2点から成っている。

(中略)

行き着く果ては米日軍事同盟の強化なのだ。

第一幕はすでに上がった。オバマの広島見物で日本が失ったものは大きい。いずれオバマによって拡大強化された小型核兵器を、米軍支配下の自衛隊が使う時代がくるかもしれない


こうして、「真珠湾攻撃があったから、原爆投下もやむを得なかったのだ」というストーリーが強化され、到底、つり合わない二つの出来事を「相殺」することによって、原爆投下の罪悪が「帳消し」にされるだけでなく、結局、米国の助けなしには、日本は永久に自立などできない半人前の国家なのだというストーリー立てが日米の両政治家によって流布されるのである。

つまり、日本という国は、今も昔も、己自身の力だけによって自分を正しく治めることのできない半人前の未熟な国家であり、米国の庇護なしには一瞬たりとも自存できず、それは日本政府自らが認めている事実なのだから、日本の自衛隊も、日本国民も、米国の絶えざる監視と制約の下で行動するのは当然であるという見解を、日米両国の合意事項として既成事実化し、事実上の占領状態を半永久的に長引かせる狙いがあると考えられる。

安倍自身の思想に照らし合わせても、今回の真珠湾への慰霊訪問は、おそらく本意ではなかったに違いないと思われるが、そのようなストーリー立てにチャンスを与える隙を、拙速なトランプ詣でにより、安倍が自ら作ったのである。

日本という国は、70年以上も前の「罪過」をもとに未だに精神的に脅され、ゆすられ、半人前扱いされているのであるが、ある意味では、そのためにこそ、日本の政府高官や国会が、日本会議メンバーで占められているという事実や、安倍が首相であるという事実があるのではないだろうか。

岸信介がCIAに身売りしたことと引き換えに、A級戦犯としての処刑を免れ、首相の座にまで上り詰められたのだという話はよく広まっているが、米国は安倍晋三の危険な政治思想をよく知っているはずである。

こうした事実は、日本という国をあえて「自立できない危険な国」に見せかけ、思い通りに操り、弱体化しようと考える国が絶えず行っている見えないクーデターであると考えられないだろうか。

だが、安倍晋三は、我が国政治家が、単に政治的に米国に身売りしているだけでなく、霊的・魂的なレベルでも、悪魔に身売りしているのだという事実をよく示しているものと思う。

これまで当ブログでは、米国から持ち込まれたキリスト教の異端としてのペンテコステ運動が、いかに日本のキリスト教界を堕落させたかという危険な特徴について分析して来たが、安倍晋三は、この運動の危険な霊媒師と非常に共通する特徴を持っている。

ペンテコステ運動は一応表向きにはキリスト教を装っているが、実質的には、統一教会と変わらないただの異端であり、彼らを動かしているのは悪魔に由来する偽りの霊であって、彼らはその偽りの霊を受けて語る霊媒師なのである。

聖書のたとえでは、悪霊は、人間の中に大量に住むことができることが示されている。以下に挙げる安倍首相夫人の言を通しても、安倍が関わって来た「宗教」は統一教会だけではないこと、従って、安倍晋三はもはや一つや二つだけでないあらゆる正体不明の汚れた霊どもの住処になっている可能性が高いように思われてならない。

以下の記事がどこかの新興宗教のパンフレットであれば、誰も相手にせず笑って通り過ぎるだけであろうが、首相夫人の発言だというから呆れる。
 

 「「日本の精神性が世界をリードしていかないと地球が終わる」 安倍昭恵氏インタビュー BLOGOS 2016年11月09日 11:14 以下、昭恵夫人の発言

深く考えないで」というか。何をするか考える時にも、「じゃぁ、これ!」みたいな感じで生きているので。

「そうですね。でも今はごちゃごちゃで、自分でも何してるのか、よくわかっていなくて。でも「神様に動かされてる」と思っているので(以下略)」 

「キリスト教の学校で育ったんですけど、今は別にキリスト教というわけじゃなくて、どちらかというと神道です。」   

私は、大きな自然の一部であって、“動かされてる感”がすごくあるんですよね。主人もよく言うのですが、総理大臣は努力でなれるものではなくて。」  

「そこで総理大臣になるっていうのは、“何か持ってる”“何か別の力”だと思うんですよ。「神」という言い方をしなくてもいいんだけど、なんかこう、“大いなる力”が働いていると私は思っていて。その力にある意味流されてるというか、乗っかっているのかなと、私は感じます。  」 

主人自身も特別な宗教があるわけじゃないんですけど、毎晩声を上げて、祈る言葉を唱えているような人なんですね。 」


こういう人々が「神」と呼んでいるものは、間違いなく、悪魔に由来する霊であって、この夫婦は正体不明のオカルトの「霊」に操られていればこそ、自分では主体的・能動的に物事を考えられなくなって、印象と感覚が命じるままに、受け身に流されて生きているのである。

ペンテコステ運動のようなキリスト教の異端の最たる特徴は、人間が知的・論理的に深く物事を考察することをやめて、ただ印象と直感を重視して、考えもなしに愚直な体験主義に走るようになる反知性主義にあって、その危険は、人間に理性を失わせる麻薬と同じである。だが、そのようにして理性を失っているにも関わらず、この運動の信者たちは、愚直な自分たちこそ最も賢く正しいと思い込むのであって、こうした頑なさ、高慢さは、悪魔に由来する「偽りの知恵」から来るものであることを再三に渡り、述べて来た。

その意味で、安倍首相夫妻の思想的高慢さは、まさにペンテコステ運動の信者たちと全く同じ病理的様相を呈している。物事をきちんと吟味・考察する力を失い、フワフワとした印象と感覚だけに流されて直情的・衝動的・受動的に、愚直な思いつきで生きているにも関わらず、そんな自分たちが世界で最も賢い知恵ある人間であるかのように思い込み、自分たちの指南がなければ「地球が終わる」とまで思い込んでいるのである。ほとほと呆れるとしか言いようがない。

どんな宗教を信じていようとも、こういう高慢さが、日本人の精神性のうちには含まれていないということだけははっきり言える。日本人はもともと謙遜を重んじ、決して自分自身を人前で高く評価したり、自ら勝ち誇ることを美徳としない国民性の持ち主である。

だから、上記の安倍首相夫人が述べているような思想は、明らかに、日本人の伝統的な精神性から出て来るものではなく、何か「外来の異質な思想」がそこに加わった結果である。

そして、こうした根拠のない思い上がりは、元を辿れば、大抵、悪魔が人間に吹き込んで生まれる異端思想へと行き着く。人間が自分自身できちんと物事を考えず、オカルト的な霊の言いなりになって受動的に動いていればこそ、「何か大きな力に突き動かされている」という自覚が生まれるのであり、悪魔に操られているにも関わらず、自分たちは「神に従っている」と思い込んでいるのである。

上記のインタビューの中で、首相夫人が、安倍総理が、総理にふさわしい実力もないのに、何か得体の知れない力が働いた結果、首相の座に返り咲いたと語っていることは重要である。

これは、安倍が首相の座に再び返り咲いたのが、(米国からの政治的なバックアップのみならず、)まぎれもなく悪魔的な力、オカルト的な力との闇取引の結果であることを物語っている。おそらくは、安倍はその正体不明の”霊力”を受けるためにこそ、毎晩、得体の知れない相手に向かって祈祷を続けているのであろう。そして、安倍の政治は、このオカルト的な呪いに満ちた霊力を我が国のみならず、全世界に波及させるための「祭祀」であり「儀式」なのである。

宗教に全く理解のない人々は、こうした話を笑って受け流すかも知れないが、悪魔と契約を結んだ結果、人が地上で偽りの栄光を受けることは、ハリウッドスターなどの芸能人や芸術家やマジシャンなどには極めてありがちな話である。

すでに述べた通り、悪魔に魅入られる人間には、幼少期からの暗い特殊な生い立ちがあることが多いが、安倍晋三にはその意味でも絶好の材料を持っている。これに加えて、人生のどこかの時点で、安倍自身がオカルト的な力に自分の魂を完全に売り渡し、それと引き換えに現在の立場を得ているのであろう。

悪霊から来る力を受けていればこそ、同氏の思想は反知性主義、人権抑圧の悪魔的思想に貫かれているのであって、同氏の用いる論法は、ことごとく嘘、詭弁、ごまかし、論理のすり替え、脅しなどの暗闇の手法に満ちているのである。

首相夫人の言葉によると、彼ら夫妻は、日本のみならず、全世界をも自らの悪魔的思想によって統治することを目指しているオカルト政治家ということになる。要するに、世界征服の野望に憑りつかれているのであって、彼らの言う「地球儀俯瞰外交」なるものはその野望の言い換えなのであろう。

そして、以前から書いている通り、悪魔的な思想は、常に死者の世界に非常な関心を抱いており、多くの霊媒師たちは、死者の霊と好んで交流する。

だから、安倍晋三が真珠湾に赴くのは、同氏による死者の霊への追っかけとみなせる。”英霊”に対する愛着もそうなのだが、そこには基本的に死者の霊への愛着が表れているだけでなく、もっと言えば、「自ら殺害した犠牲者の霊への尽きせぬ思慕」という、まさに犯罪者の精神性としか言いようのない異常嗜好が込められている。

以前、筆者は、安倍晋三の内心は、いや、安倍晋三だけでなく、日本政府の異常な精神性は、童話の『青ひげ』とまるで同じだと述べたことがある。『青ひげ』の童話においては、青ひげの家の秘密の部屋には、青ひげが自ら殺した数多くの妻の亡骸がうずたかく積まれていることになっている。だが、現実に、これを地で行っているのが我が国政府であり、我が国の厚労省の建物内部には、未だ70年近く前の戦没者の白骨がうずたかく積まれている。これはオカルトや創作ではなく、現実の話であり、どこにも引き取り手がなく、他に行き場がない戦没者たちの遺骨が当局に何十年間とため込まれているのである。

政府当局が、70年近く前に死んだ国民の身元も知れない白骨化した遺骸を、何十年間も公の官舎に大量にため込んでいるなどという話が、世界のどこか別の国で聞かれるであろうか?

この政府は、そういう異常なことをしておきながら、もう一方では、戦没者たちの亡骸の前に立って、さめざめと頭を垂れて空涙を流し、「二度と過ちは繰り返しませんから」などと述べて、反省したふりをしながら、犠牲者を上から見下し、人々の犠牲を利用して偽善者ぶりを最大限に発揮して、脚光を浴び、自己満足しているのである。

このようなものが真の反省とどうして言えるであろうか。我が国では、かつての軍国主義政府に逆らって特高警察に殺された人々の名誉回復さえまともになされていない。約70年前に政府が自ら殺したも同然の国民の亡骸さえも十分に弔っておらず、遺族のもとに返されてもいない。にもかかわらず、この国の政治家は、もう国内の犠牲者や、自国の戦没者はさて置いて、他国の戦没者を「追悼」するという華々しい役割を引き受けて、全国民に頭を下げさせ、自らを栄光化しようと言うのであろうか。どこまで浅ましい人たちなのか。

こうして、このオカルト政府は、自分たちが踏みにじり、愚弄し、犠牲とした人々を、死後までも半永久的に愚弄し、己が栄光の手段に変えることに、手放せない快楽を見いだし、そのためにこそ、彼らは好んでもの言えない死者を訪問するのである。生者からも生き血を吸うが、死者の栄光までも盗むのである。

こうして、一方では、口先だけで過去の「戦争の罪過」を反省したかのように装いながら、もう一方では、着々と防衛費を拡大し、自衛隊の任務を押し広げ、近々新たな戦争を起こして、どうやって自国民を犠牲にするか、機会を伺って話し合い、戦争が起こらないまでも、国民を紛争地へ送り込んで、どうやって国民の白骨をまた増やそうかという考えに胸躍らせているのである。

一体、これが青髭の異常な精神性とどう違うというのか。我が国はまさにかつてのソ連やナチスや北朝鮮とそっくりになって来ているとしか言えない。


・「風が吹けば桶屋が儲かる」――他者の弱みを食い物にして利益に変えるカルト宗教と偽善者政府とのマッチポンプ――

さて、このカルト化した政府は、死者から栄光を盗むだけでは飽き足らず、自らが国にもたらした恐るべき人心荒廃、国土の荒廃、国民に強いた犠牲に対する「処方箋」として、自分たちの偽りの「宗教」をマッチポンプとして提示する。

医者が人の病気なしには儲からないのと同様、詐欺師の政治家にとって最も困るのは、人々が自立して、彼らの助けを必要としなくなることである。だから、詐欺師の政治家にとっては、雇用情勢の悪化や、経済の貧困化など、国民の問題は山積しておいた方が良い。

だから、彼らは必ず人の弱みや、他者の犠牲を自分たちのパフォーマンスの材料として利用する。人の弱みにつけこんで、救済者のように登場し、脚光を浴び、栄光を受けようとする。彼らの政策はもともとすべてマッチポンプである。

もし他者に弱みがなければ、あえて問題を作り出してでも、彼らはターゲットとなる人間を弱体化させる。弱体化させた上で、自分たちの助けなしには生きられないと言って人を自分に依存させ、栄光を盗むのである。

安倍晋三の政治家としての手法は、人々の弱みを利用することで成り立って来た。だが、北朝鮮拉致被害者の問題もそうであるように、安倍晋三が着手して成果らしきものがわずかでも出た問題が一つでもあったか。

彼らにあずけた問題には解決がないのは当然で、こうした連中にとっては、いつまでも人を脅しつける材料として、人の弱みは永久になくならない方が有利なのだ。

こうして国民の弱みに寄生し、それを食い物とする政治家たちのマッチポンプが最後に行き着くのが宗教である。

この度、衆院でのカジノ法案の審議中、国会で般若心経を読み上げて批判を浴びたという自民党の谷川弥一衆院議員が、無駄な長広舌の中で語ったのが、カジノ法案がもたらす「負の部分」としての人心の荒廃に対する「処方箋」として宗教の必要性であった。

(「カジノ法案質問で般若心経 「採決前」6時間審議の中身」(J-Castニュース 2016/12/ 5 21:00等を参照。)
 
つまり、カジノ法などを通して徹底的に国民生活を荒廃させれば、人心荒廃現象に対する「救い」として、自ら宗教に走る人々が増えるから、宗教が儲かる、そこで政府は宗教の必要をぜひとも見直して、宗教ともっと緊密に連携していただきたい、というのが、この議員の主張であった。

自ら人心を荒廃させるような政策を推進しておきながら、「(野党のように対案もなくただ一方的に)批判するだけでは芸がない」、「我々には宗教というれっきとした『対案』がある」と言うわけである。

何ともおぞましいまでの偽善者ぶり、典型的なマッチポンプ型思考ではないか。

こういう偽善者の宗教家らにとっては、原発事故の被害を含め、国土の荒廃、人心の荒廃、国民の不幸、犠牲、弱みこそ、まさにビジネスチャンスなのである。徹底的に人を苦しめ、不幸に追いやり、犠牲にしておいて、自分たちは混乱の最中に、犠牲になった人々に優しく「救いの手」を差し伸べるヒーローを演じ、それをきっかけに人々をまた新たな抑圧の中へと閉じ込めて行くのである。

こうして、前回の"On your mark"に関する記事でも述べたように、放射能汚染などの恐怖によって人々を脅すことで、国民を自由なき牢獄に閉じ込めて支配するカルト宗教と、この宗教と一体化した政府が出来上がる。

谷川弥一衆院議員の主張の趣旨は、「カジノ法案その他その他で、この国が暗黒国家へと転落し、人心が荒廃した分は、我々宗教が受け皿になりますよ。こんな美味しい話はないじゃないですか。ですから、政府もぜひともここは一つ宗教と手を組んでですね、利益を山分けしましょう」ということに尽きる。

こんな話が国会で聞かれるということは、悪魔的宗教と政府が公然と手を結んで、祭政一致に至ろうとしている事実を示すものでしかない。我が国は、まるでヨーロッパ中世を彷彿とさせるような、暗黒国家への転落にさしかかっているのである。

この国の国民はそろそろ、この国のトップや要職の座についているのは、シャーマンと同様のいかがわしい霊媒師・詐欺師であって、彼らは次から次へと国民に目くらましの魔法(呪い)をかけては国民を抑圧し、国民が弱体化したところに偽りの助けの手を差し伸べることによって、救済者を演じながら、自らの魔術師としての仕事の需要を作り出しているだけだということに、いい加減、気づく必要がある。

彼らは、ペンテコステ運動の指導者と同じく、詐欺師であり、霊媒師なのである。彼らにとっての政治とは、自分たちのオカルト的な霊力を全国に押し広げ、波及させるための魔法としての「まつりごと(祭祀)」である。

彼らが次々と打ち出す政策は、霊媒師のお告げと同じく、決して的中することのない嘘の予言であり、彼らの繰り広げるパフォーマンスは、国民を欺くための「魔法」であると同時に、「呪い」である。これ以上、彼らに嘘と呪いの言葉を言わせないためには、彼らに口を開く機会を与えるべきではない。

安倍政権はそもそもが違憲内閣であり、この政権が実行することは、ことごとく規則破りであり、彼らの権威は、現実に立脚しない幻の上に築き上げられたものに過ぎない。安倍政権とそれに追従する人々は、害ばかりもたらす凶悪な政策を次々実行し、国を徹底的に破壊し尽くす前に、憲法違反の罪に問われ、公職から追放されなければならない。

だが、偽りの指導者とそれにつき従う従者たちは、自分たちが詐欺師であることをよくよく分かっていればこそ、その正体が告発される前に、先手を打って、憲法を改正し、人権を抑圧し、自分たちを告発する可能性を持つ人間(国民)を根こそぎ抑圧し、滅ぼそうとしているのである。

王妃エステルが大臣ハマンに立ち向かったように、自分の全ての利益と引き換えにしてでも、これらの連中を弾劾する人々が出て来なければならない。



一つ前の記事で、参院選後に突然、降って湧いたような天皇陛下の生前退位説は、出所が全く不明であり、宮内庁がこの情報を全面的に否定しており、かつ、天皇自身の声明も出されていない以上、まるで信憑性に欠けており、デマと言わざるを得ず、これは天皇のことばを捏造して行われた、官邸主導の改憲に向けた地ならしの一環としての「平成天皇降ろし」である可能性が極めて高い旨を書いた。

報道から一日以上経っても、この件に関して天皇陛下の声明が全く出ていないことが、生前退位の「意向」自体が、捏造された情報操作であるという見方をさらに強める。

おそらく、これは平和主義の象徴である今上天皇を早いうちに退位に追い込み、取り除いてしまえば、国民の現行憲法へのこだわりの求心力が消失し、憲法改正への抵抗感がなくなるだろうとの考えのもとに仕組まれた計画である可能性が高いと筆者は見ている。

ところが、ネットでは、これに対して早くも「生前退位は安倍氏の改憲を阻止するための天皇陛下の最後の抵抗」などという説が盛んに流布されており、これに飛びついている浅はかな人々も見られるが、これもまた今上天皇自身の告白に基づいていない以上、全く情報の出所が定かではない。本当は、こうした情報こそ、反安倍陣営に偽装しつつ、今上天皇の生前退位を既成事実化しようとしている人々が流布した巧妙かつ悪質な印象操作だと言えよう。

当然のことであるが、もし本当に今上天皇に生前退位の意向があれば、それを天皇自身がはっきりと会見によって全国民に知らしめる義務がある。それは国民の象徴たる天皇の義務であり、もし何らかの事情によって、天皇が公務が遂行できない状態に陥るか、象徴としての役目を果たせない危惧が生じた場合には、必ず、天皇自身が国民に対してこれを説明しなければならないし、今上天皇の人柄を考えれば、必ず、そうするはずである。

特に、今上天皇の二面性のない人柄、これまでの偽善性のない誠実な働き方を考えると、この人物が、健康で、いつでもメッセージを発することができ、危篤状態に陥ったわけでもないのに、あえて自らの意向を明言しないことによって、思わせぶりな態度により、周囲に自らの意向を「忖度」させることによって、暗やみのうちに、阿吽の呼吸で自分の願っている方向へ物事を誘導して行こうという態度を取るはずがないことは明白である。

もし生前退位の意向が天皇自身から出たことであるならば、本人が必ず、会見によって自らそれを国民に伝えるであろう。いや、真っ先に国民に伝えねばならない義務がある。

憲法を順守している国民の象徴たる天皇が、これほど重大な問題を、国民をも、宮内庁をも無視し、マスコミに真っ先にリークさせるということはまず考えられず、そのようなことは、象徴天皇のあり方自体をゆるがせにする行為であるから、憲法上も、本人の人柄に照らし合わせても、今上天皇はそのような行為に及ぶことはまず考えられない。

しかも、NHK及び他のマスコミが一体どこから突然、「天皇の意向」を知ったというのか、その情報源は、ただ官邸に、政府筋にあること以外には、全く明らかにされていない。肝心の天皇の意向が全く不明なままなのである。

そこで、これらの全てのことを考え合わせると、やはり天皇の生前譲位説という報道は、政府筋が、しかも官邸に最も近い一部の「側近」が、壊憲に前のめりになった挙句、天皇陛下をないがしろにして、天皇陛下のことばを捏造した結果としての虚偽の誘導報道であり、それは今上天皇をできるだけ早く譲位に追い込むことによって、現行憲法への国民のこだわりの求心力を低下させる目的のために予め仕組まれた出来事であったとしか考えられないのである。

さて、以上は筆者の見解であるが、世間の識者らはこの件について、どのような反応を示しているのであろうか。見回してみると、やはり、筆者と同じように、天皇の生前譲位という報道自体を、非常に懐疑的に受け止めている人が多い。

まず、天木直人氏は「天木直人のブログ」で、この報道のあり方の異様さを強く強調している。天木氏の見解は筆者とほとんど同じである。天皇自身の声明が出されておらず、宮内庁が全く逆の発表を出しているのに、マスコミだけが依然として生前退位説を既成事実のように書き立てる。このちぐはぐさが、まさに異様だというのだ。宮内庁の発表にまで逆らえるほど、よほどの強い圧力がなければ、マスコミにはそのようなことはできない。「この国は危ういかも知れない」という天木氏の見解は、筆者の見解にほぼ重なる。
  

 「生前退位」の報道を全面否定した風岡宮内庁長官記者会見の衝撃
15Jul 2016 から

  天皇陛下が「生前退位」の意向を示されていることがわかったと、きのう7月14日の各紙が一面トップで一斉に大報道したことについて、その日の定例記者会見で風岡典之宮内庁長官がこの報道を全面的にした。

 すなわち「具体的な制度についてお話になられた事実はない」とし、「従来陛下は憲法上のお立場から、制度について具体的な言及は控えてる」と繰り返し、生前退位のお気持ちの有無については「活動の中でいろいろなお考えをお持ちになることは自然なこと」としながらも、「第三者が推測したり解説したりするのは適切ではない」と話したというのだ(7月15日毎日)

 風岡長官はまた、生前退位を前提に宮内庁が官邸と相談や検討を行っている事実もないと説明したという。

 これを要するに7月14日の報道を全面的に否定したのだ。

 これは衝撃的で異例な記者会見における発言だ。

 しかし、宮内庁長官がここまで否定したにもかかわらず、メディアはこの発言を無視するかのように、きょうも天皇陛下が「生前退位」の意向を示された事を前提に、あらゆる論評や特集記事を書いている。

 これもまた異様だ。

 ふつうなら、誤報だったのではないかという声が聞こえて来てもおかしくない。

 ふつうなら、このような情報をメディアに漏らした者は誰だと騒ぎ、その犯人を突き止めて責任を問うことになるのに、一切その動きが無い。

 これも異例で異常だ。

 もし風岡宮内庁長官の否定発言が安倍政権と通じてなされたものなら、マッチポンプだ。

 しかし、私にはそうは思えない。

 風間宮内庁長官は、官邸筋から突如として意図的に流された「生前退位」御意向について、天皇陛下の御心を代弁して不快感を持って抗議したのではないか。

 もしそうだとすれば大事件だ。

 ここまで異例で異様な、突然の天皇陛下「生前退位」意向表明の報道であるのに、おそらく、真相があきらかにされないまま、この問題は沈静化していくに違いない。

 なぜならば皇室典範の改正を含めた皇室制度の作業は慎重を要し、いますごどうこうしなければいけないと言う問題ではないからだ。

 この問題が、このタイミングで、大々的に報道されただけで、その効果は十分に達成されたのだ。

 この国は危ういかもしれない(了)


さらに、植草一秀氏は、自身のブログ「植草一秀の『知られざる真実』」において、この生前譲位説という報道の流布自体が、都知事選における野党の候補が一本化され、野党の共闘が実現したという事実を覆い隠すためのものであったと述べる。宇都宮健児氏が下りて、鳥越俊太郎氏が候補となったことには色々な受け止め方があるが、今はそれは本題でないので脇に置いておく。
 

狼狽する安倍一族の野党統一候補攻撃に御用心
2016年7月15日 (金) から一部抜粋

この都知事選で安倍自公勢力は致命的な失敗を犯した。

自公勢力から2名の候補者が出馬してしまった。

対する反・安倍自公勢力は、ぎりぎりまで候補者の一本化が実現するか、不透明だったが、ぎりぎりのところで、宇都宮健児氏が大英断を下し、見事に候補者一本化に成功した。

NHKが天皇の生前退位報道を行ったのは、反・安倍自公陣営が候補者一本化を決定した直後である。

このニュースのインパクトを弱めるために、このタイミングで表に出したのだと推察される。

NHKの堕落、権力迎合は目に余る。

放送受信契約の任意制への移行が急務である。

それほどまでに、野党の候補者一本化の衝撃は大きいはずである。

インターネットの有力ポータルサイトでは都知事選報道の伝え方が偏っている。

ポータルサイトを運営する大手情報通信業者が政治権力側に位置しているから、ニュースを伝える際に徹底した作為的調整を施している。

偏向しているのはマスメディアだけでなく、インターネット上の情報も強く操作されている。

マスメディアが偏向しているから、ネットから情報を入手すれば良いのではない。

ネットのなかから、良質な情報を選別し、そのパイプから情報を得ることを意識して実行することが重要である。


さらに先日、引用したあいば達也氏もやはり生前退位説の情報の出所を疑っており、これは官邸を中心に周到に練られた陰謀のような計画であったとの見方が強いことを指摘している。以下は「 世相を斬る あいば達也」から抜粋。

●天皇”生前退位”発信源は? 天皇側、官邸側、侃々諤々

 
天皇陛下が日本国憲法で「象徴天皇」である立場を強く意識なさっていることは、我々国民も、十二分に理解し、そして、多く人は、今上天皇を尊敬又は愛している点に異議を申し立てる人は少ないだろう。たしかに、象徴天皇になられてから、長い年月が過ぎたので、天皇に対して、何らの感慨も抱かない国民が散見しているのも、事実の一部だろう。ただ、政府や政権、首相を憎むものが数多いるとしても、「今上天皇」を積極的に憎悪する国民は、まず居ないと理解している。1億分の50人くらいは存在するだろうが、ゼロの範囲だ。

今回の、天皇の“生前退位”に関する情報も、関係者は状況証拠の積み重ねで、そのような空気が皇室にあることは薄々知っていた。しかし、それを公にすると云った行動に出るものはいなかった。週刊誌や月刊誌が、皇室のゴシップ的記事や、今上天皇や皇太子ご夫妻へのバッシング的記事は、あちらこちらで散見していた。概ね、潜在的に、現在の皇太子への誹謗中傷を謹言などと称して、悪口を言いはなっている記事などもあった。今上天皇と現皇太子は、憲法に定められた国事行為のみを行い、政治的発言は禁止されている。天皇陛下は、即位後朝見の儀で「日本国憲法を守り、これに従って責務を果たす」と言及した。当然、その後も一貫して憲法上の立場を貫いているいるわけだ。

当然、天皇の地位を受け継ぐ、皇太子も、日本国憲法を守り、これに従うことも継承するわけだから、軽々な態度はとれない。秋篠宮殿下のように、気軽な皇室の立ち位置ではない。つまり、どれ程、誹謗中傷や根も葉もない情報を流されても、「反駁」出来ない立場にいる。考えてみると、日本国民が辛うじて持っている「個人の権利、人権」それすらも、完璧に持っているとは言い難(い)。つまり、反駁権のない人に対して、批判、誹謗や噂話(ゴシップ)を垂れ流すと云うのは、卑怯奇天烈な行為なのである。後半に、参考引用の形で、NEWSポストセブンの記事を二つばかり掲載するが、天皇や皇太子は、叩かれるのみで、避けることさえ出来ない。

安倍政権においては、定められた国事行為でもないのに、2013年4月には、「主権回復の日」なんちゃって式典を、お得意の“閣議決定で”催し、天皇皇后両陛下の出席を無理強いした。あきらかに、安倍政権の天皇の政治利用をまざまざと見せつけられた記憶がある。この式典においては、自然発生なので止めようがなかった等と白々しい言い訳をしながら「天皇陛下万歳」を三唱したのだ。天皇皇后両陛下は、その万歳の声から逃れるように会場後にした。NHKや政府発信の動画では、この陰謀の象徴である「万歳三唱」は消されていた。

筆者は、安倍日本会議及び経済界が「憲法改正」に、殊のほか“前のめりになっている”と理解している。安倍日本会議は情緒的明治回帰であるし、経済界は、経団連、同友会等々、「国民の権利の制限」は大歓迎だ。今回の、籾井NHKがリーク報道したわけだが、「政府関係者、或いは宮内庁関係者」と曖昧な表現になっている。そして、13日、夜19時にNHKがスクープしたことになっているが、14日の朝刊各紙は、予定稿が完璧に準備されており、「予定調和リーク報道」と断定して良いだろう。でなければ、あそこまでの紙面は作れない。新聞記者が、そこまで有能なら、日本の新聞はもっと上等のものになっている(笑)。

NHKのリーク報道が、我々が知る「天皇生前退位」に関する第一報だが、官邸を中心に、念入りに練られ、仕込まれた経緯が窺える。天皇のご意思優先と云うよりも、政権や既得権益勢力の「憲法改正の垣根を低くする」作業の一環と考える方が理に適っている。NHKを皮切りにして、特に、この「天皇生前退位」報道に血道を上げているのが、産経、読売ではなく、日経新聞と云う点だ。葉山の御用邸で静養されている最中に、“天皇陛下生前退位の意向”の大見出しで、1面2面3面ぶち抜きなのだから凄い。これらの報道経緯を見る限り、政府中枢の意向がなければ、安倍強権官邸相手に挑戦的な報道が出来る筈もない。

以上のように論考してゆくと、やはり、政府、経済界、言論界などの既得権益勢力による、「閣議決定集団的自衛権容認」同様に、またまた、血を見ぬクーデターだと、100年後の歴史の教科書に載っているかもしれない。皇位継承と云うもの、極めて属人的なものだけに、常に、その継承には不確定要素が含まれている。事例は宜しくないが、現在の皇太子が雅子妃と死別乃至は離婚なさったとして、次の婚姻で、男子が誕生すれば、秋篠宮、その子が、皇位を継承する企ては胡散霧消する。このような事態を忌避する、何らかの手立てを、安倍日本会議が考えている可能性がある。現時点の解釈では60%の確度だとしか言えない。 (以下略)



さらに、「くろねこの短語」でもこのニュースに対する世間の疑いの声があけっぴろげに綴られている。さらに、この記事では、はっきりと情報の出どころが官邸であったことが公表されていることが指摘されている。
  

「都民の生活を守るために原発必要」(元東電社外取締役・増田寛也)。さすが原子力村推薦候補だけのことはある&ひょっとして、天皇の生前退位と改憲はリンクしている!?

2016年7月15日 (金) から一部抜粋 

 ところで、天皇の生前退位なんだが、どうやら官邸筋がリークしたんじゃないかと噂がある。でもって、6月には極秘のチーム設置して、政府は検討を始めてたそうだ。しかし、なんで極秘だったんだろう。小泉政権時代に女帝を認めるかどうかで、やっぱり皇室典範改正の動きがあった時には、ハナから公に有識者会議なんか開いて、けっこうオーブンに議論してたのに、今回は極秘のチームって、何それってことだ。

 
しかも、官邸筋からのリークってのが胡散臭い。生前退位は天皇自らのご意向と報道されているけど、妄想しまくれば、ひょっとしてその裏には何らかの圧力がありやなしやってなもんです。そもそも、皇室察典範で生前退位が定められていないのは、時の権力による恣意的な退位を回避するためという理由もあると聞く。であるならぱ、今回の騒動が官邸筋からのリークというのも、なんとなくうなずける。つまり、参議選挙で改憲のための3分の2も握ったことだし、平和主義の天皇ご退位の世論を喚起しようって悪知恵働かせた奴がいるんじゃないのかねえ。

 
ようするに、生前退位と改憲がリンクしているような・・・でなけりゃ、政府高官筋ってのが「そんな簡単な話ではない。戦後の議論がすべてひっくり返ることになる」なんて物騒なことをほのめかすわけないと思うのだが・・・真相やいかに

安倍政権が極秘に皇室典範の改正を準備!首相官邸の皇室典範改正準備室が動き出す!「戦後の議論がすべてひっくり返る」


さて、以上で示されているリンクを辿って、日テレNewsの報道を開いてみると、確かに今回の生前退位説の報道は、政府筋(官邸)が準備した上で、政府筋からリークされたものであろうとの見方がほぼ確定的になる。官邸は、安倍首相を中心として、政府内でさえ秘密裏に、皇室典範改正準備室なるものをすでに作っていたのである。しかも、このタイミングになるまで、準備は極秘に進められていたのだということが、堂々と公言されている。
  

政府 極秘に皇室典範の改正を準備
日テレNews24 2016年7月14日 10:49



天皇陛下が「生前退位」の意向を持たれていることが明らかになった一方で、宮内庁や内閣法制局の皇室典範改正準備室の態勢が強化され、法改正などの準備に入っていたことも明らかになった。政府内でも極秘とされ、限られた人しか知らされていなかったという。


(以下はニュース音声から文字起こし全文)


総理官邸の皇室典範改正準備室が 密に必要な法改正などの準備に入っていることが明らかになりました。

政府関係者によりますと、宮内庁や内閣法制局に勤務経験がある10名ほどの官僚から成る皇室典範改正準備室の態勢が強化され、すでに法改正などの準備に入っていたということです。

一方で、この動きは極秘とされ、政府内でも限られた人しか知らされていなかったということです。

政府高官は、皇室典範の改正について、「そんなに簡単な話ではない。戦後の議論がすべてひっくり返ることになる」と述べて、難しい調整になるとの認識を示しています。


このニュースは、伊勢志摩サミットの際に安倍首相が一方的に公言した「世界経済はリーマンショック前に酷似している」との資料の出所が、官僚にさえも明白でなかったように、安倍氏が自らの権力にものを言わせて、事実上の政府内政府を作っていること、つまり、すでに国会も、官僚の大半でさえも、安倍政権の主要な政策決定の蚊帳の外に置かれており、現政権の政治的に極めて重要なイベントのほとんどが、国会での議論を経ず、官僚にも知らされないまま、安倍氏を取り巻くごく一部のブレーン、安倍氏が秘密裏に組織する少数の指導的集団だけに予め知らされ、彼らによってのみ、密室で決定され、残りの官僚や国民には、すべてが決定後に知らされて、それが既成事実化されていくという秘密体制が作られていることを示している。

これは安倍首相による政府内政府の組織、もっと言えば、政府の乗っ取りを示すものであり、皇室典範改正準備室だけでなく、他の事柄についても同様に、安倍氏が事実上の「影の政府」を作って、すべての物事を不透明に国民の目から隠しながら準備を進めていることを意味する。

今回は、一体、天皇の生前退位説の情報源はどこなのか、疑惑が隠しおおせないところまで来てしまったので、ようやく遅ればせながら、情報のリーク元は政府ですよと、政府が自ら名乗り出たわけであるが、それにしても、「極秘に進められて来た」とニュースが公言していることからも分かるように、もはやこのような秘密結社のような非公認の組織が、国の根幹に関わる重大問題を密室で決めようとしていること、官僚までもほとんどが蚊帳の外に置かれ、政府も国会も、政策決定から置き去りにされていることを、安倍氏が隠すつもりさえないことを意味する。

今や安倍氏を取り巻くほんの一部の人間だけが、最も重大な政策を決めており、国会も政府も国民も完全に置き去りで、安倍氏の作った秘密結社のような組織の密室での決定だけが、この国の命運を左右する決定権を持つものであると、官邸は国民の前に公言するまでに至ったのである。

このように公に認可されていない秘密結社のような組織を作り、国民の99%以上を蚊帳の外に置いて、ほんの一部の少数者のみで、密室で物事を決めて行こうというやり方は、現政権の危険な独裁とクーデターの精神を何よりもよく物語る、あまりにも信用ならない卑劣な手段であって、今や安倍氏と同氏の選ぶほんの少数の不明な人間だけが事実上の政府となって暗闇のうちに動いているというのは、大変に、いや、あまりにも恐ろしいことである。
 
今回の天皇の生前退位説によって、安倍政権の秘密決定の手法が、すでに皇室というレベルにまで及んでいることが明らかになった。他は推して知るべしである。このような恐るべき不遜かつ危険かつ不透明な権力の濫用、大胆不敵かつ姑息で傍若無人な振る舞いが許容されてしかるべきなのか、多くの国民は考えなければならない。政府や官僚も、このことに重大な危機感を覚えなければならない。
  
少数のエリートから成る秘密結社のような集団を用いて国全体を牛耳ろうとする手法は、これまでクーデターを企てた革命家とテロリストとカルト宗教に共通して見られたものであり、レーニンは少数精鋭のエリートによって革命が指導されるべきであると唱え、一般労働者大衆を存分に利用して革命を成し遂げながらも、革命成就後も、ボリシェヴィキという名とは裏腹に、常に少数精鋭の指導集団だけが権力を握って、大衆を組織しなければならないと説いた。

さらに、当ブログでその危険性を幾度も訴えて来た統一教会出身の村上密という牧師も、自らの教団の枠組みを超えて、キリスト教界全体の権力を掌握するために、以上の人々と同じ手法を使ったのである。村上牧師は、密という名前が示している通り、教会内人事を密室で動かし、自らに盾突く人間を秘密裏に追放するなど、重要な物事を公の議論を経ずに密室で決定して来た。さらに、カルト監視機構の設立を訴えて、この監視機構に属する少数の専門家集団が、キリスト教界のみならず全宗教界を監視し、上から取り締まることを提唱し、この構想が実現せずに失敗に終わった後も、支持者を組織して秘密裏に同様の組織を作り、インターネット監視などに乗り出して、クリスチャンを自らの統制下に置こうと試みて今日に及んでいるのである。

このように、常に密室で自分の取り巻きや支持者だけを使って秘密裏に物事を決めることによって、人の目に知られない形で権力を自分に集中させて行き、開かれた議論を避けて反対を予め封じ込め、反対者を暗闇で追放し排除しながら、自らの思い通りに物事を暗闇で進めて行こうとするやり方は、多分、統一教会の常套手段なのであろう。村上密氏はそれをキリスト教界に持ち込んだのであるが、現在も統一教会と関わりのある安倍首相は、ちょうど村上密牧師を規模を大きくして宗教から政治の世界に転身させたような人物であり、どちらも統一教会流の危険な思考パターン、独裁と密室での政策決定という手法を共通して保持している様子が伺える。

むろん、こうした秘密決定の手法は、統一教会の専売特許ではなく、すでに書いた通り、それ以前の昔から、テロリストと革命家が既存の政治秩序を転覆させて、権力を掌握するために使って来た常套手段なのである。安倍氏がこれまでに常に用いて来たのは、このクーデターの精神と手法なのであり、今回、政府高官でさえも、「戦後の議論がすべてひっくり返ることになる」と、腰を抜かしているような、天皇の生前譲位説という極めて重要な政策決定についても、安倍氏はこれを自分だけの一存で国民(と政府)をよそに密室で決めようとして来たわけであるから、これは事実上の国の乗っ取りであると言って過言ではない。

こうした情報を受けると、ますますもって今回の生前退位の報道が、天皇自身の本意であるとは信じられない。もし生前退位が今上天皇の意向なのだとすれば、必ず、天皇自身が自ら会見を行うであろう。だが、現時点で、すべてはその逆の方向を向いており、この報道は、天皇陛下が直接、国民に意向を説明するという開かれた形を取るどころか、これまでずっとそれが国民を欺く形で、官邸によって秘密裏に準備され、決定されていたことを明らかにするものなのである。

にも関わらず、これほど信用ならない報道を未だに「安倍政権による改憲を阻止するための天皇陛下の英断」などと言って喜んで受け止めている人々は、まやかしを信じ、叫んでいるのである。国民は、皇室典範の改正という問題を議論するに当たり、安倍氏によってここまで自分たちが裏切られ、蚊帳の外に置かれていたことに憤慨すべきであり、国民だけでなく、政府も、国会も、この密室での決定に大いなる疑惑と不満と抵抗を示すべきである。

安倍首相は、このように全く信用ならない、自身の権力掌握にしか関心がなく、そのためならば、手段を選ばず、嘘にも無法にも何の良心の呵責も覚えない、野望に満ちた人物であるから、天皇陛下に憲法上の立場からこの問題についての発言権がないのを良いことに、天皇自身をも欺いて蚊帳の外に置く形で、今回の報道を準備して来たのであろうとしか考えられない。

こうして、どこまでも自分以外の全ての人間をよそにして、腰巾着のような御用メディアと一部の取り巻き連中だけを走狗として、すべてを秘密裏に、密室で自らの思い通りに進めて行こうというのが安倍氏のやり方なのであり、その手法はこれまで同氏が行って来た解釈改憲も含めた全ての抜け駆け的・違法な政策決定により、すでに十分に明らかになって来た。

今回のことは、そんな安倍氏の独裁が我が国ですでにかなりの程度、進んでおり、もはや皇室までも、安倍氏に乗っ取られようとしていることをはっきりと物語る事実である。御用メディアにはもう抵抗する力はない。それが天木氏が「この国は危うい」と述べている根拠である。

安倍氏とは、一体どこから来た人間なのか、突き止められる必要がある。ただ岸信介の孫としてA級戦犯とされた祖父と自らの血筋の名誉回復のために、敗戦によって敗れた勢力を復権させることを悲願としているというだけでなく、また、統一教会や日本会議を含めたカルト宗教とのつながりだけでなく、安倍氏を動かすイデオロギーそのものが何であるのか、その正体と今後の計画がさらに徹底的に明るみに出されなければならない。 この人物が暗闇で行っていることは、すべて明るみに出されなければならない。破綻しているアベノミクスを推し進めれば我が国は滅亡するというだけではなく、戦争に突き進めば多くの犠牲が出て国土が荒廃するという危険のためだけでもなく、この人物はもっとさらに深く危険な人間であり、その危険性が徹底的に明るみに出されねばならず、このような人物に国民は決して権力を与えてはならないのである。





「わたしの愛の中にとどまりなさい。もし、あなたがたが私の戒めを守るなら、あなたがたはわたしの愛にとどまるのです。それは、わたしがわたしの父の戒めを守って、わたしの父の愛の中にとどまっているのと同じです。」(ヨハネ15:9-10)

「兄弟たちよ。あなたがたはイサクのように約束の子どもです。しかし、かつて肉によって生まれた者が、御霊によって生まれた者を迫害したように、今もそのとおりです。

しかし、聖書は何と言っていますか。「奴隷の女とその子どもを追い出せ。奴隷の女の子どもは決して自由の女の子どもとともに相続人になってはならない。」

こういうわけで、兄弟たちよ。 私たちは奴隷の女の子どもではなく、自由の女の子どもです。」
(ガラテヤ4:28-31)


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